やるんだよ! 今…! ここで!
「俺は暇だし、アナに付き合うのは面白そうだ。元に戻る方法を探す手伝いくらいはしてやるよ」
「そういえばメルランさんは取材目的ですが、殿下は何の為にうちに来たんですか?」
「今更!? そりゃ裁判傍聴して、ヴィヴィアン公爵令嬢に興味が湧いたからだよ」
「ゴシップ好きですか? 下世話な物見遊山ですか?」
「あのね。一応ロトは俺の弟なの。母親が違うからあまり交流ないけど、心配するのは普通だろ」
「……暇と仰いましたが、ギャラハッド殿下は皇太子になるつもりはないんですか?」
「んー。……ウチの陣営の方針次第だな」
ダイアナの問いに、ギャラハッドが言葉を濁す。記者が同席しているので不用意なことは言えないのだろう。
「俺ぁ空いた時間に与太話集めるくらいなら、協力できますよ。タダとは言えませんがね」
「内容に応じた金額を支払います。基準については後で相談しましょう」
「ああ、いや。欲しいのは金じゃなくてね。お嬢さんを取材させて欲しいんだ」
「貴方が記事を書くのは、生活の為でしょう? 直接金銭が得られるのに、何故そんな回りくどい真似を?」
「俺はブリテン新聞の記者だが、契約の身でね。期間内に成果が無いとクビ切られるんですよ。この年で碌なキャリアも無いから、放り出される方が後々困るのさ」
「最近はどんな記事を書いたんですか?」
「……あー。若いお嬢さんに言うのはちょっと憚られるなぁ」
困ったと言いたげにメルランは頬を掻いた。
「これは世間話ではなく、貴方と契約を結ぶための実績確認です。私は気にしません」
「いやぁ、お嬢さんは気にしなくても、俺は気になるんだよ」
「ブリテン新聞は中堅どころの新聞社です。恥じるような内容にはならない筈ですが」
ケイが知識の無いダイアナのフォローをした。
「名刺はブリテン新聞で刷ってるけどね、それ一本じゃやっていけないわけで……」
「つまり低俗な大衆誌とも契約しており、最近はそちらの記事しか書いていないんですね」
冷徹な眼鏡執事に詰め寄られて、メルランの目が泳ぐ。
「お嬢さんの記事は、そっちには売らないって! 俺はブリテンに堂々と持ち込めるような記事が書きたいの! 信じてくれよ!」
「……メルランさんの事情は分かりました。記事の価値を高めるために、貴方の取材にのみ応じましょう」
「そりゃ助かる」
「代わりに元に戻る方法の他に、今の情勢──特に皇位継承戦と、私に関連ありそうな人物達の情報が欲しいです」
今後ロトは必死に再起を図るだろうが、ダイアナは彼が皇太子に選ばれるのは絶望的だと考えている。
表向きは正義感を暴走させて司法を軽んじた上に、複数の側近に裏切られていた王子。
裏の事情──今回の計略を知る者達からすれば、ダイアナに返り討ちにされた王子。
どちらにせよ、次期皇帝になる器ではないと知れ渡ってしまっている。
正直ダイアナは誰が皇太子になろうと興味はないが、この先、公爵家の舵取りをするなら情報は押さえておかなくてはならない。
今回はガレス退治の証人として、偶然居合わせた二人を巻き込んだが、この先は誰彼構わず正体を明かすつもりはない。
アナスタシアとして生きる為の最大の協力者はケイだが、彼に頼りすぎるのは危険だ。情報源をひとつしか持たず、それを鵜呑みにすれば判断を誤る。
ダイアナはメルランとギャラハッドを市民、貴族という立ち位置の異なる情報源にするつもりだ。
「継承戦については、当事者の王子様の方が詳しいんじゃないか?」
「俺は当事者過ぎるからノーコメント。公爵家がウチの陣営に入るなら話は別だけど、ロトと婚約してる限りは無理でしょ」
「陣営に入ると言うことは、ギャラハッド殿下は皇帝候補なんですか?」
「え? 知らないの?」
「知りませんよ。言ったじゃないですか、私はこの国の知識がないって。知っているのは授業で習った事くらいなので、細かい情勢とかさっぱりです」
「……」
ダイアナの言葉に、ギャラハッドが黙り込む。
「まあまあ。王子様の立場じゃ言い難いこともあるだろうから、オジサンが説明してあげよう。今は二大勢力がぶつかってる状態。第一、第三王子の二人を擁立しているエレイン妃陣営と、第二王子のペルス妃陣営ね」
「つまり自分が皇帝になる手助けをしろってことですか?」
「……俺か兄貴ね」
「ふむ。取引としては論外です」
ほぼ即答でダイアナは断った。
「はあっ!? なんでっ!?」
「拘束時間と労力が報酬に釣り合いません。皇太子が決まるのにどのくらい時間を要するのかわかりませんし、傘下に入ると言うことは家単位での献身を求められます」
今日、偶々訪ねて来たからギャラハッドを引き込んだだけで、リスクを背負ってまで第三王子を推す理由はない。
「……あのさ、自分が対等な立場だと思ってるの? 俺がアンタの中身がアナスタシアじゃないことをバラしたらどうする?」
「『ギャラハッド殿下は、皇位継承戦のプレッシャーに耐えかねておかしくなってしまわれたのね』と、同情します」
「え?」
「いい歳した男が、急に入れ替わりだの、別人格だの言い出したら正気を疑います。お見舞いに花束贈って、長閑な場所での療養を勧めます」
ダイアナの回答がツボに入ったのか、メルランがブフッと咽せた。ケイも口元を手で覆ってプルプルしている。
「まあまあ、仲良く行こうや。お嬢さんの冤罪も、ロト殿下との婚約解消も皇帝陛下が帰国すれば何とかなるから、暫くの辛抱ってことさ。今はヴィヴィアン公爵家は中立だけど、婚約が無くなればその辺も気を遣う必要はなくなる。エレイン妃側に行くかどうかは、その時になってから改めて考えればいいさ」
「……皇帝陛下はいつ戻られるんですか?」
「さあ? 外交で国をあけることは知らされたけど、詳細は極秘。宰相とか一部は知ってるみたいだけど、少なくとも俺は何も知らない」
ソファの上で膝を抱え、ギャラハッドが不貞腐れる。
ちゃんと靴を脱いでいるところに育ちの良さが出ている。
「……もしかして今は、皇位継承戦の佳境に入っているんですか?」
「佳境かどうかはわからないけど、いい加減決めた方が良いね。全員もういい歳だし、流石に皇太子くらいは決めないとヤバいでしょ」
「皇帝の不在はワザとかもしれませんね」
「……へえ。どうしてそう思うんだ?」
ダイアナの言葉に、メルランが興味深そうな顔付きになった。
「今の候補はどれも決定打に欠けるので、皇太子を決めることができないんでしょう。王子達に自由に動ける状況を与えて、見極めるつもりじゃないんでしょうか。……少なくともロト殿下は、皇帝の不在を好機と見て動きました」
「……可能性としてはありだ。皇帝の不在を上層部は難なく受け入れてる。過去にも同じ事をしているなら、マニュアルのようなものがあるんだろう」
それならば現在、国が混乱なく運営されているのも納得がいく。
(過去に皇太子が選出された時期と、その前に皇帝の長期不在があったか記録を照合してみるか。類似のケースを見つければ、皇帝がいつ戻るか目算がつく……)
過去をさらえば、何件かは今回のように皇太子の決定が遅かった世代もあるはずだ。
ギャラハッドの顔からヘラヘラとした笑みが一瞬消えた。
「つまりアナお嬢さんは、タイムリミットまで耐え忍べば助かる──」
「とんでもないっ! 継承戦に便乗すれば、大概のことは見逃してもらえるってことなんですから、今がチャンスです!」
「なんだって!?」
「どさくさに紛れて、普段なら許されないような事ができますっ!!」
折角審判が見ないフリをしてくれるのだ。ラフプレーも、場外乱闘も何でもありだ。ヒャッハー!
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