素人は黙っとれ
「ねぇ、どうだった? あのお嬢様、もしかして泣いちゃった?」
「ねえどんな気持ち?」みたいなノリで、シルバーの婚約者となった少女の反応を探るスフィア。
普通に性格の悪い女だ。
シルバーは何故こんな女が良いのか甚だ疑問だが、どこの世界にも悪い女に引っかかる男というものは一定数存在する。
彼は松花堂弁当よりも、ジャンクなバーガーセットが好きだという話だろう。どちらが健康に良いかは一目瞭然だが、体が求めてしまうのだ。仕方がない。
「……」
一応泣いていたが、嬉し泣きだった。
イエスともノーとも言えず、シルバーは沈黙を選んだ。
「……大人しそうな顔して、親に政略結婚強請るくらいだものね。本性は強かで、アタシの事も割り切ってる感じ?」
「……割り切っているが、そういう方向じゃなかった」
現役の学生とは思えない、蓮っ葉な言葉遣いのスフィア。
華奢なダイアナとは正反対の肉感的な体型。
金髪なのはダイアナと一緒だが、ストレートで白金に近い彼女に比べると、色が濃くてガッツリカールしている。瞳は青く、目鼻立ちははっきりとしている。
うーん、濃ゆい。制服姿が風俗のコスプレにみえる。歳を誤魔化していると言われた方が納得できる。お前絶対十代じゃないだろ。
「もうっ! さっきから反応悪い! もしかして今更、罪悪感が芽生えたの? アタシより、あの子が良くなった?」
「違う。違うんだ……俺の心は君のものだよ。ただ、なんて説明したら良いのかわからないんだ」
先延ばしにすれば大変なことになると、慌ててスフィアを呼び出したシルバー。
ここは二人の行きつけの店の個室だ。
もし先日ダイアナが覚醒していなければ、彼女の家に行く、もしくはスターリング邸に呼ぶなどして安易に逢引していただろう。
流石のシルバーも、婚約者となった少女の赤裸々な本音を聞いて、無警戒にスフィアと会うのはマズいと自覚した。
そもそも会うこと自体がマズいのだが、彼はまだ完全に婚約者の危険性を理解していなかった。判断が甘い!
「ねえ。結局あの女は私の存在を認めたの? シルバーが侯爵になった暁には、あの女閉じ込めて、アタシが実質的な女主人になる話は、大丈夫なんでしょうね? 正妻になれないのは、ギリギリ我慢するけど、別邸でシルバーを待つ日々なんて嫌よ」
だから十代がする話じゃねぇって。
発想が完全に愛人業だ。しかも調子に乗って破滅する系の悪女だ。
いつの間にか『あの子』呼びが『あの女』にグレードダウンしている。
玄人感が半端ない。マジでシルバーは彼女のどこが良いのか理解に苦しむ。女の趣味悪すぎ。
「……認めてないし、そもそも君の存在を知りもしない」
「はあ? ちゃんと話すって言ったじゃん! アタシに嘘ついたの!? どっちにも良い顔するつもり!?」
金で爵位を買った男の一人娘。
スフィアにとってダイアナ・アダマスは甘やかされたお嬢様だ。
生まれた時から裕福で、箱入り状態で育ったからあんなに大人しいのだ。
欲しいものを、欲しいと言わなくても周囲が用意してくれるから、意思表明をする必要がない。
用意されたものを当然のように受け取り、感謝すらしない。それを手に入れるのに、どれだけ金と苦労が掛かっているのか知りもしない厚顔無恥の塊。
(きっと高級なジャムを指突っ込んで舐めるタイプよ! 全部食べ切るならまだしも、数口舐めて放置とか許せないわ!)
どんなイメージだよ。
(残されたジャムを見る人間の気持ちなんて、お金持ちのお嬢様にはわからないに決まってる!!)
はしたない真似をしても「無邪気」で許される、お嬢様フィルターが憎らしい。
もしスフィアが同じ行為をしたら「卑しい」と親に頭叩かれるのだ。
「そんなつもりはないけど。本当に今話すのはマズいんだ!」
「信じらんない!! そう言って、アタシの事キープしたまま誤魔化すつもりでしょ!」
不倫あるあるだ。
「妻とは別れるつもりだ」「愛してるのはお前だけ、もう少し待っていてほしい」とか言って、何年も女の時間を奪った挙句結局別れない。
別れないどころか、実は休日は子煩悩なパパやってたりするパターンだ。
「信じてくれ!! 今、君の存在がバレたら婚約解消どころか、スターリング家はアダマス家に乗っ取られる!」
「……なにそれ」
「政略結婚なんだ。婚約の時点で契約が履行されていて、不用意に破るのは危険なんだ」
必死なシルバーの様子に、ようやくスフィアも話がそう簡単ではないことに気付いた。
ダイアナと別れた後、シルバーは慌てて政略結婚にまつわる条件を確認した。
クレイ・アダマスとシルバーの両親は友人でも何でもない。
友情に基づいた、婚約を口実とした支援の申し出ではない。
完全に利害の一致で結ばれた婚約なので、契約内容はビジネスライクで厳格だった。
「彼女から婚約解消を希望するよう、俺から探りを入れる。スフィアは何もしないでくれ。お願いだ」
「……」
「俺を信じてくれ」
シルバーよ、それはフラグだ。
「押すなよ! 絶対に押すなよ!」と同じで、何もするなと念押しされたら大概やっちゃうのだ。
*
一方その頃。
アダマス家では、久しぶりに帰宅した屋敷の主人を娘のダイアナがにこやかに出迎えていた。
「どうした? お前が機嫌良さそうにしているなんて珍しいじゃないか?」
「お父様にお礼が言いたくて。素敵なご縁を用意していただきありがとうございます」
まさか礼を言われるとは思っていなかったのでクレイは面食らった。
彼とてこの国が恋愛結婚主流であることは、当然知っている。
今日だって、もし婚約について不満を漏らすようであれば、強く言い聞かせなければと思っていたくらいなのだ。
「私が自力で条件の良い殿方を射止めるのは、無理だと思うんです。お父様の尽力で、素敵な方と結婚できることになり、嬉しいです」
クレイの機嫌をとるためではなく、本心で言っているようだ。
実際問題、ダイアナはシルバーをかなり気に入っている。
前世から自分の過激な思想に自覚のある彼女は、あまり他人に持論を語ることをしなかった。引かれるのがわかっていたからだ。
婚活中も本音を話さず、当たり障りのない一般的な反応を心がけていたので、成婚に至らなかったのかもしれない。
「シルバー様とお話しするのは、楽しいです」
シルバーはダイアナの持論に耳を傾けてくれたし、彼の意見も打ち明けてくれた。
依然として恋愛に興味はないが、デートを面倒くさがる彼女にしては、また会いたいと思うくらいには楽しかった。
(イケメン。初婚。侯爵家の嫡男で身元が確か。一定水準以上の教育を受けている。訪問の際に、姑からのマウント攻撃はなし。歯並びも綺麗だった……手を掛けて育てられた証拠)
チェックポイントが、後半になるにつれ怖い感じになってる。
「つきましては、私達の婚姻についての取り決めを、確認させてください」
「お前が気にする必要はない。ワシと侯爵で交わした契約だ」
「当事者は私です。私の観点で、契約文を確認したいのです」
まるでクレイの作った契約書が不十分とでも言いたげな態度に、彼の機嫌は急降下した。
(これだから働いたこともない子供は)
「既にサイン済みの契約を、簡単にどうこうできる訳がないだろう。お前はただワシの指示に従えば良いんだ」
「いいえ。お父様。常識的な内容を補足する、もしくは暗黙の了解になってしまっていて、明文化しなかった条項を表記するのであれば、侯爵様も修正に同意するはずです」
圧をかけられても、一歩も引かないダイアナ。
ここに来てようやくクレイも娘の様子がおかしいことに気付いた。
年々内気になり、俯きがちになっていたダイアナ。
金で爵位を買った後、クレイは彼女を貴族の娘らしくしようと貴族出身の家庭教師を雇った。
月日が経つにつれ大人しく、表情を表に出さなくなったのは淑女教育の成果だと思っていた。
「お父様。当事者が契約内容を把握していなければ、うっかり抵触してしまう可能性があります。それにお店も実際にオープンしてから、マニュアルを修正する事はあるでしょう? それと同じです」
「……ふむ、一理あるな」
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