なん…だと…?
ダイアナを屋敷に送り届けた警吏は、その足でアーロンを回収して引き上げた。
取り調べ中にアーロンの余罪が明るみに出ればラッキーだが望み薄だろう。
「──ケイ。裁判所に、ヴィヴィアン公爵家の縁者は居ましたか?」
「居ません」
「……そうですか」
「お嬢様の有罪は確定したも同然でしたので、……彼等も家を守るため、自分達は無関係だとアピールする必要があったのでしょう」
「……」
ケイは考え込むダイアナに慰めの言葉を口にしたが、多分無用な気遣いだ。ダイアナお嬢様は、そんな繊細なお人じゃありません。
「この後は如何いたしますか?」
「今抱えている問題を片付ける為には、権力と金が必要です。父不在の間……いいえ、帰宅後も私がこの家の実権を握れるようにしたいです。それと継母の財政状況の詳細を知りたいです」
ダイアナがぶち壊した裁判だが、まだ不起訴は確定していない。
そしてロトがアナスタシア・ヴィヴィアンに害意があることは明白。
どちらも急ぎ対処する必要がある。
それに権力と金は、これらの問題を片付けた後にも必要だ。
「モルガーナ様は美容費、遊興費はご自身の資産から。公爵夫人として必要な交際費は、割り当てられた予算を使用しておられます」
「その個人資産というのが引っかかるんですよ。十年以上かなりの金額を消費し続けていますよね……亡き男爵は世界的な富豪でもあるまいし、何か絡繰がありそうです」
兵士達から聞いた話では、男爵家は先妻の息子が継いでいる。
モルガーナが相続した遺産は手切金を兼ねており、今後も縁が続く事のないよう現金一括で支払われたらしい。
「遺産を元手に資産運用されているのでは?」
「あれは知識のある人間が、積極的に動かすことで大きな収入を得るものです。投資して放置するだけでは、収益は微々たるものです。モルガーナ本人やその周囲に、それが可能な人物は居ますか?」
そんな有能な人材がいれば、ヴィヴィアン公爵家は下り坂になったりしない。歴史ある公爵家なだけあり、元々資本金はあったのだ。領地運営が右肩下がりなら尚更、投資で賄おうとするはずだ。
普通の感性の持ち主であれば、遺産というデリケートな代物を詳らかにするのを躊躇するのだろうが、闇(属性)金(瞳)ダイアナさんは容赦しないのだ。
「……お茶と一緒に、資料をお持ちいたします」
*
「──何故報告しなかったんですか?」
「これは私が個人的に調査した結果です。アーロン様がモルガーナ様に命じた可能性がございました」
「貴方なら父に直接、確かめることができたでしょう。それを怠った理由は?」
「私はあくまで執事です。命じられてもいないのに、出過ぎた真似は致しません」
おい、聞いたか!? こいつマジで「あくまで執事」って言ったぞ!
興奮のあまり話が逸れたが、ケイは「聞かれなかったから答えなかった」と堂々と言い切った。
彼が持参したのはモルガーナが行った横領の調査結果だった。
本来アーロンの手腕では、公爵家は横這いな状態を維持するはずだった。そこをモルガーナが巧みに誘導して、やや損失する方向に持っていった。実際の損失に上乗せして、横領を行うのが彼女の手口だ。
「結果として公爵家が傾こうが構わない。……危なくなったら、離縁して逃亡する気だったんでしょうね」
生涯働かなくて済むくらいの金はあるので生活には困らない。公爵夫人の座は失うが、元々貴族ではない彼女には離縁を躊躇するようなしがらみはない。
裕福な市民として、悠々自適に生活すれば良い。
「貴方はモルガーナについて、どんな印象を抱いていますか?」
「……強かな女性ですね。娼婦として生き抜いてきたからか、感情よりも実利優先の割り切ったものの考え方をする方だと思います。実子であるネヴィア様には、それなりに情を抱いていたと思いますが……」
帝国の実力主義は、あくまで同じ土俵に立った場合、より実力の有る者を選ぶというものだ。
アナスタシアとネヴィアは、そもそも立場が違う。
ネヴィアがやっていた事は、眠れる獅子に猫がちょっかいかけ続けていたも同然だ。
同じ檻で育ったから、お互い同じ生き物と認識しているのかもしれないが、アナスタシアが本気になればネヴィアは一瞬で叩き潰されて終わる。
モルガーナは、ネヴィアにくだらない対抗心は身を滅ぼすと度々諭していた。
しかし娘は母の忠告を聞き入れなかった。
モルガーナは幼い頃に親に売られ、娼婦になった。
自分のケツは自分で拭く。シビアな世界で生きてきたモルガーナ。
親になったモルガーナは、彼女なりに自分が与えられなかった親の庇護というものを娘に与えてきたが、結婚可能な年齢に達した時点でネヴィアを一人前の人間とみなした。
この先の人生はネヴィアの自己責任。己を貫いて自滅するならば仕方ない、というのがモルガーナのスタンスだ。
「……ありがとうございます。人材としては使えそうですか?」
「ええ。貴族の様な教育は受けていませんが、実務能力はあるかと……彼女を手駒にするおつもりですか?」
モルガーナはアナスタシアを可愛がることは無かったが、虐げることもなかった。
彼女が母親面をしても、お互いにストレスになるだけだ。お互い不干渉で、同居人としても素っ気無い程度の距離感を保ち続けていた。
「私はまだ未成年です。この先、手続きする上で成人の存在が必要となる場面が多々あると思います。その時に利用させてもらいます。……更に此方の準備が整う前に、ロト王子の陣営が仕掛けてくる可能性があります。その時には彼女をスケープゴートにします」
「ほう……」
要はダイアナ陣営に何らかの罪をかぶせられた場合、代わりにモルガーナを出頭させると言っている。
カテゴリ詐欺と言われそうだが、ダイアナお嬢様の物語は恋愛ジャンルである。
誰がなんと言おうと、彼女はラブコメヒロインなのであるっ!
「お金は返してもらいますし、足りない分は働いてもらいます」
彼女の横領は公爵家に入った直後に始まっている。今ある財産全て巻き上げたところで、負債が残る状態だ。
無一文にして手打ちにしたりはしない。きっちり取り立てるつもりだ。幸いケイの資料には詳細な金額が記されている。今は彼が提示した情報を信じて、不足分は体で支払わせることにした。
「ケイ。今後は主家に損失を与える行為を見つけたら、先ず私に報告しなさい。貴方のした事は、この家の衰退を黙認したのと同然です」
「申し訳ございません」
恭しく頭を下げているが、慇懃無礼な感じは否めない。
「最低限の資金は確保しました。次はこの家の掌握ですね。代理でも、正式でもどちらでも構わないんですが、具体的にはどんな流れで当主と認められるんですか?」
帝国が実力主義なのは知っているが、この家がどんな方法で当主を決めているのかダイアナは知らない。
「……選定者が当主を選ぶと、各家に手紙による通達が行われます。代理であればこれで充分でしょう。正式にとなると皇帝への謁見が必須です」
「なら──」
続くダイアナの言葉はノックの音に遮られた。
メイドが告げた来客は三名。
ブリテン新聞社の記者メルラン、第三王子ギャラハッド、そしてロトシックス生き残りの一人であるガレスだ。
*
「王子を優先されないので?」
「先触れの重要性を教育されておきながら、アポなし訪問です。精々待たせておけば良いんですよ」
ダイアナはメルラン、ギャラハッド、ガレスの順に会うことにした。
勿論これには理由がある。
ダイアナは帝国について、授業で習った程度の知識しかない。
このタイミングだ。記者の目的は、裁判を傍聴した上でのダイアナへの取材だろう。
取材に応じる代わりに、彼女もまた彼から情報収集しようとしたのだが──。
「俺、王子だよ? 後回しにするとかナシでしょ〜」
「……ギャラハッド殿下。何故貴方が此処に?」
「え? 廊下うろうろしてたら、そこのオジサンが呼ばれてたから着いてきちゃった」
ソファで寛ぐギャラハッド。
白に近い銀髪に、アナスタシアと同じ金瞳で、綺麗な顔立ちをしているが言動がチャラい。
定職につかず、親の脛を齧る道楽息子を彷彿とさせる第三王子。王族らしい威厳は皆無だ。
産まれ順からしてロトよりも年上の筈だが、生き様が顔に出ているのか、実年齢よりも若く見える。
王子と相席して居心地が悪いのか、メルランは疲れた様な笑みを浮かべていた。
此方は記者らしく少し草臥れた感じのする中年男性だ。
長めの癖っ毛を後頭部で一括りにし、顎には無精髭が残っているが、それが良い味になっているタイプのイケオジだ。
髪も瞳もダークブラウンで、この部屋にいる三人の男の中では、一番浅黒い肌をしているが移民という感じは無い。
まあこれに関しては、残り二人が男にしては色白すぎるとも言える。
「──まあ、良いでしょう」
ダイアナは計画を修正した。
「私はアナスタシア・ヴィヴィアンではありません!」
突然の宣言に来客二人だけでなく、ケイもギョッとした。
「昨日、目覚めたらこの体に入っていました。アナスタシアと呼ばれても咄嗟に反応できないかもしれないので、今後は本名に近い響きの『アナ』と呼んでください!」
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