ダイアナだから最強なのか?
「〜〜ッおかしい!! お前は有罪になって殿下と婚約解消するんだ!! その筈なのに、なんでこんな事になってるんだ!!」
ダイアナの独壇場を、歯を食いしばって睨みつけていたロト王子と不愉快な仲間達。
遂にそのうちの一人が痺れを切らし、立ち上がって叫んだ。
「イグ黙れ!」
「黙ってられるか! エクター、お前こそ何とか言ったらどうだ! このままだと公爵家に婿入りできないぞ!」
「この馬鹿っ!」
真に恐れるべきは有能な敵ではなく、無能な味方である。
近衛騎士団長の次男であるイグは、エクターを巻き添えに盛大に自爆してくれた。汚ねぇ花火だ。
ロトシックスの中でも、今回の陰謀に深く関わっていたエクターは登場と同時に退場になった。早かったな。あばよっ!
「あら殿下! 早速釣れましたね! 『敵を騙すにはまず味方から』のつもりでしたが、彼等は獅子身中の虫だったようです。お二人が個人的に関与しているのか、家ごと関与しているのかは、後ほど明らかになるでしょう」
ダイアナは、あたかも第四王子が発案したように嘯いた。
妹に続いて、側近二人が消えた。
開廷からわずか十分足らずで、ロトシックスは半分に減ってしまった。
ロトシックスが、王子に疑いの眼差しを向ける。
側近のみならず、ダイアナのこの発言でロトに与した者達は疑心暗鬼に陥るだろう。
自分達は王子の共犯として選ばれたのではなく、罠にかけられたのではないか──と。
これで第四王子の陣営は、一枚岩ではなくなった。
(内輪で揉めてくれれば、こっちのもの)
仮にも王族である以上、今この場でロトを仕留めるのは無理だ。彼個人を半端に攻撃すれば、返り討ちにあう。
第四王子を葬るなら準備を整え、反撃の隙を与えず、完膚なきまでに叩き潰さなければいけない。
ロト本人を攻撃できない状況だが、ダイアナは彼を野放しにするつもりはない。
彼がアナスタシア・ヴィヴィアンの味方であるように持ち上げ、今後の行動を牽制しつつ戦力を削る。
ダイアナの作り話はそれなりに筋が通っている。
もし否定すれば、ロトは婚約者の妹と堂々と浮気した恥知らず。当然次期皇帝になど選ばれない。
彼はこのままダイアナの用意した筋書きに乗るしかないのだが、そうなると彼女をこれ以上攻撃できない。
表沙汰にせず、裏で攻撃してくる可能性もあるが、彼女の匂わせで彼の協力者達は尻込みする筈だ。
何よりロトは自陣の建て直しと、自身が捜査の手から逃れる事を優先しなければいけない。そもそもダイアナに構っていられなくなる。
ロトの最大の目的は皇太子になることであり、婚約者を貶めることではない。
「──作戦前は殿下の過保護に呆れておりましたが、杞憂では無かったようです。私の口を物理的に防ごうと、昨晩牢で出された食事に毒が盛られました」
この場では、これ以上の成果は得られそうに無いので、ダイアナは締めの作業に入ることにした。
あまり長引かせると、爵位売買の詳細を追求されかねない。
彼女の口から放たれた衝撃的な告白に、法廷内に衝撃が走った。
「毒見をかってくださった兵士さんの喉が焼けました。証拠のスープは保管してあります」
「なんてことだ……」
事件のスケールの大きさに、裁判官が唸った。
王宮内で毒が盛られたというのは昔からよくある話だ。しかし勾留中の者に一服盛るとなると重みが違う。
個人の諍いではなく、彼女の告発した犯罪にかなりの権力者が関わっている証左になる。
「彼等が昨晩、看守として勤務したことは調べれば簡単にわかります。一刻も早く保護して、私の言葉が正しいことを確認してください」
「勿論です」
「この件は複数の権力者が加担しています。味方を識別する方法を予め取り決めておいたので、お伝えしたいのですが……」
裁判官の指示を受け、中年の男性が被告人席に歩み寄った。
「書記官のアモンです。私が責任を持って彼等を保護します。合言葉を教えてください」
「合言葉ではなく、言葉遣いです。語尾に『〜なのだ』とつけてください」
「──は?」
「例えば『書記官のアモンなのだ。君たちを保護するのだ』といった具合です」
「……」
「合言葉と違い、これなら偶然口にしてしまうことがありません」
そりゃそうだが、かなりの羞恥プレイだ。
しかしこの語尾。世代によってハムスター派と、ずんだ餅の妖精派に別れそうだな。
羞恥プレイを強いられて哀愁漂うアモンの背に、ダイアナはわざと傍聴席に聞こえるボリュームで声を掛けた。
「『もし喉に障害が残ったり、異物混入の責任をとらされたら、ヴィヴィアン公爵家で雇い入れる』と彼等に伝えてください」
過去のアナスタシア・ヴィヴィアンが同じことを言えば「できないことを言っている」「自分に人事権がないことを理解していないのか」と嘲笑されただろうが、今の彼女なら「既に公爵家の人事権を掌握している」と聴衆は都合よく勘違いしてくれるだろう。
貴族は深読みする生き物であり、その方向性は対象に抱くイメージに左右されるものだ。
*
怒濤の展開により、審議は中断となった。
これだけ滅茶苦茶にされたのだ。延期ではなく、不起訴になるかもしれない。
ロトは憤怒の表情で退席するダイアナを睨みつけた。
(〜〜ッッ怒りと屈辱で、脳が焼き切れそうだ……!)
「殿下。どうにかしてください! このまま家に帰ったら、私、本当に修道院に送られてしまいます!」
「知るか! 自分でどうにかしろ!」
「そんな──!」
才色兼備と称されているネヴィアだが、実際はそこまでではない。
彼女は人より少々狡賢く、自分を大きく見せるのが上手いだけだ。
才女扱いされている彼女だが、その成績はクラスで上位に入るレベル。特定の分野に秀でているなどの、突出した才能はない。
外見にしても、年相応に見えず手入れが不十分なアナスタシアがだらしなく見えるのに対し、金を注ぎ込んで手入れしているネヴィアは、あたかも天然で素材が良いように見えるが、顔もスタイルも精々中の上レベルだ。
ネヴィアは、幼い頃からアナスタシアに失態を被せては、彼女を助けるフリをして自分の株を上げていた。
姉のフォローをする妹として承認欲求を満たすのと同時に、正統な公爵家の娘である姉を貶めることに子供ながら暗い喜びを感じていた。
公爵家の嫡子でありながら、パッとしないアナスタシアを引き立て役に利用していたネヴィアだが、成長するにつれ姉に嫉妬混じりの憎しみを抱くようになった。
どんなに自己演出しようとネヴィアは公爵家を継げない。
表向きは公爵家の継子でしかない彼女は、お情け程度の持参金を持たされて嫁がされておしまいだ。
それなのにアナスタシアは、王子を婿にして公爵家を継ぐ。
実力主義と言いながら、母親の血統が良いだけの姉が自分よりも上だなんて許せない。
姉に対して屈折した感情を持つネヴィアに、ロトは目を付けた。
ロトとネヴィアはビジネスカップルだ。
彼等は愛し合ってなどいない。
婚約解消後、ロトは自分の後ろ盾になりそうな有力者の娘を新たな婚約者に据えるつもりだった。
その為の世間への言い訳も用意していた。
自分達の関係が、アナスタシアを犯罪に走らせるほど追い詰めてしまった。このまま二人が結ばれるなんて到底許されるものではないとネヴィアは身を引き、ロトもまた断腸の思いで彼女を諦めるシナリオだった。
姉のことさえなければ皇妃になったかもしれない女性として、周囲から一目置かれる存在になることが、ネヴィアがロトに協力する見返りだった。
悲恋のカップルとして、周囲の同情を買う予定だったのに、たった数十分で全て台無しになった。
(あの女──!)
ロトがネヴィアの歪な執着心に気付いたのは、彼もまたアナスタシアに対して歪んだ思いを抱いていたからだ。
ギャラン帝国の王族は、大半が金色の瞳を持つ。
今も次期皇帝と目されている王子達は全員金瞳の持ち主。歴代の皇帝もそうだ。
実力主義の国なので単なる母数の問題なのだが、ロトはそう思えなかった。
彼の瞳は緑色だ。
周囲は美しいエメラルドグリーンだと褒めてくるが、ロトは自分の瞳がコンプレックスだった。
自分が産まれた時、母はこの瞳を見て彼を皇帝争いから遠ざけることにしたのではないかと思えてならない。
臣籍降下した王族を祖に持つヴィヴィアン家は、時折金瞳の持ち主が生まれる。
アナスタシアの瞳は金色だ。
ロトは初めて会った時から、自分が欲しいものを持っている彼女が気に食わなかった。
あの瞳が悲嘆に暮れるのを見ると、スッと胸が満たされる。
今日だって検察官に責められ、周囲の冷たい視線に晒されて、青褪める彼女を見にきたのに結果は真逆。
絶望して光を失うどころか、ギラギラと獲物を探す猛禽類のようなあの瞳。一瞬目があった際は、視線だけで捕食されるような心地がした。
(俺の勝ちは確定していた筈なのに──)
ロトの目的は皇太子になることだ。
だがその為の手段として、彼は敢えてアナスタシアを傷付ける方法を選んだ。
(アイツのあんな姿見たことがない。……昨日はあんな風じゃなかった。一晩で一体何が起こったんだ!?)
理不尽な理由で、サンドバッグにされていたアナスタシアは此処には居ない。
中身がダイアナお嬢様になっちまった以上、拗らせ王子の未来は確定している。
100日後に破滅する王子。カウントダウンスタートだ!
面白い! 続きが気になる! などお気に召しましたら、ブックマーク又は☆をタップお願いします。