よろしい、ならば戦争だ
「アンタ言ってただろ。『やったことを証明するのは簡単だけど、やっていないことを証明するのは難しい』って、……どうするんだ?」
「とりあえず時間稼ぎになる程度の準備はできました」
マジかよ。
これって断罪回避RTAモノの中でも、結構厳しめの縛りプレイだぞ。
まず時間が二十四時間切ってる(準備期間が夕方〜翌朝だから十数時間だ)。
部屋の外に出ることは不可能で、情報源は貴族の事情に詳しくない平民のみ。
現に彼等はアナスタシアは有罪になり次第、公爵家から勘当されると思い込んでいる。
「……朝の鐘が鳴ったな。今からアンタを弁護人と引き合わせたら、俺の仕事は終わりだ」
「裁判所までは遠いんですか?」
「馬車で一時間ってところだろ。アンタ、本当に世間知らずなんだな」
*
「お嬢様。お迎えにあがりました」
「弁護人と合流すると聞きましたが」
「私は公爵家の執事ですが、弁護士資格も有しております」
「そうですか」
ダイアナが連れていかれた先で待っていたのは、執事服をキッチリ着こなした男性だった。
年齢は二十代後半に見えるが、三十を超えているかもしれない。
長めの艶やかな黒髪をオールバックにし、紅茶色の瞳にチェーン付きの眼鏡を装着している。ちょっとオプション過多だけど「あくまで執事ですから」とか言いそう。
(現役に負けないくらい弁護士として優秀なのか、それともアナスタシアの為に弁護人を雇う気がなくてペーパー弁護士を充てがったのか……)
仕事ができそうな雰囲気だが、アナスタシアが冷遇されていたことを考えるとおそらく後者だ。
「──私の顔に何か?」
「私は嵌められました」
「そうですね」
試しに鎌をかけたら、あっさり肯定した。
「……弁護人と情報に齟齬があってはいけません。今の状況について貴方の考えを話してください」
兵士達には悪いが、情報源としては彼の方が信憑性がある。
目の前の男がアナスタシア・ヴィヴィアンを陥れた一味の可能性も否定できないが、彼からは敵意や侮蔑を感じない。
ケイという名の執事が語った内容は、後日ジェンマ国でアナスタシアが語ったのとほぼ同じだったが、彼女の知らない情報も含まれていた。
「つまり私は味方ゼロ。身近な人間は全員敵なんですね」
「ショックですか?」
「いいえ」
虚勢ではない。ダイアナにはアナスタシアの記憶がない。顔も知らない家族達に裏切られたところで、傷付いたりはしない。
「貴方は父の差し金で、私に止めを刺しに来たんですか?」
助けは端から期待していない。ダイアナにとって大事なのは、この男が邪魔になるかどうかだ。
(足を引っ張るなら、最優先で始末しないと)
ダイアナの反応が意外だったのか、ケイは虚を突かれたように瞬いた。
目の前にいるのが、彼の知るお嬢様ではないことに気付いたようだ。
淡々としていた彼の表情が、面白がるようなものに変わる。
「アーロン様の指示は、貴方の無罪を勝ち取る事ではなく、ことの顛末を見届けることです」
言外に助力はしないが、妨害もしないと告げた。
アナスタシアが把握していなかった情報というのは、今回の冤罪に彼女の父も関与しているという点だ。
兄弟を押し退けて当主になったアナスタシアの母。才媛として名高かった彼女亡き後、アーロンが中継ぎの当主となってから公爵家は緩やかに衰退している。
もしアナスタシアの従兄弟達が公爵家を継ぐ事になったら、アーロンは終わりだ。年金を渡されて蟄居なら良い方、下手すれば身一つで放り出されかねない。
単独では次期当主として力不足なアナスタシアが公爵家を継ぐには、不足分を補える伴侶が必要だ。
第四王子に公爵家へ婿入りする意志はない。ならば彼の提案をのみ、実家の太い婿を手に入れた方が利口だ。
ロトとは姻戚関係にはならないが、皇帝候補になる彼の庇護を受けられる。
結果として公爵家はロトの傀儡と化すが、アーロンは元々余所者だ。ヴィヴィアン公爵家に思い入れなどない。
「ありがとうございます。方向性は決まっていましたが、誰にどこまでやるか計りかねていたので助かりました」
敵味方区別しながら戦うのは神経を使うが、全員敵なら遠慮する必要はない。
(手当たり次第全員ぶっ飛ばして良いなら気が楽だわ)
普通そうはならんやろ。
闘志を漲らせ、試合前の格闘家のようなオーラを纏うダイアナお嬢様。俺は今からお前達を殴る!
「……どうなさるんですか?」
「取り敢えず裁判を破綻させ、始末できそうな人間はその場で片付けます。起訴が撤回されれば儲けもの、延期であれば裏工作します。取りこぼした連中を片付けるのは、その時ですね」
少女の口から、真っ黒な言葉が飛び出した。うわあ。きたね〜〜!
「……ほう。そんな事が可能なんですか?」
「まあ見ててください」
「全員倒してしまっても構わんのだろう?」と言いたげなダイアナに、ケイは苦笑した。
「私は貴方の弁護人です。手助けくらいはできますよ」
「……自由に発言する時間が必要です。もし私の言葉が中断されそうになったら、アシストしてください。貴方に望むのはこの一点のみです」
「私の弁護は不要のようですね。承りました」
彼に下手な発言をされたら、逆に窮地に陥りかねない。ダイアナは無難な内容の指示をした。
ダイアナの意図を察し、ケイはあっさり引き下がった。
「最後に質問があります。アナスタシア・ヴィヴィアンに対する、貴方の率直な印象を教えてください」
「要領が悪く、迂闊。咄嗟の判断力に欠けるので、悪知恵の働く者達にいいようにされる小心者……と、いったところでしょうか」
キッツ。
「……私が言うのもアレですが、中々の毒舌ですね」
悪魔的なイケメン執事かと思ったが、中身は「お嬢様は間抜けでいらっしゃいますか?」と、面と向かって言っちゃう系だったらしい。
***
今日の裁判はそれなりに人々の関心を集めていたようで、傍聴席は満員だった。
座っているのは身なりの良い者達なので、それなりの貴族か市民の中でも裕福なジェントリだろう。
大人達に混じって、一角だけ少年少女が固まって座っている。
一人の少女と、五人の少年。アナスタシア・ヴィヴィアンと同年代なので、ダイアナは少女がネヴィアで、彼女と寄り添っているのがロトだと当たりをつけた。残る四人は側近か護衛か。
総勢六名なので、彼等のことは今後ロトシックスと呼ぼう。
開廷宣言の後、冒頭手続きは恙無く進んだ。
問題が起きたのは、その最後の罪状認否だ。
「──では、その上で尋ねますが、今検察官が読んだ公訴事実に間違いはありますか?」
裁判官に尋ねられたダイアナは、花が綻ぶように微笑んだ。
「まずは感謝とお詫びを。これほど多くの方々が、傍聴にいらしてくださるとは思いませんでした。私の告発の証人となる皆様、そして自らの評判を犠牲にこの場を与えてくださった殿下と妹にお礼を申し上げます。そして神聖な裁判制度を、このような手段で利用してしまったことを深くお詫びいたします」
裁判官席と傍聴席に向かって、丁寧にカーテシーをしたダイアナ。
「この裁判は、私に告発の機会を与えるためのでっち上げです。未成年である私の訴えが揉み消されないよう、ロト殿下が考案したものです」
彼女の言葉に、傍聴席が騒めく。
相手の用意した舞台で、強いられたルールに素直に従って戦う必要はない。
悪魔の証明は簡単にできることではない、ならば証明の必要性を──前提を根本から破壊してしまえば良い。
「先ほどの公訴事実に対しては、勿論否認いたします。お芝居ですから。──私はこの場で、王族による公爵家の爵位売買を告発いたします。共犯者はアーロン・ヴィヴィアン、買い手は平民です」
(アナスタシア・ヴィヴィアンの為に彼等が頑張って用意した罠だ。折角だから有効活用してあげよう)
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