断罪回避RTA
「おいっ! しっかりしろ!!」
「落ち着いてください」
「できる訳ないだろ! コイツ死にかけてんだぞっ!」
兵士Aはスープを飲んだ直後に喉を押さえ、床に崩れ落ちた。
今は身を屈めてヒューヒューと苦しそうに呼吸している。
騒ぐ兵士Bをのんびり宥めるのは、アナスタシアの中に入ったダイアナお嬢様。
本人は確証がないみたいだが、彼女は正真正銘、我らのダイアナお嬢様だ。大事なのは見た目じゃない、中身だ!
「毒殺するつもりなら、公爵家にいる間に殺してますよ。裁判で余計な発言をしないよう、喉を潰すのが目的でしょうから死にません」
アナスタシア・ヴィヴィアンは公爵家で冷遇されていた。
彼女を亡き者にするのが目的なら、守りの薄い公爵家で殺す、もしくは有罪判決を待ち、後ろ盾を失い無防備になった彼女を殺す方が合理的だ。
(現行犯扱いだけど、今はまだ公爵令嬢)
王宮内はあらゆる権謀術数が蠢く場所だが、厳重に警備されて然るべき牢で、刑が未確定な令嬢を殺せば大問題になる。
皇帝の不在を狙ってスピード裁判を行うくらいだから、彼女の有罪は既定路線。明日になれば罪人になるのに、今日殺す意味はない。
「はあ!?」
「言ったじゃないですか、毒味だって。半分冗談だったんですが、敵は念には念を入れてきたみたいですね」
助けを呼ぼうと動いた兵士Bを、ダイアナは壁ドンで制止した。正確に言えば彼女が手をついたのはチェストなので、タンスにドンだ。
「この状況で助けを呼ぶのは得策ではありません」
「そんな訳ないだろ!?」
「貴方が犯人にされますよ」
「何でだよ!」
「騒ぎになれば、犯人探しをせざるを得ません。囚人の食事に一服盛ることができる人物は限られています。権力者からすれば、貴方を犯人に仕立て上げて幕引きにするのが一番手っ取り早いんですよ」
(出世を餌にしたり、圧力をかけて黙らせる可能性もあるけど、余計な事は言わないでおこう)
ダイアナにとっては、そちらの方が都合が良い。
うん、姿形は変わっても、安定のダイアナお嬢様だ。
「俺はアンタと初対面なんだぞ! 動機がないだろ!」
「動機なんて簡単に捏造できます。実は熱心なネヴィアの信奉者で、彼女に危害を加えた私を許せなかったとかね。ガサ入れ時に薬瓶を貴方の部屋に仕込めば、それでお終いです」
「そんな……」
「実際にやったかどうかは、問題じゃないんです。それらしい理由と、捏造した証拠ひとつあれば、どうにかなってしまうのが今の司法です」
科学捜査が発展していないこの世界では、動機、物理的に可能かどうか、物証の三つが揃えば即有罪だ。
「……アンタもそうなのか?」
「(多分)私は冤罪です」
罰の悪そうな兵士Bに対して、ダイアナは気にしていないと言いたげに、慈愛の笑みを浮かべた。
彼を慰める為ではなく、この短期間で容易く彼女を信じる方向に流れた男に、利用価値を見出したからだ。
(上手くいけば、強力な手駒になる)
人の心とかないんか?
本来の肉体であれば、大人しそうな少女の幸薄い笑顔だが、アナスタシアの外見だと、夫に先立たれて修道女になった人妻に見える。例えがマニアック過ぎると怒られるかもしれないが、他に言いようがない。
「アナスタシア・ヴィヴィアンは陰湿な悪女」というフィルターが外れた兵士Bは、年齢とギャップのあるミステリアスな微笑みにドギマギした。
「……そ、そうか。悪かったな。色々失礼なこと言って」
「謝罪は受け取りました。これ以上気にする必要はありません」
「あのさ。……アンタ大丈夫なのか? 敵ってのがどんな相手か知らないけど、公爵家の人間を陥れるくらいだ。権力者なんだろ?」
「……どちらかと言えば、今危ないのは貴方達二人ですね」
不意打ちの流れ弾に、兵士Aがゼヒュッと息をのんだ。
「二人とも色々と知りすぎました。私の食事の毒味をして、喉が潰れたことを知られたら、揃って始末されるかもしれません。──確実に有罪である私を害する行為そのものが、私が冤罪であると証明するも同然ですから」
「……始末ってそんな大袈裟な」
「公爵家の人間に、罪を着せようとしているんですよ。それくらいします。この後お二人が、馬鹿正直に今起きたことの報告をして、片方が医務室に行ったとします。治療と称して致死性の毒を投与され、兵士間の毒殺事件に仕立て上げられるでしょうね」
「俺とコイツは同期だ。俺達が仲が良いことくらい、同僚なら……」
「偶然シフトが一緒になった他人よりも、よっぽど事件を捏造しやすいですね。親密であるほど表に出していないだけで、相手に対する不満を抱えている可能性があったと考えられます。『ぶっ殺してやる、と酒場で呟いていた』と証言を捏造すれば、動機はクリアです。手段は言わずもがな」
生々しい例え話に、二人は震え上がった。
自分達は、貴族達の恐ろしい陰謀に巻き込まれてしまったらしい。
「よかった。呼吸が落ち着いてきましたね。暫く声が出ない状態が続くと思いますが、風邪ひいたことにして誤魔化してください」
兵士Aはダイアナの指示に、全力で頷いた。
「な、なあ俺は? どうすれば良いんだ?」
「裁判は明朝、開廷でしたね。昼前には二人共、安全な場所に保護されるように手配します。今起きた事は報告せず、退勤後は人目のある場所で待機してください。単独行動は厳禁です。必ず二人一緒に行動して、誰が近づいてきても油断せず、余計なことは喋らないこと。数時間の辛抱です」
彼等はダイアナにとって重要な証人だ。食事に細工をした犯人に接触されて、懐柔されては叶わない。
「ああ、わかった……信じて良いんだな?」
「勿論です。そうと決まれば、物証を保存しましょう。そこのチェストをずらして下さい。後で元の位置に戻す必要があるので、カーペットには気をつけて下さいね」
「? こうか?」
薄暗い部屋だが、何十年も同じ場所に置かれていたからだろう。チェストを移動させると、うっすらと日に焼けていない壁紙が現れた。
ビシャッ
ダイアナは躊躇いなく、露わになった壁にスープの一部をかけた。
「お、おい!」
「チェストを戻して下さい」
首を傾げる男達を無視して、ダイアナは立ち上がると座っていたソファの肘置き部分に残ったスープをかけた。
「えぇ〜。アンタの思考についていけないんだけど、これって俺が馬鹿なのか? それともお貴族様にとっちゃ、当たり前の行為なのか?」
兵士Bに同意するように、Aがウンウンと頷く。声が出ないなりに自己主張したいのか、動きが若干オーバーだ。いつもより大きく振っております!
「薬物を盛られた証拠として、スープをハンカチに染み込ませて隠し持つくらいじゃ、取り上げられて終わりです。容易に処分できないものに残さなければ」
「それで壁紙に? 椅子は?」
「ダミーです。ソファに溢したことにして、部屋に充満する匂いを誤魔化します。私の出廷後に犯人が部屋を検めても、ソファを処分して満足するはずです」
「はあ……」
「仕込みはこれで終了です。後は明日の準備ですね。まだ私に伝えていない、アナスタシア・ヴィヴィアン関係の噂や公爵家に関する情報があれば話して下さい」
「……だからアンタ自身のことだろ? 噂はともかく、公爵家についてなんて俺ら一般市民は殆ど知らないっての」
「殆どということは、少しは知っているんですよね。それを知りたいんです」
「嘘だろ……」
兵士Aは話せないため、必然的にBに負担が集中する。肩を落とすBの肩を、Aが慰めるように叩いた。
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