お嬢様は異国でも余裕で生き抜くようです!
さて、時は遡りギャラン帝国の王城敷地内にある西の塔。
この二つの国を行ったり来たりするの、ややこしいな!
グローバル反復横跳び。しかも時間軸少しずれてるじゃん。
よし、ジェンマサイドは前回で終わりだ。
次に彼女達が登場するのは、ダイアナお嬢様と再会する時。
はい決定!
話が逸れたが、この建物は罪を犯した高位貴族専用の牢獄だ。今は少女がひとり収監されているのみ。
別名、嘆きの塔の一室で、そのたった一人の囚人は兵士を脅していた。
「質問に答えなければ服を破き、貴方達に暴行されたと訴えます」
「そんな事したらお前もタダじゃ済まないぞ!」
「そうだ! それにアンタみたいな悪女が何を言ったところで、誰が信じるものか!」
男達に怒鳴られても、少女は怯まない。
「こんな部屋に収容されている時点で、私の人生は終わってます! もう失うものはありませんっ!」
凄い開き直り方だ。
「それに事実かどうかなんて関係ありません、不名誉な疑いが出た時点で貴方達の人生も終わりです! やったことを証明するのは簡単ですが、やってない事を証明するのは極めて難しいんですよ」
堂々と宣言する少女に、兵士達は狼狽えた。一晩見張るだけの簡単な仕事だったはずなのに、まさかの人生終了のピンチだ。
「こんな場所の見張りを命じられるくらいです、貴方達の身分は決して高くないんでしょう?」
彼女としては彼等の身分を確認したかっただけなのだが、男達は眉を吊り上げた。
「ハァッ!? 自分が公爵家の娘だからって偉そうにっ」
「『身分をかさにきて他人を見下す』って、噂は本当だったみたいだな。確かにアンタの生まれは高貴かもしれないが、中身は俺達平民以下のゴミだよ」
「その偉そうな態度も明日で終わりだ。裁判で有罪になれば公爵家から勘当されるに決まってる。お前が縋り付いてる公爵令嬢の肩書きなんて、そんな物なんだよ!」
立て続けに罵倒と脅しをぶつけられてたが、少女は萎縮したりはしない。それどころか、うんうんと満足そうに頷く始末。
「ふむ。私は公爵令嬢で、明日が裁判なんですね。……罪状は何ですか?」
「話聞いてんのかテメエ!?」
「聞いてます。相手がどんな人物であれ、強制猥褻の疑いがあれば平民出身の貴方達は処罰されるでしょう。上は貴方達の無実を晴らそうとしたり、庇ってはくれませんよ。臭いものは処分して終了です」
「〜〜ッ!」
そんなことは無いと言い切れないのが辛いところだ。少女と対峙する男達の顔が青褪めた。
「──その後の人生は転落の一途でしょうね。性犯罪者の疑惑のある貴方達は運良く懲戒解雇を免れたとしても、職場で居場所はなく、私生活でも疑惑が付き纏い続ける。家族や友人とは疎遠になり、既婚であれば子供の為に離婚なんてことも……」
「クソッ! なんて女だ!」
「難しいことは要求してません。質問に答えれば良いだけです」
「〜〜分かった、分かったよ! だから、その襟にかけてる手を離せ!」
元の位置に戻したテーブルに夕飯を置いた兵士が、やけくそ気味に答えた。
要求を押し通した少女は、服から手を離してソファに座った。
「私の置かれた状況を説明してください」
「ふんぞり返って言うことかよ。なんでそんな事聞きたいんだ? 自分のことだろ?」
「確認の為です。ついでに私について知っていることを、先ほどの色眼鏡全開な感じで話してください」
「なあ。マジで、お前なんなの?」
「もう日が沈みました。明日が裁判なんでしょう? 時間がありませんよ。さあ早く!」
「チッ。調子狂うなあ」
「おい、コイツと話すだけで俺、気力が根こそぎ持っていかれるんだけど」
「俺もだ。会話するだけで、どうしてこんなに疲れるんだよ……」
謎の疲労感で、兵士達はげっそりした。
*
(彼等から得た情報を整理すると、この体の主の名前はアナスタシア・ヴィヴィアン)
彼女はギャラン帝国にあるヴィヴィアン公爵家の長女であり、婚約者は第四王子ロト。
家族構成はアナスタシア、実父、継母、後妻の連れ子である妹の四人家族。
公爵家の嫡子であること以外、誇れるものがないアナスタシアとは違い、ネヴィアは産まれの低さを補って余りあるほどの素晴らしい才女。愛らしく機知に富む義理の妹に嫉妬して、アナスタシアは長年彼女を虐げていたらしい。
自分を高めるのではなく、他人を貶めて自尊心を守ろうとする婚約者に嫌気が差したロトは、許されないと分かりつつネヴィアに惹かれていった。
アナスタシアは二人の仲を認めず、ロトの心が彼女にない事を分かっていながら婚約解消を拒否し続けていた。
(……私にはアナスタシアの記憶がない。自分が身を引くことで二人が幸せになるのが許せないのか、どんな形でも王子を手に入れたかったのか。……今となっては彼女の真意を確認する術はない)
リアル悪役令嬢なアナスタシアは、学園でも嫌われ者らしい。
幼稚な嫌がらせを繰り返し続けたことで、家族からも見放され、婚約者にも愛想を尽かされ、友人も居ない。
(理解できない。私は結婚したいけど、妹と浮気するようなクズが相手なんて冗談じゃない)
孤立したアナスタシアは、遂に踏み越えてはいけない一線を越えてしまった。
ネヴィアが一人になった瞬間を狙い、彼女を階段から突き落としたのだ。
偶然居合わせたロトが受け止めたことで大事には至らなかったが、立派な殺人未遂だ。最早、嫌がらせの言葉で片付けることはできず、現行犯で逮捕されたらしい。
(二人が幸せになるのが許せないなら、自分の人生を犠牲にしなくても、他にいくらでも方法はあるのに……)
アナスタシアの父は婿養子だ。
ヴィヴィアン公爵家の直系は現在アナスタシアのみ。
家の後継に関してジェンマ国が長子優先、コランダム国が男子優先とするなら、ギャラン帝国は完全実力主義だ。生まれた順番も性別も関係ない。
その身に流れる血が最も正統なのはアナスタシアだけだが、次代のヴィヴィアン公爵家当主たり得る血筋の持ち主は分家にも居る。
(これは嵌められたな)
目覚めた際に身体の状態を確認して気付いたことがある。
公爵家の令嬢なら、使用人に手入れされているはずなのに、アナスタシアの髪は痛み、手も荒れている。
この状態には覚えがある。かつて自分──ダイアナ・アダマスが使用人から世話を放棄された結果、同じような状態になっていた。
(私にはダイアナ・アダマスとしての記憶がある。可能性として考えられるのは、アナスタシアと精神が入れ替わった。もしくはダイアナは実在せず、私は解離性同一性障害の人格のひとつ……)
自分の記憶が架空の物かどうか確認するためには、ジェンマ国に行って生きたダイアナ・アダマスに会うのが一番だ。
(その為にも身の潔白を証明しないと)
「今日逮捕されて、明日裁判なんて、いくら何でも早すぎると思うんですが、帝国では普通なんですか?」
「そんな訳ないだろ」
「お前の有罪は明白だから、とっとと済ませることにしたんじゃないか?」
「……」
(根回し済みか)
「私は王子の婚約者なんでしょう? ドゥ皇帝の判断だとは思えませんね」
アナスタシアの家族構成を考えるに、第四王子は入婿予定だ。衆人環視下での殺人未遂ならともかく、今回は公爵家の中で起きた事件だ。
しかも動機は痴情の縺れ。公にしたところでお互い醜聞にしかならない。
裁判なんて大ごとにせず、内々に処理するのが一番だ。
「陛下は外交で今不在なんだよ」
「……」
よくある皇帝の不在を狙って王子が婚約破棄するパターンじゃん。しかも冤罪による断罪つき。
「もう満足したか? 早く食えよ、冷めちまう」
「──ああ。その食事ですが、食べて良いですよ」
「いいのか? 結構美味そうだぜ」
「気にすんな。俺達にとってご馳走でも、御令嬢にとっては粗食なんだろ」
「チッ、全く酷い格差だよな。平民の囚人なら野菜屑のスープとパンだけなのに、お貴族様はこんな良い飯が出るんだぜ」
アナスタシアに対するイメージが悪いのか、やること為すこと悪くとられる。彼女としては普通に話しているだけなのに、迷惑極まりない。
婚約の際、ダイアナが高位貴族の養女になることにサフィルスは反対した。成り上がった野心家のイメージがつくよりも、男爵令嬢のままの方が国民ウケが良いと彼は主張した。
(サフィルス殿下が言っていた『イメージは侮れない』というのは、このことか……)
あの時は、そんなものかくらいに考えていたが、このデバフは中々厄介だ。早々にこのアナスタシア・ヴィヴィアンに対するレッテルを払拭する必要がある。
「酷い言いようですね。そんなつもりじゃありません。単なる毒見ですよ」
「そっちの方が酷くないか!?」
ダイアナお嬢様。確かにアナスタシアは誤解されやすい外見で、立ち回りも下手だった。
だけど今、兵士達がキレてるのは、ダイアナお嬢様の言動が原因だ。他人の所為にしちゃいけない。
面白い! 続きが気になる! などお気に召しましたら、ブックマーク又は☆をタップお願いします。