公爵令嬢、動きます
決して裕福とは言えないヴィヴィアン公爵家だが、継母と妹は美容に湯水の如く金を注ぎ込んでいた。だがそれは公爵家の金ではなく、モルガーナの個人資産で賄っていた。
継母のモルガーナは、元男爵夫人だ。
娼婦だった彼女は老齢の男爵の後妻となり、かなりの遺産を受け取ったらしい。
金を手にし、元男爵夫人の肩書きを手に入れた彼女が、次に狙ったのは爵位を上げることだった。
男爵家の後妻から、公爵家の後妻へ。
プロの後妻業だ。転職を機にキャリアアップ。
妹の年齢を考えると、男爵が存命の時からアナスタシアの父とは関係を持っていたのは明白。もしかしたら、娼婦時代から付き合いがあったのかもしれない。
男爵は事故死らしいが、モルガーナがその死に関与しているかは不明だ。
彼女は強かなタイプなので、殺人のような後で足を掬われかねない真似をするとは考え難い。関与したとしても、立証の難しい幇助か未必の故意レベルだとアナスタシアは考えている。
「エクター様が公爵家に婿入りするとなれば、彼の実家は惜しみなく援助するでしょう。人は誇りだけでは食べていけないのです。それは従兄弟の家も同じです」
「そちらも貧乏なのね」
「はい……」
お金がないよりも、更にストレートなパンチだ。
シルバーよ。これが本物の相手を罠に嵌めた上での政略結婚だ。覚えとけ!
ようこそ実力主義のギャラン帝国へって感じで、ジェンマ国に比べるとクズ共の邪悪さが段違いだな。
「あのっ! アナスタシア様の置かれていた状況は分かりました! 大事なのはダイアナお姉様です! 現状アナスタシア様の体に、お姉様が入っている可能性が高いんですよね!?」
黙って話を聞いていたメイジーが叫んだ。
王太子達の話を遮るわけにはいかないと我慢をしていたが、遂に限界がきたようだ。
「アナスタシア様。わたくしはギャラン帝国の司法には詳しくないのだけど、執行猶予中は渡航に制限がかかるのかしら?」
「ごめんなさい、わからないです。知り合いにそういう状況になった人がいませんでしたし、こんな状況になるまで自分とは縁の無い制度だったので……」
「まあ、そうよね」
「後で確認するが、法的な制限がなくても軟禁されている可能性があるな。ロト王子の目的は、彼女と公爵家に首輪をつけることだ」
「……ダイアナが直接来れなかったとしても、もし公爵令嬢として過ごしているなら、遣いを出すなり手紙を書くなりできるはずよ」
「あの、エスメラルダ様。お姉様が手紙すら出せないような、……身動きできない状況とは考えられませんか?」
「直接会いに行きたい所だけど、僕は犯罪者よりも渡航に制限がある。急ぎ部下を派遣して、彼女の状態を確認しよう」
渡航先でトラブルがあれば外交問題に発展してしまう。
法的に縛られている訳ではないが、サフィルスは一般人のように気軽に渡航できる身ではない。
単なる王族でも両国による事前の調整が必要だが、彼は王太子なので更に厳重な手続きが必要だ。
以前ルベルが気軽に行き来していたのは、サフィルスと婚約関係にあった為の特例的な措置だ。今の彼女がジェンマ国に来ようとしたら、お忍びだろうと一ヶ月以上準備が必要だ。
「サフィルス様。わたくし一足先に帝国へ向かいます。例えどんな姿であろうと、ダイアナかどうか一目で見抜く自信があります」
自信満々に断言するエスメラルダ。
確かに彼女なら、ダイアナお嬢様が他人のフリしても看破するだろうな。
アレキサンダーも難なく見抜いていたし、名探偵並みの観察力の持ち主なのかもしれない。もしくは強火のダイアナガチ勢。
「エスメラルダは学校があるだろう」
「進級に必要な単位は取り終えています。ダイアナもです──なので彼女も連れて行きます。サフィルス様は過去に似たような事例が無かったか、調査をお願いします。王太子の身分があれば、禁書も閲覧できるのでしょう?」
状況を確認したら、次は元に戻る方法を探さなければいけない。
「あの……。私もご一緒したいです」
「ダメよ」
周囲の顔色を窺うように挙手したメイジーを、エスメラルダは一瞥することなく一刀両断した。
「どうしてですか!? 私もお姉様が心配なんです!」
「貴女が今すべき事は、淑女教育をマスターすることよ。彼女がダイアナではないと、私が見抜けたのは知識があったからです」
カップの持ち方は同意するが、座り方とか癖は知識じゃないだろ。
「貴女は遅くに教育を始めたのだから、人の三倍努力しなければならないわ。ダイアナが心配なのはわかるけど、貴女が同行するメリットは少ないの。何かしたいと言うのなら、ダイアナが戻ってくるまでに一人前の淑女におなりなさい」
「……はい」
「ダイアナの事は、わたくしに任せて頂戴」
確かにメイジーはダイアナお嬢様の中身が入れ替わった事に気付かなかったが、これに関しては仕方ないとも言える。
メイジーは既に一回、ダイアナお嬢様の性格がガラッと変わったのを体験済みだ。
アナスタシアの性格は、どちらかと言えば覚醒前のダイアナに近いので、メイジーにとっては豹変したというより元に戻った感が強かったのだ。
*
今後の方針が決まり、サフィルスとエスメラルダはアダマス邸を後にした。
……あのさ。主人公の為に登場人物達が一致団結して奔走するのって、物語のクライマックスによくみる光景だよな。
早くね? 最初からクライマックスなの?
(こうしている間にも、アナスタシアの体に入っているダイアナお姉様は虐げられているかもしれない)
生まれついての権力者である二人は、例え罪人になろうと公爵令嬢であるアナスタシア・ヴィヴィアンの身の安全は保証されると考えている。
しかし権力とは最近まで無縁だったメイジーは、彼等のように冷静に考えることはできなかった。
「……もしダイアナお姉様が酷い目に遭っていたら、私は貴女を許しません」
八つ当たりの自覚はあるが、それでも言わずにはいられない。
「私と違って、ダイアナ・アダマスは皆に愛されているのね……羨ましいわ」
アナスタシアの言いぐさに、彼女に対して良い感情を抱いていなかったメイジーは腹が立った。
メイジーは過去にダイアナが屋敷内で冷遇されていたこと、クレイに関心を持たれていなかったことを話した。
ダイアナは苦労知らずのお姫様ではない。
今の環境は、彼女が自力で勝ち取ったものだ。
経緯はアレだけど、結果だけ見ればダイアナお嬢様は守られ系の愛されヒロインだ。
アナスタシアの気持ちもわからなくはないが、それを不用意に口にしちゃったのは悪手だ。
誤解されやすいのも、公爵家の後継者失格扱いされたのも、きっとそういうとこだぞ。
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次回からギャラン帝国サイド。オラわくわくすっぞ!