ロトの陰謀 〜母の思いを継がない者〜
「私にかけられた容疑は、妹ネヴィアの殺人未遂ですが冤罪です。彼女はわざと階段から足を踏み外して、私が突き落としたように仕立て上げたんです」
「危険な賭けね。失敗したら大怪我じゃない」
エスメラルダが眉を顰めた。
命懸けの自作自演だ。
階段落ちを名物にした舞台を公演している国もあるらしいが、素人がやることではない。
「刃物や毒の方がリスキーだったんだと思います。罪に問えるレベルの狂言をしようとすれば、確実に刃物による傷が体に残りますし、毒は入手経路を探られると困るので使えなかったんでしょう」
「そうは言っても……」
「飛び降りではなく、足を滑らせたような形で落ちたので、大事には至りませんでした。私は駆けつけた人達に現行犯で拘束されたので、怪我の詳細は確認できませんでしたが、足を捻ったか、骨にヒビが入った程度だと思います」
「妹さんは家督を狙っているの?」
ジェンマ国で生まれ育った、エスメラルダならではの発想だ。
「……いいえ。ネヴィアは父の隠し子ですが、父は婿養子です。父の生家はヴィヴィアンの係累ではないので、私以外に継承権があるのは、従兄弟達です」
「なら、従兄弟と妹さんが手を組んだのかしら?」
「違うと思います。私はその……後継者として落ちこぼれ扱いされていたので、彼等がネヴィアと協力する必要はありません」
劣等生でありながらアナスタシアが次期当主と目されていたのは、ひとえに婚約者の存在があったからだ。
それも最近では怪しくなっていたので、リスクを背負って彼女を嵌めるのは割に合わない。
「確かギャラン帝国は実力主義だったね。下級貴族は家族間の話し合いで後継者を決めるが、皇族は選帝侯によって次期皇帝が決まる。公爵家にも選帝侯のような役割を持つ者が居るんだね」
サフィルスが、手を顎に添えながらつぶやいた。
「はい……。高位貴族の場合は選定者と呼ばれます。選帝侯や選定者の正体は、秘匿されています。彼らの正体は、皇帝や当主だけが知っている状態です」
自分が後継者失格であると通達された訳ではないが、言葉にされなくても伝わるものがある。
ヴィヴィアン公爵家は紛れもなくアナスタシアの実家だが、決して居心地の良い場所ではない。
常に審査されているような息苦しさを感じ、彼女が失態を犯す度に扱いが悪くなっていった。
「我が家の場合、父は当主代理なので知らないでしょう。亡き母だけが把握していたはずです」
「それでは、選定者を騙る者が出てくるんじゃなくて?」
「選定者の証があるようです。当主就任の際に、その証を持って皇帝に謁見する習わしです」
「継承の手続き後に、その証をこっそり持ち主に返す訳か。選定者が一族の人間なら、秘密裏に受け渡すのは簡単そうだな」
「一見複雑だけど、その気になれば悪さできそうね」
おっとダイアナお嬢様の影響で、エスメラルダも素で悪巧みするようになってしまったようだ。
従姉妹の発言に、サフィルスが苦笑いする。しかしダイアナのことが気がかりなのか、その顔にはいつもはない影がある。
「まあ、我が国の爵位継承も、その気になれば悪用できるからね。完璧な制度なんてない、どこも同じさ」
「……あの子が手を組んだのは、私の婚約者です。私ひとりでは後継者として力不足ですが、ロト殿下──第四王子が婿入りすることでそれを補っていたんです」
アナスタシアの言葉に、一同は首を捻った。
「でも王子の婚約者を妹にすげ替えたら、二人とも公爵家とは無関係になる。それこそ君の従兄弟が後を継いで終わりだろう」
「ロト殿下は我が家へ婿入りしたくなかったんです。彼の目的はヴィヴィアン公爵家の後ろ盾を得て、次期皇帝争いに参戦することです」
ドゥ皇帝はまだまだ現役だが、ギャラン帝国はまだ皇太子が決まっていない。
皇位継承権を持つ王子達は九人。
ドゥ皇帝は男色家だが、責務と割り切れば女性もイケるんだな。
それにしても野球チーム作れるじゃん。侍ギャラン。
十四人の王子を、最後の一人になるまで戦わせている国もあるらしいが、ギャランはそこまでじゃない。有力な候補は三名程度で、それ以外は彼等の傘下に入るか中立を保つかしている。
「単に婚約を解消しただけでは、後ろ盾は得られません。それどころか公爵家を軽んじたと、ヴィヴィアン公爵家は他の王子の陣営へつくでしょう」
「今、君の家はどの王子の陣営についているのかな?」
「中立です。第四王子を迎え入れる予定だったので、特定の王子につけば後宮内での妃の権力争いに影響を与えてしまいます」
「第四王子の御生母が、他の王子の母君の下につくことになってしまうのね」
「ペリノア妃はあまり力のある方ではありません。だからこそ皇位継承戦から、いち早く距離を置こうと、幼い頃にロト殿下と私を婚約させたのです」
「親の苦労子知らず。ウチと同じだな」
アレキサンダーを思い出して、サフィルスは溜息を吐いた。
母親の気遣いを無碍にする王子は、何処の国にも居るらしい。
「この先は推測ですが、殿下は私を犯罪者にすることで婚約破棄の理由を作ろうとしたのでしょう。犯罪の捏造はリスクがありますが、今回は被害者も目撃者も全員グルです。しかもこの方法なら公爵家の監督責任も問えるので、他の王子の陣営につくのを牽制できます」
皇帝が認めた婚約を王子が独断で解消することはできないが、相手が犯罪者となれば別だ。皇帝不在の隙を突いてスピード裁判で有罪にした後は、帰国した皇帝に婚約破棄を申請すれば受理せざるを得ない。
「公爵家に首輪を付けた後は、次代に血を繋ぐだけの存在として、私をお飾りの当主に──」
腐っても公爵令嬢なアナスタシアだ。
殺人ではなく殺人未遂、被害者は軽症となれば確実に執行猶予になる。
「王子に婚約破棄され、犯罪歴のある私が結婚相手を見つけることは困難です。殿下は温情として側近のエクター様を私にあてがうつもりだったと思います。彼の実家は裕福ですが爵位がありません。ヴィヴィアン公爵家を取引材料にすれば、彼の実家は喜んで殿下の資金源になり、彼自身は殿下の手足となり公爵家を動かす事を誓うでしょう」
エクターは、ギャラン帝国有数の資産家の次男だ。
第四王子には四人の側近がいる。
その中で婚約者を持たず、ヴィヴィアン公爵家に婿入りすることでWinーWinになるのはエクターだけだ。
「君に冤罪を被せたとしよう。公爵家が君を切り捨てて、早々に従兄弟に跡を継がせる可能性はないのか?」
「……お恥ずかしい話ですが、ヴィヴィアン公爵家は歴史こそ古いものの。その、……先立つものといいますか、ええと……」
「お金がないのね」
ズバッと切り込んだエスメラルダ。
数ヶ月前の彼女だったら、アナスタシアを気遣ってお互いに遠回しな言葉合戦を繰り広げただろう。
「うっ、まあ、……はい。ギリギリマイナスになっていないレベルです」
生活に困ることはないが、何かあれば簡単に没落する微妙なラインだ。アナスタシア有責の婚約破棄の慰謝料は、その『何か』にあたる。慰謝料の免除と引換にされれば、一族はエクターの婿入りを認めるだろう。
面白い! 続きが気になる! などお気に召しましたら、ブックマーク又は☆をタップお願いします。