目覚めたらヒロインだった件
「かわいい〜。これぞ女の子って感じ!」
鏡に映る自分の顔にうっとりし、一歩下がって全身を映してはしゃぐ。かなりの時間、一人ファッションショーしていたようで、ベッドの上には脱いだ服が散乱していた。
アナスタシア・ヴィヴィアンは、夢見心地でダイアナ・アダマスとしての日々を過ごしていた。
「きっと現実の私は正気を失ってしまったか、死んでしまったのね。今際の記憶がないけど、どうせ碌でもない最後なんだから、覚えてない方が幸せね」
テンション爆上げで鏡の前でポーズを取りながら、サラッと物騒な呟きをした。
「ここが妄想の世界だとしても、天国だとしても構わないわ。仮初だとしても、こんなに幸せなんだもの。今までの人生良いことなんかひとつも無かったんですもの、最後のご褒美くらい楽しまなきゃ!」
気が付いたらアナスタシアはダイアナと呼ばれる少女になっていた。
ダイアナはアナスタシアの思い描く理想の女の子だ。
「生まれ変わったらこうなりたい」を詰め込んだ、属性モリモリのメアリー・スー。
まず容姿は恋愛小説のヒロインの鉄板『地味で平凡な女の子。平凡とか言いつつ、普通に美少女』そのもの。
(なんなら作中屈指の美少女と、まつ毛の本数と髪型くらいしか変わらない外見だわ)
アナスタシア、違う。それキャラの描き分けできてないだけだ。
「うふふ。コンプレックスだった以前の容姿とは真逆ね」
アナスタシアはツヤツヤの髪に触れ、滑るような手触りにうっとりした。するんと流れるような、真っ直ぐな髪だ。
(湿度どころか、ちょっと汗をかくだけでコントロール不能になる癖毛じゃない……!)
服選びに毎回頭を悩ませていた、主張の強い赤髪でもない。
今はどんな色の服でも似合うキラキラした白金の髪なので、似合うかどうかじゃなくて、好きかどうかで服を選ぶことができる。ドレッサーの中には、様々な色の服が入っていて、今日は何を着ようか毎朝ワクワクしている。
(この顔なら、可愛い小物を買っても『プレゼントですか?』って言われたりしないっ!)
今の自分は年相応の外見。ノーメイクでも可愛いし、メイクすればもっと可愛くなる顔立ちだ。
「またこんな服を着れるとは思わなかった!」
鏡に映るのは、自分好みの服が似合う華奢な少女。
パステルカラーで、フリルやレースをふんだんに使用したドレスがよく似合う。
アナスタシアは成長期を迎えるのが早く、十歳を越えたあたりで大人並みの体型になった。大人っぽい顔立ちをしていたこともあり、早々に可愛いドレスからの卒業を余儀なくされた。
世の中には「似合うかどうかは関係ない。着たいものを着る」と自分の好きを貫く人種も居るが、彼女はそうでは無かった。
公爵家の娘として生まれ、幼い頃から可愛がられるよりも、次期当主に相応しいか値踏みするように扱われてきた。
彼女は習い性で、どうしても他人の視線が気になってしまう。
家といえば、今の身分は泡沫の夢に相応しいフワフワ設定だ。
「男爵家の令嬢が、王子様に見初められて王妃になるなんて絵本みたい。随分幼稚な設定だけど、無意識の願望だったのかしら……?」
公爵令嬢であったアナスタシアは王子と婚約していたが、彼は素敵な王子様とは言い難かったし、王太子でもなかった。
「普通なら周囲の令嬢から嫌がらせされたり、他の貴族からの反対にあいそうなのに……」
アナスタシアだった頃は、ことある毎に悪くとられたり、言いがかりをつけられていた。
「この世界はみんな優しい」
ダイアナは高位貴族の養子になる事もなく、実家で悠々と暮らす事を許されている。
息子を誑かしたと嫁いびりされても仕方ないのに、姑は自分を気にかけてくれている。今も「調子が悪いなら」と、城での教育は一時休止状態だ。
「……家族にも恵まれている」
幼い頃に母が亡くなっているのは、以前の自分と同じだが、今の父は亡き母一筋で再婚はしていない。
地位はあってもお金のなかった以前とは違い、地位が低くお金があるので自由気儘な生活だ。
養女になった妹が居るのは前と同じだけど、メイジーという名の少女は婚約の為に養女になっただけで、アナスタシアの妹──ネヴィアのように実は父の隠し子だったなんて事実はない。
メイジーは姉である自分を慕ってくれている。
アナスタシアを陥れ、彼女の物を奪い、蔑んでくるネヴィアとは大違いだ。
──黙って聞いていたけど、ツッコミどころが多過ぎる。
ダイアナお嬢様は嫌がらせされないんじゃない。
絡んできた者を毎回ワンパンで叩き潰した結果、もう歯向かってくる気概のある御令嬢が残っていないんだ。
他の貴族からの反対が無いのは、裏でサフィルスが根回ししていることと、何人も返り討ちにした事で、ダイアナお嬢様のヤバさが徐々に広まってきているからだ。
嫁姑問題にしても「マイカをフルボッコにしたい」と漏らしたアリアネルに、ダイアナが色々入れ知恵した為に、姑は嫁を「恐ろしい子!」と認識しているんだ。
それにクレイは別に愛妻家じゃない。彼が再婚しないのは、女よりも金儲けの方が好きなだけだ。
完全に枯れている訳ではないが、彼は自分のエネルギーや時間を女ではなく仕事に注ぎ込んでいる。仕事の方が達成感があるし、金も増えるので、そちらに喜びを見出しているんだ。
「幼い娘の為に母親が必要だ」とか言って後妻を迎える男もいるようだが、ダイアナの為に新しい母親を探す程クレイは子供に関心が無かっただけだ。
金に不自由せず、使用人も多いので、子供の成育環境としては問題ないとクレイは考えていた。その結果、ラリマー夫人の専横を許してしまったので、彼なりに反省したようだが、覚醒後のダイアナがしっかりしているので結局は放置継続している。
最後にメイジーのダイアナへの態度は、元々侍女として彼女に仕えていたので、心理的に対等じゃないからだ。
それに彼女は重度のダイアナ中毒者でもあるので、基本お嬢様に対しては全肯定だ。
あとさぁ、アナスタシアの境遇ってアレだろ。
Web小説で流行りの姉妹格差じゃん。
表向きは再婚によって家族になった義理の妹だが、実は父親が他所で作った血の繋がった妹というのも、この手の話にはよくある設定だ。
どうせその妹、アナスタシアの私物だけじゃなく婚約者も奪ったんだろ。
殺人未遂云々も、その辺のいざこざが原因っぽいな。
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