私の幸せな結婚観
場所は戻り、没落貴族スターリング家の簡素なお庭。
(なんなんだこの女!?)
豹変したダイアナにシルバーは押され気味だ。
「私、政略結婚に憧れていたんです!! 素敵な家庭を築きましょう!!」
シルバーの婚約者となった少女は、机に手をつくと身を乗り出して宣言した。
時代の流れと逆行した価値観だ。
嬉しそうに言い切るが、今のジェンマ国でそれは滝を下から登ろうとしているのと等しい。きっと成し遂げたら竜になれる。
「幸せな結婚生活を送れるよう、お互い頑張りましょうね!」
「いや、それは……」
(俺の話を聞いて……なかったな)
本人から申告されたばかりだ。
シルバーはもう一度、言い直そうとしたが、ニッコニコのダイアナに遮られた。
「だって、侯爵家はアダマス家の金で生かされてる状態でしょう? 私達が努力を欠いたら、シルバー様一人じゃなくてご家族、使用人全て路頭に迷うじゃないですか!」
「え?」
無邪気な笑顔で札束ビンタされた。
「恋愛婚って正直微妙だと思うんです。だって、気持ち一つで繋がった関係なんて、その気持ちが無くなればあっという間に崩れてしまうでしょう? 目に見えない、しかも時間と共に変化するものを永遠と思い込むなんて、危険だと思うんです」
「……その気持ちが大事なんじゃないのか?」
「シルバー様ってロマンチストなんですね! 結婚した時点で、男の狩猟本能は満たされるんです。獲物を手に入れた興奮が、時間経過で落ち着けば『女として見れなくなった』とか言って他所に目移りします!」
「そんな事は……」
「女だって子供産んだら、家と子供最優先になって、恋は盲目状態であれば気付かなかった夫の欠点に苛つくようになります! 最後は金づるとしか思わなくなりますよ! 夫の不摂生を咎めない妻の内心は『コイツ早く死なないかな』です!」
(マジで?)
すごい暴論だ。
偏見に満ち溢れているが、曇りなき眼で断言してくるので、シルバーはちょっとグラついた。
(え? スフィアもそんな感じになるの?)
「その点、政略結婚であれば安心です。なにせ事前に条件を明示して契約を結んでいるんですから、違反者は契約違反で破滅するじゃないですか」
「そ、そうなのか?」
「はい! 姻戚関係になるメリットよりも、関係破綻時のデメリットの方が大きいのが政略結婚です。違約金は勿論、共同で事業なんてしていた暁には丸裸にされる可能性があります! 自分どころか、肉親や大勢を巻き込んで人生棒に振りたい人間が居るとは思えません!」
ダイアナよ。残念だがここにいる。
契約を読み込まず、条件を把握しない状態で一方的な宣言をかました愚か者が君の婚約者だ。
「……へ、へえ。それは大変だ」
今更だがとんでもないことをしたとシルバーはビビった。
「お互い自分以外の人生も賭けて、結婚するんですから、その関係は『恋慕』なんて薄っぺらなものよりもよっぽど強固でしょう? 良い関係を維持するため、日頃から努力が求められるし、円満な家庭になると思うんです」
自らの恋心を薄っぺらい扱いされ、シルバーはムッとした。
「君の意見には少し賛同しかねるな。俺は恋心とは損得関係なしに自然と湧いた尊いものだと思う」
「確かに。損得抜きの関係は、最も純粋なものかもしれませんね」
「そうだろう。俺はその純粋な気持ちを大切にしたいんだ」
婚約者になったばかりで、初回は殆ど会話がなかった。
シルバーがダイアナの考えに触れるのは今日が初めてだ。
随分穿った考えの持ち主だが、他人の意見を否定したり、話が通じないわけではないらしい。
「それなら、私達は大丈夫ですねっ! だって私と婚約したという事は、シルバー様は現在、誰にも恋心を抱いていないって事ですもんね!」
「なんだって!?」
「だって純粋な気持ちを大切にしたいのに、身売りするような真似をするなんて……。誰よりもその尊ぶべき想いを冒涜しているじゃないですか!」
札束で往復ビンタどころか、両手に持ってタコ殴りにしてくるダイアナ。
「ふ、不本意だが家のために身を犠牲にしたとは考えられないのか? 君だって言ってただろう。これは俺一人の問題じゃないんだ」
もう止めておけ。ここにセコンドが居たらタオル投げ込んでるぞ。
「もしシルバー様に好きな人がいて、その恋心を貫きたいなら婚約前に除籍すれば済む話ですよね」
「この家を継げるのは俺だけだ」
「いえいえ。政略結婚に同意する年頃の男性を、分家から見繕って養子にすれば万事解決です」
「俺が後継者から外れるということか。それなら籍を抜く必要はないんじゃないか?」
彼の言葉に、婚約者である少女は困ったように微笑んだ。
聞き分けのない子供を、どう説得するか迷っているかのような態度だ。
「本家の人間が家に残るのに、分家の養子が後を継ぐなんて……シルバー様が家に残った状況だとややこしくなるじゃないですか。外聞も悪いし、使用人も混乱します」
いくら当主といえど、正当な血統の持ち主を蔑ろにすることはできない。権力が二分してしまう。
「同居しなければ済む話では?」
「責務を放棄した愚か者を養うんですか? シルバー様に突出した能力でもない限り、得られるものは醜聞だけです。自由を貫く代償として、身分も自由にしてさしあげるのが道理でしょう」
辛辣ぅ!
「君の言う突出した能力とはなんだ?」
「国に貢献したり、歴史に名を残すレベルの功績をあげられるかですね。まあ、そんな才能があればスターリング家がここまで困窮することはなかったので、『かもしか』の話です」
遠回しに無才宣言された。シルバーは一般的な後継者教育をこなして、学校の成績も上位なのだが、それだけではなんの価値もないらしい。
ダイアナお嬢様。大人しそうな顔してめっちゃ殴ってくるじゃん。しかも一撃一撃が抉るように重い。
「侯爵家を再建したいなら、私の婚約者はシルバー様じゃなくても良いんです。アダマス家は侯爵家の看板目当てなのでシルバー様にこだわりはありません」
「…………」
「私はしっかりとした契約に基づいて、素敵な旦那様と仲良く暮らしたいのです。婚約者は友好的な関係が築ける方であれば嫡子でも養子でも大丈夫です。ほら、シルバー様が身を犠牲にする必要あります?」
正面切って「お前の代わりはいくらでもいる」「酔ってんじゃねぇよ」と言われて、彼のライフはもうゼロだ。
歯に衣着せぬどころか、聞きたくもない本音ラッシュにシルバーは完全KOされた。
「ともあれ、もう契約は結ばれてしまったんです。もし貫きたい恋心とやらが芽生えてしまったら、早急に申告してくださいね! 時間経過と共に、侯爵家へのペナルティーが重くなりますからっ!!」
勝敗がついて、リングを降りようとしたシルバーに追い討ちドロップキックが決まった。
哀れ。自分が求められていると勘違いした、イキリ男は場外へ吹っ飛ばされた。
可愛らしく微笑むダイアナだが、言ってる内容はかなりエゲツない。
履行されている時点で、もうペナルティーは免れないらしい。
「……ああ、気をつけるよ」
冒頭とは逆転して、今はダイアナが意気揚々としていて、シルバーの顔は真っ青だ。
世間の厳しい意見に晒されたことの無かった御坊ちゃまは、プライドをズタズタにされて死にそうな顔をしている。
顔も背中も汗でびっしょり。辛うじて意識を保っている状態だ。
「まあ、大変! シルバー様顔色が悪いわ! もしかして体調不良ですか!?」
慌てて使用人を呼ぶベルを鳴らすダイアナ。
試合終了のゴングのように鳴り響くその音に、シルバーは安堵した。
早くお家帰りたい。あ、ここが家だった。
面白い! 続きが気になる! などお気に召しましたら、ブックマーク又は☆をタップお願いします。