天敵
新しくできた妹に、女社会で生き抜くコツを伝授するダイアナ。
生き抜くと言うか、喧嘩売ってきた相手を叩き潰す感じだな。
キャットファイトなんて可愛らしいものではない。圧倒的な力をもって、雑魚をワンパンするラスボスだ。無駄無駄無駄無駄ァーーーッ!
*
溌剌とした婚約者の姿を、少し離れた場所からサフィルスが微笑ましげに眺めていると、エスメラルダが近寄ってきた。
「サフィルス様、楽しそうですね」
「楽しいよ」
「……何故ダイアナに『政略結婚だ』なんて言ったのですか?」
男爵令嬢が王太子と結ばれる。
正直に言って、政略結婚とは真逆のシンデレラストーリーだ。
世間もそう認識している。
「お二人を政略結婚だと思っているのは、ダイアナと一部の貴族だけです」
「文句を言ってきそうな連中と、ダイアナさえ政略結婚だと認識していれば良いんだよ。他はどっちでも構わないけど、まあ両想いだと思って祝福してくれた方が都合が良いかな」
うわー。案の定、裏があったか。
プロポーズの言葉でフラグ立ってたけど、早速回収かよ。
内容次第じゃ、ただでは済まさんぞ!
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アリアネルとオニクス三世の時は、恋愛婚に見せかけるために積極的に情報を流した上層部。
今回のダイアナとサフィルスの場合は、逆に情報を規制した。
例の会議室に居た重鎮達に、国王は「ダイアナ・アダマスを一介の貴族に嫁がせると、派閥のバランスが崩壊する。逆に王家に取り込めば、これ以上ない武器になる」と説明した。
偉い人達に、大真面目に取扱危険物扱いされてるダイアナお嬢様。将来は「最終兵器王妃」とか言われてそう。
同席したルベルが「私は国に帰り立太子する。自分の後釜としてダイアナ・アダマスを推薦する」と宣言したことにより、彼等は短時間でまたダイアナお嬢様が何かしたと考えた。
ダイアナお嬢様にモブ扱いされていたあの場の面々だが、ジェンマ国の貴族の七割はその家門のいずれかに属する。
彼等を納得させる事ができたなら、貴族全体の同意を得たと言っても過言では無い。
ダイアナの異常性を目の当たりにした重鎮達は、王家が彼女を利用する事にしたと認識して受け入れた。
だがこれについては、世間には公表できない。
ダイアナお嬢様の破壊力を言葉で説明するのは難しい。実際に体験しない限り、その威力は頭で理解できる類いの物ではないからだ。
サフィルスの提案により、上層部は敢えて婚約に至った経緯を伏せ、結果だけを公表する事にした。
ファリダット侯爵のように何か裏があると考えているのは、一部の思慮深い者や二人の婚約に不服のある者だけだ。
国民の大多数は「二代続いて恋愛結婚。しかも今度は身分差を乗り越えた恋愛小説のような展開」と認識している。
ちなみに残りの三割は辺境伯やオブシディアン家のように、城での役職を持たずに独自の地位を築いている家。もしくはアダマス家のように弱小過ぎて、何処にも入れてもらえない家だ。
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「成婚率の低下については、ダイアナが母と結託して色々企んでいるから、近い内にどうにかなるだろうね」
政略結婚のモデルケースとして、王太子夫婦が上手くいっている姿を見せつけるだけでは弱いし、効果が出るまで時間がかかる。
今この時も、婚期を逃そうとしている人々がいるのだ。
「積極的な介入が必要です!」と、ダイアナはアリアネルにプレゼンし、今は二人で婚活サロンの開設準備をしている。
本気でサロンの定義が分からなくなってきたぞ……。何でもありじゃん。
「新しいサロンですね。わたくしは音楽サロンで手一杯なので関与していませんが、サービス開始時には利用するよう誘われています」
「君はてっきり、読書サロンを引き継ぐものだと思っていたよ」
各サロンの代表取締役は読書サロンがメイジー、音楽サロンがエスメラルダだ。
「取締役になれば、人事に口出しできますもの」
「もしかして、愚弟の過去の相手が狙いかな……? 正直に言って、そこまで恨んでいたとは思わなかった」
ルミを初めとしてアレキサンダーの過去の不貞相手達は、体を動かすのが好きな人種が多く、その殆どが音楽サロンに就職希望していた。
「別に恨んではいません。羽虫に一々憎しみを抱く人間なんていないでしょう? ただ、目障りなので視界に入らないでもらいたいだけです」
虫も殺さぬ笑顔で毒を吐くエスメラルダ。
着実にダイアナお嬢様の影響を受けているな。
今ならブート・ジョロキアくらいのスコヴィル値がありそうだ。
「コランダムに支部を作る計画を進めています。ルミ・ジャシンス達を現地スタッフに任命するつもりです」
バイタリティの高い彼女達が、コランダム人に嫁入りするとは考え難い。
結婚したければ、現地在住の外国人という希少物件を奪い合うことになる。敗者はもれなく嫁き遅れコースだ。
時間差があるが、読書サロンでも同様の事が起きるだろう。
シルバーの元カノであるスフィアが提携希望している読書サロンの取締役は、シルバーと結婚予定のメイジーだ。
たとえ婚期を逃すと分かっていても、彼女達に選択肢などない。辞令が出れば「はい、よろこんで!!」と答える筈だ。
「婚活サロンの利用者になるという事は、アレキサンダーとの婚約は解消かな?」
「それなのですが……」
サフィルスとダイアナが結婚すると聞いて、エスメラルダは閃いた。
「アレキサンダー殿下と結婚すれば、わたくしはダイアナの義妹になれるのです」
今もダイアナに世話を焼かれているメイジーを見て、エスメラルダは羨ましく思っている。
本気の謝罪を受けたことで、エスメラルダのアレキサンダーに対する感情はマイナスからゼロになった。彼と結婚すればダイアナと姉妹になれると思ったらプラスだ。
完全にオマケが目的の食玩状態。アレキサンダーなんて別に要らないけど、お義姉様は欲しい!
「でもこんな事で伴侶を決めてしまって良いのか迷うところなので、キープすることにしました。適齢期のうちに結婚したいと思える方と出会えれば婚約解消しますが、もし他に候補が居なければアレキサンダー殿下でもありかと。……わたくしズルいかしら?」
真面目で損をしていた従姉妹の強かに成長した姿に、サフィルスは満足そうに微笑んだ。
「いいや。アイツだって、君を十年キープしたようなものだ」
期限が延びたので、ドゥ皇帝にはアレキサンダーの出荷取り止めを伝えた。
彼は「残念だけど良いよぉ」と、ニチャアとした笑顔で了承してくれた。
ドゥ皇帝がドSなのは寝室の中だけで、大きな国を治めるだけあり基本は穏やかで寛容なのだ。見た目がアレなだけで、良い人なんだよ本当に。
「──それよりも、サフィルス様の話です! どうしてあの様な言葉を!? 素直に気持ちを伝えたら良かったではありませんか!」
……そういうことか。なら見逃してやろう。
「ダイアナは新しい婚約者を探していたので、どんなプロポーズの言葉でも了承したと思いますよ。あんな嘘を吐いて、この先辛くなるのはサフィルス様ですよ」
「……僕の気が楽になるだけだからね。僕の気持ちは、ダイアナには負担になる。どちらにせよ自己満足で終わるなら、彼女が気兼ねしないで済む方を選ぶよ」
エスメラルダはプライベートでダイアナと行動を伴にすることが多かったので、彼女につけた影から、サフィルスはダイアナの言動も報告されていた。……アウトと言いたいが副産物か、まあ見逃してやろう。
「ダイアナが求めているのは、どんな時でも揺らぐことのない絶対的な味方だ。でも愛情による結びつきを、彼女は不安定な物だと考えている」
だからサフィルスは国を背負って立つ同志としてスカウトした。
「ダイアナにはこれからも、今まで通り屈託なく過ごして欲しい」
メイジーを連れ、スイスイと人混みを泳ぐように移動するダイアナ。
相変わらず存在感が薄いが、その毒性を知る貴族は彼女が近くにいることに気付くとビクッと距離を取る。
「僕達は世界一幸せな政略結婚夫婦になる。──それで良いんだよ」
サフィルスは笑顔で断言した。
オーストラリアウンバチクラゲ(キロネックス)の天敵ウミガメは、個体数が少ないだけで、絶滅したわけではないのだ。
END
最後までお付き合い頂きありがとうございました。
十万文字くらいの中編を、とにかく楽しんで自由に書いてみようと試みた作品でした。
執筆中の自分と同じくらい、楽しんでお読みいただけたなら幸いです。
お返事できなかったにも関わらず温かい感想をくださった方、レビューを書いてくださった方、評価やブクマで応援してくださった方、本当にありがとうございました。
毎日更新を続けられたのは、皆様に読み支えていただいたからです。
ダイアナお嬢様の婚活物語はこれにて完結とさせていただきますが、まだ婚約段階なので調子に乗って、こっそり続編を開始するかもしれません。
もし表記が連載中に戻っていたら「ああコイツ、マジで調子に乗りやがったな」と笑ってやってください。




