またつまらぬものを斬ってしまった
「サフィルス様を解放してください!」
王太子の婚約者として初めて出席する夜会で、ダイアナは少女軍団の襲撃を受けた。
先程の台詞はその先頭に立つ少女──オリビエ・ファリダット侯爵令嬢が発したものである。
胸の前で手を組み、ウルウルと瞳を潤ませる小柄なオリビエ。
小動物を思わせる幼気な雰囲気を纏いつつ、その胸部は大変ご立派。本人も自分の武器をわかっているようで、隠すのではなく強調するようなドレスを着ている。
中々露骨なアピールなのだが、全体的に庇護欲を掻き立てる雰囲気を纏っているので、スフィアのようなお色気要員にはならない。うーむ、恋愛強者の匂いがする。
「貴女が卑怯な手を使って、サフィルス様と婚約したことは知っています! スターリング侯爵子息をその足掛かりにしたことも!」
オリビエが発言する度に、背後の少女達は後方彼氏面で頷いたり、ダイアナを睨みつけてくる。
「……ファリダット侯爵令嬢は、殿下の幼馴染でしたね」
彼女もエスメラルダ同様、サフィルスを様呼びだ。
エスメラルダの場合は親戚だから、オリビエの場合は彼と親しい仲だとアピールしたいのだろう。
「そうです。私は幼い頃から、ずっとサフィルス様をお慕いしてきました! それだけじゃありません。私は侯爵家の娘です。この国を背負って立つ一貴族として、貴女のような方が汚い手段で王妃になろうとするのを見過ごすことはできません!」
「ファリダット侯爵令嬢の目的は、ご自身がサフィルス殿下の婚約者になれなかった悔しさを私にぶつけて鬱憤を晴らすことですか? それとも、私に婚約を辞退させてご自分が成り代りたいのですか?」
「なんて言い草なの!?」
「下品な物言いね!」
「これだから育ちの悪い人間は……!」
明け透けなダイアナの問い掛けに、オリビエの取り巻き達が非難の声を上げる。
「大事なことなので、誤解のないよう敢えて率直な表現をしています。曖昧な表現でお互いの認識が食い違ってしまえば、いくら話しても結論が出ませんので」
「鬱憤なんて……わ、私はそんな卑しい真似致しません!」
「では婚約者の交代がご希望ですね。しかし、貴女はジョン・フローライト公爵子息と婚約しているのでは?」
サフィルスと幼馴染なのはオリビエだけではない、ジョンもだ。
オリビエとジョンは相思相愛だと、他でもないサフィルスからダイアナは聞かされていた。
「幼い頃にサフィルス様が、国の為にルベル王女と婚約を結ぶことになり、失意の底にあった私をジョン様が支えてくれたのです。サフィルス様を諦めなければと、私は……」
「お二人は恋仲だと聞き及んでいますが」
「それは! 私も貴族の娘ですから、……ジョン様には感謝しております。彼に救われたのも、彼を好きになれるのではないかと思ったのも本当です。でもやっぱり、私の心を占めるのは、今も昔もサフィルス様だけなのです……!」
「オリビエ様っ!」
泣きそうな表情で、胸の内を打ち明けるオリビエ。取り巻き達は慰めるように気遣っているが、要するに長年尽くしてくれた婚約者を、本命が手に入りそうになったので捨てると言っているのだ。
「分かりました」
「──っそう! それなら──」
「では、全てを賭けて勝負しましょう!!」
「え?」
「お互いの人生全賭けです。全てを得るか、全てを失うか一世一代のギャンブルです!」
「な、何言ってるの!?」
「勝負は今からです。──先ずは余計な保険を取っ払いましょう。本気なら、逃げ道なんて必要ありませんよね?」
決闘開始を宣言したダイアナは、「サフィルス殿下!」と給仕を呼ぶようなノリで王太子を召喚した。
*
「ダイアナ、どうしたんだい?」
「ファリダット侯爵と、ジョン・フローライト公爵子息を連れてきてください。オリビエ様からお二人に伝えたい事があると。あとサフィルス殿下に立会人になって欲しいです」
「──!?」
「また何かするつもりだね。分かったよ」
婚約者とはいえ、王太子をパシリに使うのなんてダイアナお嬢様くらいだ。
ともあれ王太子効果は絶大だ。彼に目的を告げて立ち会いを求めたことで、彼女達は「本気にしてるんじゃないわよバーカ」的な手段で逃げることができなくなった。
「あっ、貴女! 一体何を──!」
「先ほど仰ったオリビエ様の本心を彼等にも伝えるだけです。今なら当事者が揃っているので話が早いです。遅かれ早かれ伝えなければいけないのですから、手っ取り早く済ませてしまいましょう」
「信じられない! こんな場所で!?」
「この人混みですから、大声出さなければ他の人は気付きませんよ。お望みなら、別室に移動しましょう」
「正気なの!?」
「心が決まっているなら、一刻も早くフローライト公爵子息を自由にしてさしあげないと。彼だって新しいお相手を探さなければならないんですから。──ああ、真心尽くしてくれていた相手を一方的に切り捨てるのですから、この場合はオリビエ様有責の婚約破棄になりますね。でも全て覚悟の上で、サフィルス殿下の婚約者になりたいのでしょう?」
露骨な表現だが、その通りだ。
オリビエだけでなく、取り巻き達の顔色も悪くなった。
「もし緊張のあまり気絶したら、私が代わりにオリビエ様の本心をお伝えしますね!」
ダイアナに代弁させたら、どんな言い方で彼等にオリビエの気持ちを伝えるか分からない。
伝家の宝刀・KIZETSUも封じられた。
待ち時間に飲み物で喉を潤しつつ、余裕たっぷりなダイアナ。
対照的に真っ青な少女達。彼女達は今や死刑を待つ罪人状態だ。
*
ダイアナがジュースを飲み終わる頃、二人を連れたサフィルスが戻ってきた。
「オリビエ。殿下に立ち会いを頼むなんて、余程の事なんだろうね」
眉を顰め、訝しげに娘に確認するファリダット侯爵。
(何故態々夜会という場で? 日を改めて、どちらかの家で話すのではダメなのか?)
しかしオリビエがいつも一緒にいる、友人という名の同派閥の娘達に囲まれているのを見て、今でなくては意味がないのだろうと考えを改めた。
(何を話すつもりか見当もつかないが、これは派閥の者に対するアピールを兼ねているな。しかしダイアナ・アダマスも一緒とは……)
ファリダット侯爵は先日の事件の際、登城していなかった。
後日通達でサフィルスの婚約者が変更になったことを知ったのである。つまり彼はダイアナお嬢様の異常性を知らないのだ。
(ぽっと出の男爵令嬢、しかも元平民が、他国の王女を押し退けて王太子の婚約者になる。しかも卒業後に即結婚予定なんて何かあるに違いない)
一体何があったのか調べても、事情を知っていると思われる者達は「国の為だ」「大きな声で言える話じゃない。察してくれ」と言葉を濁すばかり。
結婚間際に婚約解消となったルベル王女は、先日コランダムにて立太子することが発表された。
その際に彼女は「ダイアナ・アダマス男爵令嬢とサフィルス王太子の末永い幸せを願っている。結婚式には是非出席したい」と述べている。
確実に裏があるのだが、上層部が一丸となって隠しているために真相がわからない。
(クレイ・アダマスは富豪だが、彼に頼らなければいけない程、王家は切迫していないはずだ)
仮に王家の懐事情が壊滅的だったとしても、成金男爵に頼るくらいなら、もっとマシな相手がいくらでもいる。
(ダイアナ・アダマスが卒業するまで一年以上かかる。殿下が男爵令嬢を妊娠させたという線も薄い)
高位貴族の娘ならまだしも、最下位の男爵令嬢だ。王太子が手を出したところで、責任をとって結婚するような相手ではない。
*
「俺に言いたい事があると聞いたけど……?」
シルバーや、二人の王子のようなイケメンではないが、ジョンはその人柄の良さが顔に出ている好青年だ。
真っ直ぐな瞳で見つめられて、オリビエは吐きそうになった。
「──オリビエ? どうしたんだ? 体調が悪いのか?」
心配そうな婚約者の顔をまともに見れず、俯くオリビエ。
震える彼女を支えるように、ダイアナはそっと寄り添うと「今なら撤退を認めます」と囁いた。
「……わっ、私! ジョン様に感謝しているんです!」
「え? 急にどうしたんだ?」
「その、……。……わ、私は……私はその、〜〜ッジョン様と婚約できて幸せです!」
「こんな大勢の前で……照れ臭いけど、嬉しいよオリビエ」
二人を祝福するように、ダイアナは拍手した。
「お二人は相思相愛と伺っていましたが、こうして目の当たりにすると心が温かくなりますね! ──サフィルス殿下もそう思いませんか?」
「うん。友人達が仲睦まじくて、嬉しく思うよ」
「お二人の結婚式が楽しみですね!」
「そうだね」
最後にサフィルスの言葉で止めを刺したダイアナ。
もうオリビエは死に体だが、それは彼女の精神だけではない。
忠告するだけのつもりだったのに大事になり、取り巻き達は生きた心地がしなかった。そんな彼女達の目の前で、旗頭であるオリビエが土壇場で保身に走ったのだ。
トップの器の小ささを見せ付けられて、派閥の結束はもうガタガタだ。
*
父と婚約者に支えられて立ち去るオリビエ。
取り巻きの少女達は、誰一人オリビエの後を追うことなく、全く別方向に移動した。
ファリダット侯爵令嬢の派閥は、ダイアナによってあっさり瓦解した。
この後新しいリーダーを選び直すのか、どこかの派閥に入れてもらうのか。どちらを選んだとしても、彼女達が再びダイアナに挑む事はないだろう。
「メイジー。見ていたわね」
「はい!」
「女の争いに男が介入すると碌なことにならないのは、男が自発的に動いた場合よ。装置として使えば、良い抑止力になるわ」
「はい!」
なんちゅうことを教えてんねん、このお姉様は。
シルバー。君の婚約者はペッパーDによって順調にスコヴィル値を上げている。
今は鷹の爪レベルだけど、結婚する頃にはハバネロくらいになってるかもしれないな。
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次回、最終話です。