町でうわさの成金の子
さてさて、ダイアナお嬢様に未練なく捨てられてしまったシルバーだが、彼にはちゃんと罰と救いが待っていた。
その鍵となったのが、メイジーだ。
彼女の父親には、外国人の共同経営者がいた。
親友でもあった二人はダイヤモンド鉱山事業の為に渡航し、現地で病に倒れた。メイジーの父はそのまま亡くなったが、親友の方は生き残り母国で療養。
親友の回復後に事業は成功。彼はメイジーの父への破産申告を差し止めて、鉱山の採掘権の半分を譲渡するため遺された娘を探していた。
ジェンマ、鉱山のある国、親友の母国と三ヶ国跨いだ状態だったので情報伝達が上手く行えず、時間がかかっていたのだ。
男爵家の使用人から、一夜にして大富豪の仲間入りを果たしたメイジー。未婚の女性としては、ジェンマ国でもトップの資産家になった。
メイジー。自伝の話は無かったことにしてくれ。
外国人の親友、ダイヤモンド鉱山……これアカンやつだ。これ以上危ない橋を渡りたくない。
*
城に呼び出されたクレイは、娘を王太子の婚約者にしたいと言われてハワワ状態になった。オラオラ系中年のハワワ顔とか誰得だよ。
(ワシより出世するとか言った事があるけど、まさか数ヶ月でこんなことになるとは思わないじゃん!)
しかもその場に、元婚約者のルベル王女も同席していて、祝福の言葉を述べながら手をパチパチ叩いてきたのだ。王女が拍手するものだから、同席した国の重鎮達も同じ動きをした。おめでとう、おめでとう……
(何これ現実? 訳がわからなくて怖いんだが)
何か言わなければと、クレイはぎこちない笑顔を浮かべて「アリガトウゴザイマス」と言った。何に感謝しているのか、彼もよくわからなかった。
*
クレイと一緒に、お嬢様を迎えにきたメイジーもハワワ状態になった。
侯爵家なら平民のメイジーでもギリギリ同行できるが、王宮は流石に無理だ。いくら金があっても、身分が平民である限り王太子妃の側には居られない。
メイジーはダイアナと離れたくない。
覚醒したダイアナお嬢様と最も長い時間を共有した人物、それがメイジーだ。
過去にダイアナお嬢様を激辛料理に例えた事があるが、その通りである。連日、激辛料理を摂取し続けた彼女は、すっかり中毒状態になってしまった。あの刺激がない毎日なんて耐えられない!
資産家として独立すれば、友人付き合いくらいならできるだろうが、自力で資産運用なんて、とてもじゃ無いがやれる気がしない。
現金ならともかく、採掘権なんて、どう扱えば良いのか分からない。
父の親友を頼ろうにも物理的な距離が遠すぎて、あてにならない。相談しようにもタイムラグが大きすぎて、碌なことにならないのが目に見えている。
雇い主のクレイ・アダマスに相談することも考えたが、大金が絡むと人は変わる。そもそもクレイは善人とは言い難い人物だ。正直どこまで信用して良いか分からず、こっそりダイアナにだけ内情を明かしている状態だ。
よって書類上は資産家だが、完全に持て余していて、彼女は結局メイドを続けている状態だった。
メイジーにそれなりの貴族の身分があれば、ダイアナと離れずに済む。しかし、平民のメイジーが中流以上の貴族になるなんて……あるではないか。そこに金で買える侯爵夫人の座が。
ダイアナの入れ知恵で、メイジーはアダマス家の養女となり、ダイアナの代わりにスターリング侯爵家へ嫁ぐことになった。
ダイアナが「婚約解消は自力で可能」と言ったのは、既に婚約者のすげ替えを思いついていたからだ。
実行しなかったのは、新しい縁談をクレイに用意させる手段を思いつくまでは、早まった行動は避けるべきと考えたからだ。
ダイアナには、結婚相手として失格の烙印を押されたシルバーだが、メイジーは特に気にしていない。
育ちの良いイケメンと結婚できてラッキーくらいにしか思っていないし、悩みの種であった採掘権に関しても父となったクレイが専門家を雇った事で解決した。
何よりダイアナが姉になったのである。
資産家として友人付き合いするより、貴族籍を持つ侍女として王宮について行くより、妹という肩書の方が強い。
侍女は結婚するまでの期間限定になるが、妹なら永遠だ。
彼女にとっては、これ以上ないくらい良い話である。
鉱山の採掘権は、メイジーの個人資産なのでそのまま所持して嫁ぐことになった。
クレイは金儲け大好き人間だが、守銭奴ではない。娘となったメイジーから搾取しようとせず、むしろ最強の弁護士を付けることで、結婚後も彼女の財産は守られることになった。
ダイアナが王太子妃になる事は喜ばしい事だが、それではスターリング家との縁談はアダマス家有責で破談となってしまう。
王家が相手なので違約金を払うまではいかないが、今まで費やした金と時間がパーになる。
クレイとしては、メイジーがアダマス家の娘としてスターリング家に嫁ぎ、当初の目的を果たすだけで充分なのだ。
クレイ・アダマス。特に何もしていないのに、侯爵夫人と王太子妃の父となる。
余談だがダイアナの口利きで最近雇った男達は、いくらクレイが扱き使っても「素直じゃねぇなあ」「娘が王子と結婚するんだもんな。張り切っちまうのもわかるぜ」と、「俺はわかってるからな」感を出して文句も言わず働いている。
クレイに対しツンデレフィルターを発動させた反体制派の面々は、順調に社畜になっていた。
クレイ・アダマス。普段通りに振る舞っているのに、従順な大量の労働力を手に入れる。
一連の出来事で、最も得をしたのはクレイである。
さて、ここまではアダマス家サイドの話である。
お次はスターリング家サイドだ。
*
ソファに座るダイアナと向かい合うのは、スターリング侯爵夫妻とシルバーの三人だ。
全員、顔が土気色だ。
「──とまあ、何故か妙な噂が一部で広まり、スターリング家は市民に悪徳貴族と勘違いされてしまっているんです。私との政略結婚を円満解消して、元平民のメイジーと恋愛結婚することで『噂は所詮、噂』とフォローしている状態です」
「「「……」」」
流石はダイアナお嬢様。噂の出所の癖に、堂々としたものである。
シルバーにとっては、相手が変わっても政略結婚のままなのだが、世間では恋愛婚扱いだ。
「もしメイジーを蔑ろにすることがあれば『やはり噂は本当だったんだ』『女から金を奪って捨てることを繰り返している』と、正義感を暴走させた市民に襲われるでしょう。外出先で滅多刺しにされたり、就寝中に放火されたくなければ夫婦円満を心がけることです」
「「「……」」」
例えが生々し過ぎる。
相変わらず、素で怖い発想をするお嬢様だ。
知らない間に迷惑極まりない噂をばら撒かれ、踏んだり蹴ったりなスターリング家だが、結果としてアダマス家との関係は維持したまま、追加で王家と姻戚関係になる事が決定した。
分かりにくいが、実は得をしている。
スターリング侯爵としては、ダイアナとメイジーのどちらが嫁いで来ようと、アダマス家との関係が維持されるのであれば問題ない。
メイジーは元平民だが、アダマス家そのものが元平民だ。彼からすれば、五十歩百歩である。
メイジーはダイアナの侍女だったので、シルバーとも面識があった。
スフィアと付き合っていた彼からすれば、メイジーも好みのタイプではないのだが、無毒な分ダイアナよりも安心できるので婚約者の変更に否やはない。
シルバーは激辛料理でお腹を下すタイプだった。
ダイアナの手足として、メイジーは読書サロンのオープニングスタッフとして働いていた。
二つのサロンは留学生の交流目的で作られたが、根強いファンを獲得したことにより留学期間終了後も事業として継続することになった。
読書サロンの取締役となったメイジーは、スターリング侯爵夫人にチケットの融通を提案した。
ダイアナにぶっとい釘を刺された後に、メイジーによる飴。すっかり夫人はメイジー派になった。
うむ、完全に彼女達の術中にはまってるな。嫁姑関係は心配しなくても良さそうだ。
最強の弁護士よりも頼りになる、最強のお姉様がメイジーにはついている。
平民の使用人からスキップして高位貴族に嫁ぐ事になったが、きっと彼女は大丈夫だ。
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