僕と契約して○○になってよ
「私は女王になり、我が国における女性の地位向上を目指します」
紅の瞳を煌めかせ、熱く語るルベル。
「どこまでを目標とするかはまだ曖昧ですし、私の代ではそこまで辿り着く事ができないかもしれません。でも、やってみたいのです」
あれから何度かルベルは読書クラブを見学した。
議論を見るだけでも娯楽として充分楽しいのもあるが、何より嘘偽りのない自国民の意見を聞きたかったからだ。
コランダムで家長が絶対的な存在なのは、厳しい自然環境下で家族が生き残る為に強いリーダーが必要だったからだ。
しかし文明の発展と共に、気温こそ高いもののコランダムの生活水準は上昇した。
経済、技術が日々進歩しているのに、国民の価値観だけは何百年と止まったまま。
母国で女性は持論を述べないので、このような機会でなければ彼女達が何を考えているのか知る手段はない。
「家でデカい顔したいなら、妻子を不自由させないだけの甲斐性を見せろ!」
「共働きの癖に『男を立てろ』とかふざけるな!」
「『男産め』とか無茶言うな。性別なんて人間がどうこうできる問題じゃないだろ。文句があるならお前が産め!」
これが今を生きる、コランダム人女性の本音だ。
「先ずは私自身が女性として王位を継承することで、コランダムにおける女性の継承権を認めさせます。その為の手段は貴女が授けてくれました」
弟達を転がした成功体験は、ルベルを最高に「ハイ!」ってやつにしただけでは無かった。
「私が女としてこの世に生を享けたのは、この為なのだと……昔は女に産まれたことを残念に思ったこともありましたが、今は誇らしく思えるようになりました」
いつも求められた役割をこなすだけだったが、これは誰かに求められたわけではなく、彼女が自分の頭で考えてやりたいと思ったことだ。
「私が人生をかけて成し遂げたい夢を見つけることができたのは、貴女が切っ掛けなのです。親愛なる我が導師──」
「……夢が見つかったのは良いことですが、それだとサフィルス殿下との婚約はどうなるんですか?」
「そこです。私にとって彼との婚約は、最優先で対処すべき障害となりました」
ルベルの中に、大人しくジェンマへ嫁ぐという選択肢は残っていない。
サフィルスの事は嫌いではないが、特別な感情があるわけではない。
今の彼女にとって、長年の婚約者は足枷以外の何者でもなくなった。
幸いにもルベルは他国へ嫁ぐための教育は受けていたが、ジェンマ国の核心に触れるような王太子妃教育は受けていない。
指導できるような教師をコランダムに派遣するのはリスクが高いし、王女が教育を受けるために渡航を繰り返すのは現実的ではないからだ。
よって秘匿されるような内容は、婚姻後に習得する予定だった。
「今なら婚約解消可能です。婚姻による関係強化は無くなりますが、私は敬愛する導師となら、それ以上に強い関係が結べると思っています。コランダムにおいて師弟の絆は、時として親子のそれに勝るのです」
まるでダイアナが、ジェンマ国の代表であるかのような表現だ。
引っかかる物言いをされて、ダイアナがその真意を問おうとした時、最後の来客が現れた。
「遅くなってごめん。どこまで話したのかな?」
「王太子殿下……」
彼が戻ったということは、事態は収束したのだろう。
現場の後始末を部下に任せ、帰還したサフィルス。彼が最後のゲストだったらしい。
「立てこもり犯達は素直に投降したよ。今は取り調べ中だ。人質も全員無事」
エスメラルダから伝言を聞いた男達は、ダイアナの献身を無駄にしてはいけないと一切抵抗しなかった。
彼らにとってダイアナお嬢様は、反体制派の象徴になったのである。
その女神様、君達のことを『連中』呼びして『飼い殺しにする』って宣言してたよ。
「良かったです。エスメラルダ様は?」
「改心したアレキサンダーに謝罪されてるよ」
「それは何よりです」
エスメラルダがアレキサンダーをどう思っているのか確認することの無かったダイアナだが、彼女が彼の心からの謝罪を求めていることは知っていた。
だからお膳立てしたのだ。
ダイアナの去り際の言葉で、アレキサンダーは今までの自分を振り返った。
考えれば考える程、自分は見捨てられて仕方のない人間だと痛感した。
エスメラルダが戻ってくると信じたい気持ちと、そんな訳がないと諦める気持ちが絶えず交互に彼を襲った。
救出されたアレキサンダーは、現実と時の流れの違う異空間で修行した戦士のような状態になっていた。
救出部隊の中にエスメラルダの姿を見た瞬間、彼は彼女を疑ったことを恥じて泣いた。
「お前を疑った俺を殴れ!」とは言わなかったが、危ない目に遭うかもしれないのに(馬車で)走って戻ってきたメロ……エスメラルダに、アレキサンダーは頭を垂れて今までの行いを詫びた。
尚ダイアナの囁きは、アレキサンダーの隣に転がされていたジャスパーにも聞こえていたらしい。
鈍感なアレキサンダーですら衝撃を受けたあの言葉は、感受性の高いジャスパーには猛毒だった。
元々一対一のレスバトルでフルボッコにされた後に、残酷なダイアナの振る舞いを見て、ジャスパーはすっかりダイアナ恐怖症になった。
ダイアナのことを『D』と称し、名前を聞くだけで震え上がるようになってしまった。
取り調べでも「ダイアナを同席させるぞ」と、脅したらペラペラ自白した。
今ならダイアナお嬢様の顔を見るだけで、気絶しそうだな。
*
「導師には、サフィルス王子との婚約解消を希望している所まで話しました」
「じゃあ続きは僕が説明しよう」
すっかり導師呼びが固定になっているが、誰もツッコまない。
「両親が幸せな恋愛婚のモデルケースとなったことで、現在ジェンマ国は結婚に対して偏った考えが横行してしまった」
美談に仕立て上げようと上層部が頑張りすぎて、恋愛感情重視の風潮になってしまった。
その反動で、政略結婚が悪しき習慣と思われるようになり、今は自ら獲物を狩れる恋愛強者しか結婚できない状態だ。
「その結果、恋愛婚への憧れが過剰になり、我が国の貴族の成婚率は年々低下している。由々しき問題だ」
人気物件の倍率が高いのは、今も昔も変わらないのだが、今は「この人と結婚できないなら、無理して結婚しなくていいや」となってしまっている。
親が結婚相手を見繕おうとしても、政略結婚だと周囲に思われたら評判が落ちそうで、中々子供に強く出られない。
それでは困る。
「僕の代でバランスを取りたい。その為には信頼できる共犯者が必要なんだ」
「……」
「僕と契約して、幸せな政略結婚のモデルケースになって欲しい」「はい、よろこんで!!」
我らのダイアナお嬢様は、食い気味で即答した。
サフィルスのプロポーズの言葉は、無知な少女を誑かすインキュベーターみがあるが、まあウチのダイアナお嬢様なら大丈夫だろう。
そもそもお嬢様も似たようなタイプだ。
シルバーと違って方向性が同じ分、同族嫌悪にならず同志として結束できるなら、割れ鍋に綴蓋としての適合率はサフィルスの方が高い。
ダイアナお嬢様、よかったね。
ところでシルバーはどうなるの?
面白い! 続きが気になる! などお気に召しましたら、ブックマーク又は☆をタップお願いします。




