これ完全にやってんな
ダイアナが通されたのは、迎賓エリアにある東屋だった。
テーブルに配置されている茶器は三客。ルベル、ダイアナの他にもう一人ゲストがいるようだが、その姿はまだない。
「この度はお招きいただきありがとうございます。ダイアナ・アダマスと申します」
「ルベルと申します。こうしてお話しするのは初めてですね。今回は急な招待にも関わらず、応じていただきありがとうございます」
男爵令嬢に対し、何故か敬語のルベル王女。この時点でフラグ、ビンビンだ。
彼女は席から離れると、ススッとダイアナの背後に回った。
「私はLです」
端的に名乗ると、またススッと席に戻った。
今の何? 背後に立った意味ある?
此処に居るのは二人と給仕の侍女だけだ。堂々と名乗れば良くないか?
「……もしかして、一度VIPコースで相談されました?」
思い当たる節がありダイアナが問いかけると、ルベルは紅玉のような瞳を細めて破顔した。
「ええ! 覚えていてくださったんですね! 光栄です! 貴女は私に新たな人生を授けてくれました!!」
うわー。やっぱり、ダイアナお嬢様やっちゃってるじゃないですか。
「結婚前に見聞を広める為の留学でしたが、私は貴女に出会い世界が変わりました。導師に出会う前の私は、狭い世界で生きていました。与えられた役目をこなすだけの、面白みのない人生でした──」
妙な自分語りが始まってしまった。
*
ルベルは現国王の長子だが女児なので、幼い頃にサフィルスと婚約した。
夫に従うのが美徳とされているコランダムだが、ルベルは国外へ嫁ぐ事が決まっていたので、コランダム基準ではなく、国際的な教育を受けた。
「夫に付き従うだけでなく、自らも考えて夫と対等に話す事ができるように」という方針だ。
今回、彼女は婚姻前の社会見学のつもりで、留学生達に紛れ込むことを思いついた。
一般人の生徒として留学することで、王族として受ける教育とはまた違った視点で、ジェンマという国を見ることができると考えたからだ。
コランダムの女性はあまり活発ではない。
女生徒としてだと活動が狭まるので、彼女は男装してスレートと名乗った。
身分どころか、性別詐称していたらしい。
受けた教育が違うとはいえ、コランダム女子とは思えないぶっ飛んだ発想だ。
しかもルベルは身長高めの、骨格ナチュラルタイプだったので誰も疑わなかった。それでも不用意に振る舞えばバレてしまうので、スレートとして過ごす間は寡黙キャラを貫いた。
ジャスパーと一緒に潜入したサロンに興味を持ったルベルは、留学生枠を利用して後日VIPコースに人生相談をした。
相談内容は『次期国王として、弟達のどちらを支持するべきか』だ。
彼女には双子の弟がいて、どちらかが次期国王になるのだが其々一長一短で決め手にかけていた。
先ずブラッド。
良識はあるけど、常識のない馬鹿だ。
異国の英雄譚や、騎士物語が大好きな明るい厨二病。
歴史物が好きで騎士に憧れる彼は、軍部に籍を置く肉体派。
憎めない奴なのだが、これが国の頭になると思うと不安しかない。
次にピジョン。
頭は良いけど、率先して人前に出たり、リーダーシップを取るのは大嫌い。
勉強も仕事もできる頭脳派だが、表立って責任ある立場になるのは嫌なタイプだ。彼が憧れるのは戦隊モノのレッドではなく、ブラックもしくはブルー。影の実力者に憧れる厨二病。
どっちも厨二病かよ!
コランダム終わってんな!!
どちらかが先に厨二病を卒業したら、王太子が決まるのだが生憎彼等のソレは不治の病らしい。完治どころか、年々悪化していった。
ブラッドは日用品に英雄達の使用した武器の名前をつけては「王の財宝」とか言い出し、自分の部屋を「宝物庫」と呼ぶようになった。キッツイな。
昔は精々ペットの馬や犬に、英雄譚に出てくる侍従の名前つけて自分を主人公に見立てたごっこ遊びするくらいだった。子供がやると微笑ましいが、ガタイの良い男がペンをエクスカリバーとか、椅子を赤兎馬と呼んでいるのは痛すぎる。
ピジョンは常に真っ黒で体にフィットした自作の衣装を着用し、頻繁に熱中症になっている。
熱砂の国で黒はヤバいだろ。
最初は黒くても涼しい服を開発しようとしていたが、無理だと気付いてからは己を鍛える方に走った。毎日ドライサウナに入って高温耐性を身に付けようとしている。
王宮内でも片目だけ出したマスクとか、仮面とか装着してる。全然影に隠れてない。
頭良い設定じゃなかったのかお前。
*
VIPコースの相談では、個人の特定を避けるため、提示する情報にフェイクを混ぜることが推奨されている。
ルベルの場合は『L』と名乗り、次期国王を次期当主に変更。自身がコランダム人であることを伏せた。
「女だから嫁に出すっていつの価値観よ!」
「絶滅危惧種の化石親父め!」
「あんたが長子なら、男ども蹴散らして自分が当主になりなさい!」
相談者がジェンマ人と勘違いしたVIPな淑女様達は荒れた。
弟達がどうというより、女だからとルベルを嫁に出すことにした父親への非難殺到。それを当然のことと考えていた彼女に対しても「洗脳されている」「目を覚ますべき」と指摘。
過去の『愛旦那』『モラ夫』を超える神回となった。
淑女達は満場一致で「相談者(L)が当主になる」事が最善と結論づけた。
しかし具体的な方法となると行き詰まり、彼女達はD導師を召喚した。
D導師ことダイアナは、Lから弟達の性格を聞き出すと、彼等を転がすことで当主になる方法を伝授した。
あとはお察しである。
かつてのエスメラルダのように、具体的な方法を教えられたルベルは試したくて堪らなくなった。
我慢できず一時帰国し、弟達に接触。
ブラッドに対しては「騎士として姉さんを守って欲しいの」と懇願。
彼の頭には姫を守る騎士の姿が描かれた。
しかもルベルはコランダム初の女王を目指すと言うではないか。これはもうリアル大河ドラマだ。ヒストリカルでレジェンドなストーリーだ。
彼はノリノリでルベルの傘下に入ると同時に、彼女の護衛になった。
ピジョンに対しては「私は表の王として立つ。貴方は私を利用して、影の王として君臨すれば良い」と唆した。
彼の頭には国を裏から動かす、最高にクールな自分の姿が描かれた。
ピジョンは行動はアホだが仕事はできるのだ、政治に関しては彼を補佐官にすれば解決する。
自分が道具として利用されていることに気付くことなく、ピジョンはノリノリで女性でも立太子できるよう根回しを始めた。
立て続けに面白いように事が運び、ルベルの脳内は快楽物質ドバドバ状態になった。
しゅ、しゅごいぃ〜!
これ、いけるんじゃない?
本当に私、女王になれちゃうんじゃない?
此処まで来たら乗るしかないこのビッグウェーブに!!
コランダムの女王に私はなる!!!
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