脳内麻薬畑女
マイカ・オブシディアンが引き起こした、国を巻き込んだ一連の騒動。
オニクス三世は地雷女と縁が切れてラッキーで済んだが、アリアネルとアガットはそうではない。
二人はマイカの最大の被害者だ。
アリアネルにとってマイカは血を分けた妹だが、今でもその名を口にする事すら厭うほど嫌っている。
アガットも同じだ。
アリアネルは長年公爵家の当主になるために研鑽してきたのに、全て諦めて王家へ嫁ぐ為の教育を短期間で叩き込まれることになった。
当主になったら実行しようと書き留めていた数々の計画は、日の目を見る事なく葬られた。
弟に託す事も考えたが、彼には彼の考えがある。公爵家を継ぐのはアガットなのに、その運営に関して姉に遠慮することがあってはいけない。余計な口出しをしてしまわぬよう、公爵家の後継者としての自分と訣別するため、彼女は泣きながらノートを暖炉に焚べた。
アガットも独立して慎ましく生きるつもりだったのに、直前で公爵家当主としての重責を背負わされた。
当主教育も伯爵家と公爵家では、別物と言っても過言でないくらい差がある。
親にもらった土地で気ままに喫茶店経営するつもりで店の工事まで始めていたのに、大企業の社長を押し付けられたようなものだ。
「出世したじゃん、ラッキー!」とはならない。
二人とも極限状態になりながら、与えられた新しい役目をこなした。
*
「あの女はちっとも変わってないみたいねっ! あの性悪の頭に咲いてるのは、芥子の花に違いないわ。麻薬栽培して子供を汚染するなんて、あんのクサレ××××!!」
興奮したアリアネルから、王妃が口にしちゃいけない言葉が出た。
彼女は公爵家のお嬢様だったはずだが、一体どこで覚えたんだそんな言葉。
周囲の人生を狂わせながらコランダムに嫁いだマイカだが、その後の結婚生活は彼女の期待通りにはならなかった。
ベリル家はコランダムの社交界で失墜した。
収入源が天然資源だったことで収益の損失は少なかったが、政治的な発言力は二十年近く経つ今も無いに等しい。
嫁いできたマイカの存在は、ベリル家にとって決して歓迎できる物では無かった。
虐げられることはなかったが、腫れ物扱いされ夫婦共々別館に押し込まれ、社交どころか外に出ることすら許されなかった。
ベリル家の当主の子が女児のみだった為、二人の間に産まれた男児は当主の実子として出生届が提出された。
子供に罪はないと考えたのか、それとも長年後継者となる男児に恵まれず追い詰められた末なのかはわからない。
留学してきたジャスパーに対しジェンマ国が無警戒だったのは、彼がマイカの子供だと認識していなかったからだ。
当主夫妻の嫡子として育てられたジャスパーだが、どこかで自分には本当の親がいる事を知ってしまったのだろう。
建物は違えど同じ敷地内に住んでいるため、彼は生みの親に接触し、悲劇のヒロインに浸るマイカから捻じ曲がった情報を与えられ続けた。
その結果が、今回の事件だ。
「前回はお互いに痛み分けになったけど、今回は完全に此方が被害者! 今度こそ、あのお花畑を焼き払ってやるわ!」
王妃様。自分で報復するのもありですが、より強い効果を求めるなら最適な方法がありますよ。
ダイアナマイトなら焼き払うどころか、あたり一面焼け野原。味方以外、全部木っ端微塵になる事間違いなし。
縁談内容次第では、嬉々として特攻かましますよ! ……おっとこれ以上は、続編のフラグになってしまう。マズいマズい。
「──陛下。私はあの子達の提案を受け入れようと思います」
「それに関しては、僕達の代で微妙になった両国の関係の補強目的だからね。手段は違えど、同じような結果が得られるなら僕は構わないよ」
「今回の件を取引材料にすれば、コランダム政府も受け入れざるを得ないでしょう」
王妃の中では決定事項なのだろう。現時点で他に優先して交渉したい内容も無いので、国王も了承した。
「……でも大丈夫かな。ダイアナ・アダマスはどの派閥にも属していないと聞いたよ。エスメラルダが力になると言っても、女性はそういうのが大事なんじゃないか?」
「女が派閥を作るのは安心感を得る為と、数による有利を得る為です。あの娘はその場にあるものを利用して、自分に有利な状況を作り出します」
会議室での一幕と、影からの報告を思い出して王妃は遠い目をした。
「信じ難い事ですが。精神的にも、政治的にもダイアナ・アダマスは派閥が無くても、全く問題ない人間なのですよ──」
例のサロンが流行った時に、アリアネルは姪を隠れ蓑にしている黒幕がいると予測した。エスメラルダを侮っているわけではなく、内容が型破りすぎて秀才タイプの彼女の発案だとは到底思えなかったのだ。
王妃に影は動かせないが、彼女には女性特有の情報網がある。
まさかこんな風に関わるとは思っていなかったが、王妃はダイアナ・アダマスの為人についてそれなりに調べていた。
「それにダイアナ・アダマスは例のサロンを通じて、既に多くの貴族女性に対して強い影響力を持っています。充分すぎるほどの素質の持ち主です。本人の返答次第ですが、私はあの娘なら問題ないと思います」
「確かに事前準備もなしに、あれだけ立ち回れるのは稀有だね。……よく分からない価値観の持ち主だけど」
王妃同様、遠い目をしたオニクス三世。
彼はダイアナお嬢様を理解することを諦めたらしい。
*
「王太子殿下! 待ってください!」
馬車に乗り込もうとしたサフィルスが振り返ると、エスメラルダとダイアナが小走りで駆けつけるところだった。
「お願いサフィルス様。わたくしも連れて行ってください」
「何が起きるか分からないし、僕としては大事な従姉妹殿には安全な場所で待機して欲しいところなんだけど……相応の理由があるんだね?」
エスメラルダの思慮深さも、ダイアナの聡明さも知っている彼は、頭ごなしに却下しなかった。
「エスメラルダ様が行った方が、安全かつスピーディーに事態が収束します。ついでにエスメラルダ様自身にも、メリットがあります」
「現地で何をするつもりなのか、教えてくれないか?」
「わたくしがするのは『アレキサンダー殿下に姿を見せる事』『反体制派にダイアナからの伝言を伝える事』だけよ」
「ダイアナ嬢は同行しないの?」
「私は姿を見せない方が効果があるんです。心労で倒れたとでも言ってください!」
心労とは無縁そうなダイアナお嬢様に、サフィルスは苦笑した。
「伝言の内容は?」
「『悪いようにはならないから、大人しく投降するように』です!」
「……なるほど。合図するまで前に出ないことを条件に、同行を許可しよう」
*
サフィルスとエスメラルダを乗せた馬車が出発するのを見送ると、ダイアナは自分にあてがわれた客室へ戻った。
「お嬢様、お茶をご用意いたしましょうか?」
「お気遣い不要です。父が迎えに来るまで寝ます」
「え?」
王宮内でも臆することなく寛ぐダイアナお嬢様。することがなくて暇なので、お昼寝することにした。
さすがダイアナお嬢様! 俺達にできないことを平然とやってのける! そこにシビれる! 憧れるゥ!
呆気にとられる侍女を放置して、一人でさっさと着替えたダイアナ。客間なので一応置かれていた寝巻きだが、こんなに早く出番が来るとは誰も予想しなかったに違いない。
ダイアナが化粧落としの在処を聞いた時、扉をノックする音が響いた。
「──アダマス男爵令嬢。ルベル殿下が、お茶会に招待したいとのことです」
ギリギリセーフ。化粧落とす前でよかったな。マジで。
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