手のひらドリル
(タチの悪い冗談だと言ってくれ……!)
オニクス三世は、内心で頭を抱えた。
現実離れし過ぎていて、理解が追いつかない。
(現実は小説より奇なり、とは言うが。本当に有り得るのか……?)
確かに「過激派に拉致されたけど、口八丁で自力で生還した」なんて、Web小説のタイトルみたいだもんな。
彼は賢王だが、優等生タイプ。
秀才に分類される彼にとって、ダイアナお嬢様の破天荒さは理解の範疇を超えていたようだ。
しかし無情にも、姪のエスメラルダが供も連れず単身王宮にやってきた事実が、彼女達の話が嘘ではないと証明している。
(もしくは夢。そうだ、夢だ! 自覚してないだけで、僕はきっと夢を見てるんだ……!)
隣に座るサフィルスと目が合うが、彼は軽く首を振った。
エスメラルダにつけた王家の影は、彼女から離れている。つまり、旧劇場に留まっているのだろう。
こっそり抓るが普通に痛い。
残念。夢オチにはならなかった。
アレキサンダーからエスメラルダの監視を頼まれたサフィルスは、国王とオブシディアン公爵と密談した。
彼女を監視したことが後で発覚すれば、面倒なことになるからだ。
アレキサンダーの要望を拒否すれば、彼は別の手段を考えるだろう。
馬鹿の発想は予測できない。下手に暴走されて収拾不可能な事態になるより、彼の策に乗るフリをすることにした。
公式で行動力のある馬鹿扱いされるアレキサンダー。お前、本当……。
エスメラルダには女性の影をつけ、彼女のプライバシーには配慮するよう指示していた。
今回、アガットが娘に護衛無しでの外出を許可したのは、ベリル家の面子を潰さないためと、彼女に影が一人つけられている事を知っていたからだ。
治安の良い王都観光であれば、それで充分なはずだった。
影はあくまで諜報のエキスパートだ。戦闘に関しては、自身が生還する程度の能力しかない。
情報を持ち帰ることが何より優先すべきことで、大人数相手に大立ち回りすることは最初から想定していないので、影ひとりに人質達の救出は不可能だ。
知らせが入って直ぐに応援を向かわせたので、交代した影は間も無く帰還するだろう。
彼女の報告を確認してから、どう対処するか決定する。
急に状況が悪化しても、複数の影を放ったので人質の保護だけは何とかなるだろう。
(反体制派の市民達は取り逃がすが、背に腹はかえられない。リストを信じて、後日逮捕するしかあるまい)
*
王宮に到着したダイアナは、一般開放されている庭園エリアに侵入した。
真正面から突破しようとしても、下っ端はエスメラルダの顔を知らない。名乗って王族への謁見希望したところで、門前払いされておしまいだからだ。
彼女達は道に迷ったフリをして、堂々と生垣を跨いで王宮の職員食堂へ突撃した。
食堂で食事をするのは主に文官、つまり貴族の男性達だ。
突然現れたエスメラルダに動揺した者は、即ち彼女が何者か知っている人物だ。後は、芋づる式に偉い人に取り次いでもらった。
王宮の深い場所まで連れて行かれた二人は、さほど大きくない会議室のような部屋に通された。
上座に座るのは王族だが、他にも数名の男性が同席している。中年から初老の彼等は一様に厳しく、威厳に満ち溢れていた。本人達に自覚は無いだろうが、圧迫面接のようだ。
(ナントカ大臣とか、ナントカ長官とか、手の空いている重鎮かき集めたのかな?)
肩書きの書かれたネームプレートでも置いてあれば、それなりに緊張したかもしれないが、ダイアナにとっては見知らぬオッサン達だ。
エスメラルダが特例なだけで、アダマス家は高位貴族との繋がりが薄い。
侯爵家ではあるもののスターリング家は落ち目のため、権勢を誇る家との付き合いは途絶えている。
つまりダイアナにとっては、彼等は今後も関係なさそうな人達。つまりモブなので、気にしないことにした。
だからスケールおかしいって。
多分お嬢様の体は剣では出来ていないが、血潮は鉄で心は金剛だ。
(予想外の大物が釣れたな)
コランダムの代表として大使だけではなく、第一王女ルベルも同席した。
彼女は今回の留学に参加していない。次期王妃となれば周囲はそれなりに気を遣うはずなので、身分を偽ってお忍びで留学生に紛れ込んでいたとも考え難い。
どうやら事情があり、秘密裏に入国していたらしい。
入室してからずっと、ルベルはダイアナを見つめていた。
目力が強いので、無視する方が疲れる。ダイアナが見つめ返すと、王女は嬉しそうに目を細めた。何だか知らないが好意を抱かれているらしい。
彼女とは初対面の筈だが、……あのー、ダイアナお嬢様。また何かやっちゃいました?
*
「──オブシディアン公爵令嬢が無事なのは喜ばしいことですが、第二王子が人質になっているのは些か問題ですな」
「面倒なことになった」とでも言いたげに、モブおじさんがぼやいた。きっとすごく偉い人。
「いいえ。醜聞しかなかった第二王子が、婚約者を身を挺して庇ったという美談と、反体制派と対話して平和的解決を達成したという功績を得るのです。問題ではなく、好機と捉えるべきでしょう」
すごく偉い人だろうが、二度と話さないだろうモブおじ相手なので、ダイアナは臆する事なく持論を述べた。
「彼等を武力で制圧すれば市民の反感を買います。犯罪者を取り締まったと頭では理解していても、感情は別です。市民の潜在意識に、現政府への恐怖や不信感が芽生えます」
この場で最も身分が低い少女とは思えない、堂々とした語り口だ。
反論された男性以外も呆気に取られてしまい、身分を無視したダイアナの振る舞いを叱責する者はいない。
「かと言って、易々と交渉に応じては弱い国家と侮られます。王族が自ら交渉し、犯罪に手を染めようとしていた反体制派を改心させたという形にすれば、現行の政治に不満を抱く連中のガス抜きをしつつ、市民に王室の度量の大きさを示すことができるでしょう。王族としては立場の弱い第二王子が独断でやったということで、政府の面子は保たれます」
「いや、しかし──」
「彼等は此処で潰すのではなく、首輪をつけて後続の不穏分子の窓口にすべきです。今回ジャスパーと手を組んだ者達は氷山の一角です。思想だけでなく、行動を起こそうとする者達は、その多くが政府と交渉して生き残った彼等に接触するでしょう。過激な行動に及ばないようコントロールし、そのまま飼い殺しにすれば良いのです」
発想が十代の少女じゃない。
「逆に反体制派に属さず独力でテロリズムを犯した者は、徹底的に叩き潰しましょう。言葉にせずとも、活動のボーダーラインを示すのです」
ダイアナはリストから二枚の紙を抜き出すと、サフィルスに手渡した。
王太子に信頼を寄せている訳ではなく、この場で知っている人物が彼だけだからだ。
「今回はこのリストの、この二枚で手打ちにしましょう。書かれている要望は、現行の司法の管轄です」
「……脅迫罪と詐欺罪か。確かにこれなら、陳情という形にできるね」
どちらもダイアナが原稿の九割を考えた物だが、片方は妹を貴族に弄ばれたと言っていた男性が書いたものだ。
結婚願望つよつよお嬢様のダイアナは、結婚詐欺絶対許さないマンでもあるのだ。
「彼等は容易く煽動される素人の集まりです。第二王子達を傷付けないよう釘を刺してきましたが、長時間耐えられるとは思えません。この先発言される方は、ご自身が費やす一分一秒が王子の生存率を下げるものと覚悟の上でお話しください」
「「「……」」」
そんな言い方されて、国王夫妻の前でグダグダ言える人間はいない。
失うものが大き過ぎて、偉い人ほど自分で責任取りたくないものだ。
「今立てこもっている連中は、アダマス家の工場で引き取ります。牢に入れて養ってやるのではなく、余計な事を考える暇もないくらい働かせます」
政治家達の野次を封殺したダイアナは、真っ直ぐに国王を見つめて提案した。
今こそクレイへの貸しを使う時である。
クレイ・アダマス。本人のあずかり知らないところで、人事権を行使される。
「第二王子の功績についても、口裏を合わせましょう。ジャスパー・ベリルの件についても口外しないと誓います」
「ふむ。そこまで申し出るとは、……望みはなんだ?」
オニクス三世に問いかけられて、ダイアナはニコリと微笑んだ。
身分差のある相手との交渉後も、自分の安全を確保するためには、相手にとって自分を喪うことが損失になると思わせることだ。
今回の件を口外しないというだけでは弱い。物理的に黙らせてしまえば、報酬を払う必要なんてないからだ。
ダイアナが反体制派の信頼を勝ち取ったのは、彼等を自分の保険にするためだ。連中を飼い殺しにできるのは、現状彼女だけである。
「私に良い縁談を用意してくださいッ!!!」
天才の域に達していたダイアナお嬢様のIQから『0』が一個消し飛んだ。
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