さぁ来世に期待
「ぐぅ〜。今回もダメだったぁあ」
スマホ片手に斉橋 奏江は項垂れた。
一日に何度もマッチングアプリを確認したが、新着情報はない。
婚活ツールとしてリリースされているアプリも、最近は「先ずは恋人から」というスタンスの恋活目的が増えた。
しかも既婚者が火遊び目的で、気軽に登録していたりする。
それ普通の出会い系じゃん。
既婚者が未婚のフリして登録するとか、許されざる大罪だ。
見つけ次第、八つ裂きにして、ネット上に『この顔にピンときたら、ソイツは既婚者だ!』と指名手配班のように顔写真と名前を公開してやりたい。
身元を偽って登録とか、それはもう詐欺師だ。詐欺師は犯罪者だ。
犯罪者は法で取り締まるべきだし、できないならネットで公開処刑も止むなしである。
婚活に必死な女性相手に遊びたいなら、自分の結婚生活を賭けるべきだ。
奏江は結婚したくて、出会いを求めている。
その為の効率的かつ合理的な手段がマッチングアプリや結婚相談所なのに、アプリで出会う相手が既婚かどうか探るところから始めるなんて、それはもう普通の恋愛と変わらないではないか。
結婚願望の強い彼女だが、恋愛願望はない。
彼女が求めるのは、結婚した先に続く穏やかで安心できる家庭生活であって、それまでのドキドキやときめき、すれ違いに胸を焦がす云々は全くもって興味がない。
恋愛は自分が体験するのも、フィクションとして触れるのも面白いと思えない。
彼女が唯一楽しめるラブストーリーは、裏切られて復讐する系のざまぁ物だ。
あれは相手がクズであるほどスカッとする。
彼女は元サヤ派ではないので再起不能なレベルに叩きのめすことに躊躇いはない。
いいぞ、もっとやれ! ボロ雑巾にして捨ててやれ!
子供が欲しいわけでもない。
夫と子供と過ごす時間は素敵だと思うし、子供を育て上げる苦労と充足感は何物にも代え難いと思うが、そこまで固執してはいない。
子は鎹と言うが、子が原因で夫婦が疲弊したり家計が圧迫されることは多々ある。
彼女の基準で子育てのメリットとデメリットを比較すれば、トントンどころかややマイナスなので、居たら良いけど、居なくても構わないくらいのもの。
産んでしまえば後戻りできないのだから、デメリットに目がいってしまううちは、まだ母親になるべきではない……とか思っているうちに、年齢的なタイムリミットが来てしまった。
母体と生まれてくる子のリスクを考えて、奏江は三十五歳にしてキッパリ出産という選択肢を捨てた。
良いのだ。最近は産まない選択をする夫婦も増えてきた。
鎹が欲しければペットを飼えば良い。
子供を愛でたければ姪も甥もいる。
それに相手が再婚だった場合、連れ子を心から歓迎できるというものだ。
子供に老後の世話をさせるのも忍びないし、それなら育児にかかる資金を夫婦の老人ホーム代にすることで気兼ねなく余生を過ごしたい。
うん、ものの見事に合理化している。尤もらしく言いつくろっているが、要は機会損失しただけである。
結婚相談所も進捗は思わしくない。
未婚なのは確実だが、アプリよりも敷居が高いために登録者の総数が少ない。そして奏江の仕事だと、イベントや相談所に顔を出すのは難しい。
Web小説家が本業を持っているように、奏江も婚活の傍らバリバリ仕事をしている。
バリバリ過ぎて、アプリや相談所に登録している男性陣の年収上位層に食い込むレベルだ。
皆さん、絶滅危惧種の3K(高学歴高身長高収入)がここにいますよ!! ……但し性別は女だけど。
彼女が今の働き方を維持するなら、結婚相手は余裕で専業主夫になれる。
しかし年収に見合うだけあり、その仕事は超ハード。
数ヶ月ごとに日本各地を飛び回り、月単位でホテル生活もザラ。
一応週休二日だが、二日連続して休むことは稀で、年末年始ですら三日間以上休んだ覚えがない。
年収を大幅に下げて安住の地を見つけることもできるが、人生何があるかわからないのだから、奏江は体力があり稼げるうちは稼ぐつもりだ。
あと平凡な仕事はつまらない。
只でさえ労働なんて面白くもなんともないのだ。
少しでもストレス少ない環境で荒稼ぎして、ついでに休日には現地で観光したい。
お前そーゆー、とこだぞ。
ちなみに『斉橋 奏江』の姓名診断、総格は特殊格である。
大吉とか通り越して、特殊の域に達している。
大吉は赤文字なのに、特殊格は文字が二倍サイズで金色だった。何それ超強そう。
その他の天格だの人格だのも大大吉とか軒並み強そうな結果だった。書かれていた人物像も下記の通り。
『勝負運の強いエゴイスト』
『急展開が連続する波乱万丈な人生』
『巧みに人を操って出世し、どんな世界でも成功する』
『スーパータフガイ。え? 女? マジで?』
青年漫画の主人公かな。
マネーゲームとかパワーゲームの成り上がり系で、主人公が誰よりもゲスいやつ。アニメ化するなら深夜枠。
しかし無料の診断なのに、おおむね当たっている。
ちなみに結婚運は凶。うん、知ってた。
異性とデートに行くのはかったるいが、休日に夫婦が一緒にスーパーで買い出ししているのは心の底から羨ましい。
結婚式のプランに頭を悩ませるのは面倒だが、新居のインテリアを相談し合うのは憧れる。
むしろ結婚式に興味はない。
奏江の仕事は、その手のコネクションを必要としないので、職場の人間を招くメリットはない。
友人達に散々配ったご祝儀貯金を回収という考えもあるが、そもそも披露宴は金がかかる。
遠方から来る友人へのお車代諸々を考えても、ご祝儀もらったところで収支的にはマイナスだ。
もし新郎の希望で結婚式を行うなら、基本プランナーにお任せして、気になるところだけ夫の要望を取り入れれば良いと奏江は思っている。
うーん、この。どっちが男か分からない。
彼女が夫となる男性へ求める条件は少ない。
清潔感があり、人間として道を外れた真似(ギャンブル、暴力、アルコール依存など)をせず、妻以外の異性に対して線引きができる人物。
夫として、奏江と家庭を共同経営することに前向きな姿勢を示すことができる人物。
「条件が低過ぎて逆に難しい」と、結婚相談所のスタッフに言われたので「お腹が出ていない」を付け加えた。なんでそこ行く?
「私が資産家のお嬢様だったらなぁ」
もし彼女が良家のお嬢様だったら、年頃になれば周囲の人間が気を遣って好い人を紹介したり、縁談を持ってきてくれるのだろう。
お嬢様が結婚に失敗すれば、紹介者の面子が潰れることから相手はそれなりに好条件。
裕福な家との結婚で苦労するのは、家格に差があるからであって、同程度であればむしろ金持ち喧嘩せずだろう。
結婚後も相手を蔑ろにすれば外聞が悪くなる。
縁談が用意されるレベルの良家であれば、お互い醜聞は避けたいところなので、険悪にならないようお互いを尊重して生活できるはずだ。
重ねて言うが奏江は夫と愛し合いたいわけではない、恋をしたいわけではない。
円満な結婚生活を送りたいだけだ。
あれこれ夢想したが結局、持たざる者は、己の持つものでどうにかするしかない。
(今日も一日収穫なしで終わってしまった)
悪天候でジメジメする駅で、乗り換えのために階段を登っていた奏江は突然押されて足を踏み外した。
相手は意図的に押したわけではなく、歩きスマホで彼女にぶつかったようだ。
運悪く雨で足元が滑りやすくなっており、奏江の後ろを歩いていた人物が咄嗟に避けたために彼女は一直線に転落した。
階段の中央を歩いていたために掴むことのできるものも無い。いくら彼女がタフだろうと、ここまで運が悪ければ助からない。
避けた人物に恨みはない。
彼女が逆の立場であっても避けてしまうだろう。体張って命を救えとか言わない。
(だがスマホ女、てめーはダメだ)
何よりその手に光るものが許せない。
(既婚者かよ!!)
人と会えば、男女関係なく指輪をチェックしてしまう。結婚拗らせ女子ここに極まれり。
(危ない場所で歩きスマホするようなマナーのない女でも結婚できるのに、私は何故)
こうして彼女は未婚のまま、三十七歳でこの世を去ったのである。
(生まれ変わるなら、上げ膳据え膳で結婚できるお嬢様になりたい)
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