第二王子の命を賭ける! ついでに父も!
男達から集めた紙を、サッと確認したダイアナは周囲を見渡した。
「交渉の下準備はできたわね。これからの計画を説明するわ」
「何か考えがあるのか?」
「ええ。当事者だけで秘密裏に行う交渉は、此方が圧倒的に不利。正直言って、成功の見込みゼロよ」
「どうしてだ?」
「その場では応じるフリをして、後日始末しちゃえばいいんだもの」
人質が解放されれば、一般市民の要求なんて真面目に取り合う必要はない。
表沙汰になっていない取引であれば尚更だ。
適当な理由をつけて解散後に逮捕するなり、秘密裏に殺害すれば簡単に闇に葬る事ができる。
ダイアナの説明に、男達は顔を引き攣らせた。
「そうさせない為に、第三者を巻き込んで見届け人にするのよ! 大衆の前で交渉するのもありだけど、今回はジャスパーがいるからコランダムの外交官を使うわ!」
「どうするんだ?」
「コランダムの外交官からすれば、自国民が他国の高位貴族を害そうとした事実は都合が悪い。ジャスパーのやらかしを穏便に処理する為、ジェンマ政府と取引しようと、ジェンマ国側の落ち度を探したり、余計な事を吹聴されないようジャスパーと深く関わった貴方達を殺そうとするはずよ」
緊張で何人かがゴクリと唾を飲んだ。
「ジェンマ政府からすれば、外国人が高位貴族を害そうとしたならば、国の威信をかけて徹底した責任追求を行いたい。ジャスパーが加害者であると立証するため、証人である貴方達を失う事は避けたい」
誰もダイアナの話を遮らない。
彼女の作り出した空気に飲まれたと言うよりは、彼等は自分で考えることを放棄し、完全にダイアナに主導権を明け渡してしまっていた。
「コランダムに公平な交渉が行われるよう手助けさせて、ジェンマに私達を守らせるの。反体制派、コランダム、ジェンマの三つ巴状態が、私達が交渉後も生き残る鍵よ!」
男達から「おおっ!」と感嘆の声が上がったが、ダイアナが言ったのは机上の空論どころか、それっぽく取り繕っただけの嘘だ。
政府が彼等の要求に応じることはない。
交渉と称したが、はっきり言って犯罪者の戯言だ。
婦女暴行に関しては、ダイアナがその目論みを実行前に挫いたから未遂で済んだが、人質をとって立てこもった時点で犯罪成立。
彼等を扇動した事で、ダイアナも幇助罪を犯している。
まあ、ダイアナお嬢様の事だから、ちゃっかり逃げ道を用意しているに違いない。
つくづく恋愛モノのヒロインとは真逆を行くお人だ。
反体制派は素人の集まりで、予定外の籠城で何の準備もない。立てこもったところで一日も保たないだろう。
この状況が明るみになれば、まず間違いなく突入の準備が整い次第、武力で制圧される。
ジャスパーに関しても、二国間で取引が行われるだろう。
幸いにもエスメラルダ、アレキサンダー共に無傷のため、ジェンマ国は貿易などでコランダムに対し優位な取り決めをした後はジャスパーを強制送還して終わり。
国に戻されたジャスパーは、謹慎処分を受けるくらいだ。
動機からして大っぴらにできる内容ではないため、彼のしでかした事が公にされることはない。
エスメラルダは、真意は分からずともダイアナが何かを企んでいる事に気付いた。
そして利口な彼女は、不用意な発言をしないことで、ダイアナの妨害をしない道を選んだ。
「その為にも、ジャスパーと護衛を傷付けるのは絶対にダメ。仲間であれば、怪我をさせるはずがない。もし彼等が怪我を負う事があれば、コランダムは『ジャスパー・ベリルは加害者ではなく被害者だ』と主張するわ。証人としての価値が無くなれば、ジェンマが貴方達を守る理由はなくなる。──最悪、コランダムとジェンマが手を組んで、反体制派を潰すわ」
ジャスパーだけでなく、護衛の身の安全も確保してあげるダイアナお嬢様。
やってる事は、慈悲深いヒロインムーブ。
本音は怪我人が出ると、自分に不利になるからだ。うーん、ゲスい。
*
「これから交渉のテーブルを用意させるわ」
「……アンタの事だ。その方法も既に考えてるんだろう?」
リーダーに問いかけられたダイアナは、笑顔で拳を握った。
「勿論よ! 王宮に直接乗り込むわ!!」
おう。相変わらず簡単そうに、とんでもない事を言うお嬢様だ。
「そんな事が可能なのかっ!?」
案の定ダイアナの言葉に、反体制派の男達は仰天した。
「私だけなら門前払いでしょうけど、エスメラルダ様は王妃の姪。伯母を訪ねた体で押し通すわ! 貴方達はここで待機よ!」
「ちょっと待て! そう言って逃げる気じゃないのか!?」
騒ぎ立てる男達に、ダイアナはドヤ顔でアレキサンダーを指差した。
「人質として第二王子を置いていくわっ!!」
「人質と言ったら、普通女だろうが!」
「女子供を人質にするのは、抵抗されても制圧が容易だからよ。今の第二王子は抵抗できない状態なんだから、同等でしょ」
やれやれと肩をすくめると、言葉を続けた。
「王子、公爵令嬢、男爵令嬢。……この中で人質として、一番価値が高いのは誰?」
「王子だ……」
「考えるまでもなく明らかよね。──それに王子を置いていくのは、私達が絶対に裏切らないという証でもあるのよ」
「どういうことだ?」
「もし私達が裏切ったら、貴方達は王子を殺すでしょう。もし王子が死ねば、未必の故意による王族殺害で私達は罪に問われる」
「そんな……」
「男爵家は、貴族としては最下位。アダマス家の人間は、連座で処刑されるでしょうね……。私は自分と、父の命をかけて貴方達を裏切らないと誓うわ!!」
「ダイアナさん。アンタ、そこまで覚悟を決めて……!」
クレイ・アダマス。本人のあずかり知らないところで命を賭けられる。
「でも公爵家のお嬢さんなら、そんな厳しい罰は受けないんじゃないか?」
「エスメラルダ様の方が、もっと大事になるわよ! 公爵家は王家に近く権力がある分、謀反を疑われる。娘一人を処分すれば済む話じゃ無い。王子の死を切欠に、王家と公爵家が対立することになったら内乱の幕開けよ! お互いの存亡を賭け、どちらかが滅びるまで止まらない! 国は荒れて、王都全体がスラム化するわね!!」
スケールの大きな話をされて男達は戦慄いたが、勿論どちらも嘘である。
サフィルスならともかく、アレキサンダーだし、状況が状況だ。男爵家も公爵家も、多少立場が悪くなるくらいだろう。
「ダイアナさん、俺達の全てをアンタに託す!」
「俺達の思いを届けてくれ!」
「お願いします! ダイアナさん!」
お気付きだろうか……。男達のダイアナの呼び名が「この女」「テメエ」「アンタ」「ダイアナさん」と着実にランクアップしていたことに……。リーダーまでダイアナをさん付けしているが、まさかこの短時間で連中のヒエラルキーのトップに君臨したとでも、言うのだろうか?
もしそうなら、恐ろしい話だ。
*
男達の声援を受けてホールを後にする直前、ダイアナはタタッと身動きできないアレキサンダーに駆け寄った。
「アレキサンダー殿下。これは貴方の行動が招いた事です」
「……」
「今までのご自分の振る舞いをよく思い出して、反省してください。幸い時間はたっぷりあるのですから……」
ダイアナの作り話が容易に浸透したのは、アレキサンダーに信用が無かったからだ。
彼女はすっと身を屈めると、彼にだけ聞こえるようにその耳元で囁いた。
「走馬灯にならないよう、精々祈る事です」
「────!!」
こうして無傷どころか、反体制派のリストという手土産を引っ提げて、悠々とダイアナお嬢様は旧劇場を後にしたのである。
嘘みたいだが本当の話だ。
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