俺じゃなきゃ見逃しちゃうね
ジャスパーの指示に従い、護衛達は渋々武器を手放した。
「俺はスパイなんかじゃない! その証拠に武器を手放した!」
忌々しさを必死に隠しながら、ジャスパーは周囲に語りかけた。
彼の誤算は、オマケだと思っていたダイアナお嬢様が、金剛メンタルのレスバ絶対王者だったことだ。事前に心構えができていたら、また違った結果に……ならないな。ウン。
「──まだよ。あなたが裏切り者じゃないって証明してみせて」
ダイアナはサラリと悪魔の証明を要求した。ついでにサラリと、男達の代表かのように振る舞っているが、ナチュラル過ぎて誰もツッコまない。
「嘘じゃないなら、簡単にできるはずよ」
『〜である』に比べて『〜ではない』と証明することが、どれだけ難しいか分かった上で、ダイアナはあたかも簡単な行為であるかのように表現した。
「俺はお前達に資金提供した!! 第二王子達をここへ連れ出したのも俺だ!!」
「誤魔化さないで! それは味方アピールであって、スパイじゃないことの証明じゃないでしょ!!」
「〜〜ッ!!」
ダイアナが布石を打ったことで、この先ジャスパーが身の潔白を証明しようとしても、並大抵の方法では「論点をすり替えて、誤魔化そうとしている」と認識されるようになった。
「──これで終わり? なんだ、証明できないわけね」
言葉の出ないジャスパーに、ダイアナはガッカリしたとでも言いたげに溜息をついた。
「反体制派のリーダーは誰?」
「俺だ」
「ジャスパーと第二王子を拘束すべきだわ」
反体制派のリーダーは、クレイと同じ年頃の男性だった。
男はグレイと名乗ったが、正直クレイと混同するので、今後も彼のことはリーダーと呼ぶ事にする。
リーダーに名前なんてなかった。いいな?
「今、第二王子が自傷行為をする。もしくは、ジャスパーとその護衛が、どさくさに紛れて第二王子を傷付けたら、反体制派の所業に仕立て上げられて全部お終いよ」
「王子に関しちゃ、異論はないが……」
リーダーとして、他のメンバーよりもジャスパーとやり取りする機会が多かったのだろう。まだ彼を信じたい気持ちがあるようだ。
確かにダイアナの話には整合性があるが、全て状況証拠だ。
ジャスパーが裏切り者だという明確な証拠はない。
反体制派の代表になるだけあり、リーダーは自分の頭で物事を考えられる男だった。
しかし、か弱い令嬢の皮を被った、ゲス系主人公なダイアナお嬢様にとっては、まともな人間ほど読みやすい相手はいない。
「もしジャスパーが裏切り者でなくても、何の問題も無いわ。体を傷付けるわけじゃない、ただ動きを制限するだけ。グレイさんだって大義の為なら、一時拘束されることくらい、なんて事ないでしょ。ジャスパーも同じ。後ろ暗いことでもない限り、快く受け入れるはずよ」
ダイアナはリーダーを説得すると同時に、ジャスパーが拘束に抵抗しないように牽制した。
彼女の意図を読み取り、ジャスパーは歯軋りしたが、今の彼には睨み付けることしかできない。
「……悪いなジャスパー」
チョロインならぬ、チョリーダー。
「縛るなら俺に任せろ。元漁師だから、絶対に解けない縛り方を知ってる」
リーダーが決断すると、片足を引き摺った男が進み出た。王都は海に面していないので、足の負傷が原因で船を降りたのかもしれない。
男はクレーと名乗った。だから紛らわしい名前止めろ!
*
「これからの話をしましょう。どこかに紙とペンはない?」
まんまとジャスパー達を拘束したダイアナは、次の段階に移る事にした。
今までは乙女のピンチを回避する為の行動、これからは利益を得るための行動だ。
(休日出勤で厄介事に巻き込まれた挙句、無報酬なんて冗談じゃない)
ダイアナは今の状況を、存分に利用することにした。
すっかり反体制派に溶け込んだ彼女は、当然のように彼等に指示を出して、劇場の事務所に積まれていたチラシを持って来させた。
「今後の方針を確認するわ。反体制派はジェンマ国政府に対して訴えたいことがある。当初の予定とは異なるけど、第二王子の拉致に成功したので、このまま立てこもって交渉を行う──異論はある?」
「無いな」
リーダーが了承したのに続き、他のメンバーも頷いた。
ダイアナが状況を整理したのは、何も親切心を発揮したわけではない。
確認という形にしたが、自分に都合の良い方向に彼等を誘導し、想定外の行動をとることがないように、コントロールするのが狙いだ。
認識を擦り合わせておかないと、勝手な判断で暴走する輩が出かねない。
「交渉するにあたって、何を話すか下準備が必要よ。各々の訴えたいことをこの紙に書いてちょうだい。『税金減らせ』『平民の権利を拡大しろ』みたいなザックリしたものじゃなく、交渉後に実現したか確認可能な、具体的かつ詳細な要望を書くこと!」
ジェンマ国の識字率は高いので、平民でも読み書きは問題ないが、彼等には文章を書くという習慣が無いようでウンウン唸りながら手にした紙と向き合った。
ダイアナ先生と、エスメラルダ先生は座り込む男達を見回っては、単語や表現についてアドバイスをした。学習塾かよ。
「保証と保障の違いが分からねぇ……」
「語尾って過去形と、現在形入り交じっても問題ないのか?」
「場面転換って、改行どのくらい入れるんだ? 記号は複数並べた方が良いのか?」
明らかに違うものを書いてる奴が混じってる。
お嬢様ズは挙手した者の側に行くと、丁寧に指導した。
議題によっては、内容の殆どをダイアナが考えて、男達は言われるがままに書いただけのモノもあった。
その光景はストックホルム症候群とリマ症候群というより、詐欺師とまんまと騙されるカモの図だ。学習塾ではなく、怪しいセミナーだったらしい。
元漁師の巧みな縄遣いにより縛り上げられた男達は、ダイアナが「口を自由にしたら、噛むかもしれない」と猿轡をさせたので、この異様な展開に物申す者は居なかった。
*
「全員、書き終わったわね」
ダイアナ先生の言葉に、むくつけき生徒達は自信満々に頷いた。
「じゃあ最後に署名してちょうだい」
「サインだと!?」
「何でそんなこと、しなきゃいけねぇんだ!?」
「テメエ何企んでやがる!!」
ダイアナに素直に従っていた男達だが、許容できない指示に猛反発した。
「反体制派が掲げる主張が正当なら、恥じることなく署名できるはずでしょ!!」
自分よりも年上な男達が相手だろうと、ダイアナは全く怯まなかった。よく考えれば、ダイアナお嬢様は累計五十三歳なので、男達の中でも年長組だった。
「自分の身を隠したまま叫ぶ批判なんて、いくら正しくても、井戸端会議で政治に愚痴ってる主婦と同じ! 自分達の主張を、チラシの裏の落書きで終わらせたくないなら、胸を張り堂々と名乗りなさい!!」
男達を鼓舞するように熱弁すると、ダイアナは手近な紙に名前と住所を大きく書いて掲げた。
「ほら! 私は名前だけじゃなく、住所も書いたわよ! この中で一番、個人情報を晒しているのは私ね!!」
先陣切ってみせたダイアナだが、アダマス邸はそれなりに有名なので、その気になれば簡単に調べられる。
ダイアナ実質ノーリスク。
彼女の動きを真似て、エスメラルダも自分の名前と住所を書いて掲げた。
オブシディアン邸なんて、住所書かなくても郵便物が届くレベルなので、これもまた実質ノーリスク。
遠くの人間にも読めるように、限界ギリギリまで大きく書いたダイアナと違い、エスメラルダは流れるような達筆で、気持ちサイズを大きくしたものの余白が多い。
文字には性格が出ると言うが、その通りである。
「やってやらぁ! 俺なんて住所どころか、年齢も書いてやるぜ!」
「職業も書いてやるよ!」
「俺なんかアレルギーも書いてやる! どうだ! 弱点晒してやったぜ!!」
「反体制派とか言っておいて、小娘よりも日和ってる奴いる? いねえよなぁ!!?」とでも聞こえてきそうな少女達の挑発に、男達はまんまと乗せられた。
訳のわからないノリになり、離婚歴や趣味・特技を書いた男もいた。
あーもう無茶苦茶だよ。
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