ずっとダイアナのターン
「シルバー・スターリングと第二王子は、邪魔な婚約者を捨てるために貴方達を利用してるの! ジャスパーはその協力者。──彼は、貴方達の仲間のフリをしたスパイよっ!」
仰天する二人をキッと睨み付けると、ダイアナは堂々と宣言した。
「私とエスメラルダ様が慰み者になったところで、コイツらは苦しむどころか、内心うまく行ったとほくそ笑むだけ!」
「濡れ衣だ! 俺はそんな事してない!」
「そうだ! 俺がアレキサンダーと組むなんてあり得ない!」
アレキサンダーとジャスパーの訴えを、ダイアナは鼻で笑った。
「ジャスパー……。一番憎い相手の息子への攻撃が『長年冷遇していた、婚約破棄寸前の婚約者を目の前で嬲る』って無理があるでしょ。まともに考える頭があれば、おかしいって簡単に気付くわ!」
エスメラルダとアレキサンダーが婚約破棄寸前であることは、ジェンマ国でも極一部しか知り得ないことだ。
彼等の仲が冷え切っていることは、ジェンマ国の貴族なら薄らと察しているが、外国人のジャスパーは知る由もない。
ダイアナはそこを逆手に取った。
「──アレキサンダー殿下。汚れ仕事は全て彼等にやらせて、自分は手を汚さない。……事が終わったら、自分は婚約者を襲われた被害者として世間の同情を集めて、熱りが冷めた頃に、自分好みのカワイイお嬢さんと結婚するつもりだったのよね」
他人の色恋に興味のないダイアナだが、エスメラルダとの約束通り、お互いの身辺調査結果を見せ合いっこしたので、アレキサンダーの女性遍歴は把握済みだ。
「──今までだって、エスメラルダ様を蔑ろにしてするデートは、さぞ楽しかったでしょうね」と、蔑んだ目でダイアナは吐き捨てた。
「そういや、前に町で王子を見かけた事あったけど、バカみてぇなピンク頭の女と一緒だった!」
「俺も一度見たことあるぜ。ピンクじゃなかったけど、こんな賢そうな美人じゃねぇ。もっとバカっぽかった!」
思い当たるところがあったのか、第二王子の町デート目撃情報が次々あがる。
アレキサンダーまさかのB専疑惑。あれか、自分と知能指数近いのが好みなのかな。
「自分に非がない形で婚約破棄するだけじゃなく、貴族にとって邪魔な反体制派も犯罪者として処分できる。女に手を出したが最後、反体制派の主張は性犯罪者の世迷言として一蹴されて終わり! 市民も反体制派の存在に懐疑的になり、後続の活動家の台頭を抑制できる! とっても効率的ね!!」
ダイアナは反体制派の男達に語りかけながら、舞台上を移動した。
不自然にならないように、ジャスパーから更に距離を取り、エスメラルダの側に行く。
「──世間は『反体制派なんて立派な看板掲げてるけど、結局は犯罪者の温床でしょ』と、残された貴方達の家族に冷たい目を向けるでしょうね」
家族の存在を思い出させ、これ以上の犯罪行為を躊躇させる。
指輪をしている何人かの男は、ハッとした表情をした。
(既婚者が!)
妻帯者でありながら、婦女暴行を行おうとした男への怒りではなく、純粋に既婚者である事実が羨ましくてダイアナの表情が険しくなった。
おいおい、今はそんな状況じゃ無いだろ。
空気を読まないにも程があるが、そもそも読む必要なんてない。
ウチのダイアナお嬢様は、空気を作り出すお人だった。
*
恐怖で硬直していたエスメラルダは、ダイアナに裾をクイクイ引っ張られて金縛り状態から解き放たれた。
アイコンタクトでダイアナの意図を察した彼女は、その指示に従った。
「──殿下はずっと、わたくしが婚約者であることに不満を抱いていましたものね」
エスメラルダは、悲痛な表情を作り瞳を伏せた。
どの角度からも絵になる、最高の演技である。
「婚約して十年。初めてデートに誘われたと思ったら、こんな……あんまりだわ……」
声を張らなければいけないダイアナと違い、特殊な訓練を受けているエスメラルダは、普通の声量でも会場の隅々まで声を届かせることができる。
彼女の助演女優賞ものの演技により、ダイアナの放った言葉に信憑性が増した。
「じゅうねんんん!? 釣った魚に餌やらねぇ、って次元じゃねぇだろっ!」
「テメェ! この別嬪さんのどこに不満があるってんだ!? 特殊性癖なのか!? そうなんだなっ!?」
「嬢ちゃん……。アンタまだ若いんだ。こんな男のことは忘れて、幸せになりな」
アレキサンダーに対して非難轟々の男達。
彼等の中で、エスメラルダは獲物ではなく、庇護対象になった。
「〜〜ッ許せねぇ!」
「馬鹿にしやがって!!」
罵るだけでは我慢できなくなった数名が、アレキサンダーに詰め寄る。
「ダメよ! ここで王子を傷付けたら、こっちの負け! 貴方達を始末する理由が婦女暴行から、王族への傷害に変わるだけよ!!」
ガンガン燃料を投下したダイアナは、しれっと自らの立ち位置を反体制側に滑り込ませて、男達と一緒にアレキサンダー達と対立する構図に持っていった。
*
「ぜ、全部出まかせだ!! 俺は仲間だっ!!」
反体制派の男達から警戒する視線を向けられて、ジャスパーが叫んだ。
「──なら、その過剰な護衛は何?」
対立関係を弄るため、ダイアナは男達が元より良い感情を抱いていないアレキサンダーを矢面に立たせ、ジャスパーは二の次にした。
だが後回しにしただけで、見逃すつもりはない。
「彼等が女を甚振るのに夢中になっている隙をついて、その護衛達で斬り殺すつもりだったんでしょ。彼等の口を封じた後は、自分は偶々巻き込まれた被害者のフリをするつもりだったのよね。──私とエスメラルダ様が本当のことを言っても、襲われたショックでおかしくなったと言い逃れできるものね」
「違う!」
「シルバー・スターリングと第二王子は、邪魔な婚約者を片付けられる。貴方は騒動に巻き込まれたお詫びに、ジェンマ国政府から何をもらうつもりだったのかしら……?」
「全部言いがかりだ! さっきから聞いていれば、嘘ばっかり言いやがって!」
ジャスパーが何を言っても即座に叩き潰してくる上に、ダイアナの話には説得力があるからタチが悪い。
「おい、この女を黙らせろ!」
ジャスパーが護衛に命じると、間髪入れずダイアナが畳み掛けた。
「慌てて私の口を塞ごうとするなんて、知られたら不味いことがあると自白してるも同然なんだけど、気付いてる?」
この流れで、彼女の口を物理的に塞ぐのは悪手だ。先程の発言を肯定した事になる。
舞台に足を掛けた護衛も気付いたようで、ジャスパーを振り返り指示を仰いだ。
「私は、自分の持つ情報を提供しているだけよ! 聞いた内容をどう判断するかは、彼等次第。平民にだって考える頭はあるのよ。馬鹿にしないで」
うーん。思いっきり誘導しておいて、いけしゃあしゃあと。ダイアナお嬢様は今日もふてぶてしい。きっと明日もふてぶてしいぞ。
「ジャスパー……。この女が言ってる事は、本当か?」
「そこの連中を使って、俺達を殺すつもりだったのか?」
ジリジリとジャスパーから距離をとる男達。自衛の為か、壊れた椅子や丸太を構えている。
ん? 丸太? 何故、劇場内に丸太があるんだ?? 解体用の足場組むのに持ち込んだのかな。
出所不明な丸太だが、この状況では武器として非常に有効だ。
リーチがあり、盾としても武器としても使える。
ジャスパーを守るのは、帯剣した五人の護衛だが、数人を切り捨てるのが限界。一度でもまともに丸太と打ち合ったら、剣が折れるか、刃が食い込んで抜けなくなる。
「そんなわけないだろ! 王子達が護衛を連れて来ないよう、数を多めにしただけだ!」
「ならもう目的は果たしたでしょう。貴方が彼等の仲間で、ここが拠点なら武装は必要ないはずよ。今も武器を携えたままなのは、別の目的があると取られてもおかしくないわ」
ダイアナはエスメラルダの腕を引くと、ジャスパーと対峙する男達の後ろに移動した。
アレキサンダー? 知らん! まだ舞台上で、ボケっと突っ立ってるんじゃないかな。
「武器を持った護衛を侍らせて『仲間だ』なんて、いくら主張したところで誰も信じないわよ」
「クソッ! ──お前ら武器を捨てろ!!」
「しかし──!」
「危険です」と、護衛班のリーダーが意見するが、その行為が益々男達を警戒させた。
素人集団とはいえ、二十人近い男達と事を構えるのは不味い。
ジャスパーは悔しさで顔を歪ませながら、再度指示した。
「武装解除しろ! 命令だ!」
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