ナ、ナンダッテー!?
旧劇場は市街地の中でも、やや廃れた地域に建っていた。
かつてはジェンマ国最大の劇場だったが、アクセスが悪いので数年前に新劇場が三ブロック離れた場所に建てられ、最大規模の看板も、地方の観光地に最近できた複合施設に奪われた。
王都で広い土地を遊ばせるのは勿体無いのだから、本来ならすぐに解体すべきところだが、大人の事情で作業が中断されたまま一年以上経過している。
素直に片付ければ済む話なのに「後でやる〜」と、散らかしたおもちゃを放置する子供のようだ。
「俺ここの、薔薇のレリーフが見たかったんです! ガイドには『見れば夢が叶う』って書いてありました!」
見るだけで良いとは、賽銭すら不要の超インスタント祈願である。
「あっ、おい! ジャスパー!!」
封鎖と言っても緩い柵があるだけだ。
堂々と不法侵入するジャスパーに、護衛達は制止する事なくついて行ってしまった。
立ち入り禁止の看板が目に入らないはずはないのだが、コランダムはその辺の認識が緩いお国柄なのかもしれない。
「チッ、追いかけるぞ」
廃墟とはいえ護衛がいるから怪我はしないだろうが、同行者のマナー違反を放置するわけにはいかない。
仕方なく三人も、ジャスパーを連れ戻すべく、劇場に足を踏み入れた。
*
薄暗い建物は所々にゴミが散らかり、壁際には資材と思わしき小山がいくつもあった。
暗くて汚いだけでなく、害虫とかスピリチュアルな何かがいそうな雰囲気。
温室育ちの王族や公爵令嬢であれば、思わず怯んでしまう光景だったが彼らは黙々と足を進めた。
しかしそれは彼らの意志ではない。
突きつけられた剣に脅されて、強要されたからだ──。
レリーフを探しに行ったはずのジャスパーは、劇場の扉の影で三人を待ち構えていた。
まんまと騙されたダイアナ達は、彼の護衛達に拘束されて建物の奥深くへ連行された。
一行が連れていかれたのはメインホール。
三人は以前の栄華の名残すらない、寂れた舞台上に立たされた。
無人のはずの観客席には、大勢の男達が待ち構えていた。
ざっと数えても二十人近くいる。
彼等の年齢はバラバラだが、全員が生活に苦労していそうな、貧しい身形をしていた。
男達は今から始まる演目がよほど楽しみなのか、欲望に目をぎらつかせていた。
「さあ、これがこの国の第二王子と、その婚約者だ! メインは公爵令嬢だが、如何せん人数が多いからな。順番待ちの連中は、オマケの男爵令嬢で時間を潰してくれ!」
ジャスパーのこの言葉で、この後に何が行われるかは一目瞭然となった。
「……ジャスパー。この連中は……お前の目的は、なんだ……?」
「彼らは反体制派……反貴族派と言った方が、わかりやすいかな。権力者に虐げられた市民の代弁者さ!」
「お前は……コランダム人だろ。この国とは無関係の筈だ……」
「確かに俺はコランダム人だが、この身に流れる血の半分はジェンマ人だ。『ジェンマ国の権力者に人生を狂わされた』という点では、彼等と俺は国籍は違えど同志だ。……俺の目的は、王家とオブシディアン公爵家への復讐だよ」
コランダムとジェンマのハーフという点で思い当たる節があったのか、アレキサンダーは「お前、……もしかして俺の従兄弟なのか……?」と呟いた。
正解だったのか、ジャスパーは顔を歪ませた。
「俺の母は、婚約者と実の姉に裏切られたんだ!! アレキサンダー。お前の父親と母親だよ!!」
ダイアナは彼の青い瞳が、一度だけ対面したサフィルスに似ている事に気が付いた。
「オニクス三世の本来の婚約者はマイカ・オブシディアンだ! 母は婚約者と姉に裏切られて、コランダムの貴族に無理やり嫁がされたんだ! 恋愛婚だと!? ふざけるな! どんな言葉で着飾っても、婚約者の姉と不貞した男と、妹の婚約者に色目を使った女じゃないか! この国で胸糞悪いラブストーリーをさも美談かのように語られる度に、怒りでどうにかなりそうだった!」
アレキサンダーとエスメラルダが、ジャスパーの正体に気付かなかったのは仕方がない。
どちらの親も、国外へ嫁いだマイカとは一切の交流を絶っていた。
彼等の口から、彼女の話題が出た事もない。
国王と王妃のラブストーリーを耳にして、叔母の存在だけは知っているという程度だった。
「アレキサンダー。お前の目の前で、婚約者を滅茶苦茶にしてやるよ……。この女が壊れるところを指咥えて見てろ」
二人共、幼い頃は遠く離れているから叔母とは親戚付き合いがないのだと思っていた。
成長してからは、意図的に距離を置いているのだと気付いた。
精々折り合いが悪いのだろう、としか考えていなかったが、そんなレベルの話ではなかったらしい。
ジャスパーは、男達の誰よりもギラついた目でエスメラルダを振り返った。
「一番憎いのは国王夫妻だが、あんたの父親も同罪だ。自分が公爵家の当主になるために、長女に協力したんだからな!」
先代オブシディアン公爵には三人の子供達がいた。
長女のアリアネル、次女のマイカ、末っ子長男のアガット。
当初は長子であるアリアネルが公爵家を継ぎ、マイカがオニクス三世に嫁ぎ、アガットは公爵家が保有している伯爵位を受け継ぎ独立予定だった。
「……マイカ……叔母様も、……恋愛婚、だと……聞いています……」
蒼白のエスメラルダが、かろうじて言葉を紡いだ。
パニックを起こしたり、気絶しないのは大したものだが、この後に待ち構えているものを考えると、意識を手放してしまった方が幸せかもしれない。
アリアネルとオニクス三世、マイカと遊学に来たコランダム人男性がそれぞれ恋に落ち、マイカが履修した教育課程が国外に嫁いでも問題ない範囲だったため、婚約を円満解消したとジェンマ国内では知られている。
「そんな訳ないだろう! 何故王太子妃になることが確定していた母が、コランダムの一貴族と恋愛するんだ!? お前らは馬鹿か!? まともに考える頭があれば、おかしな話だって簡単にわかるだろ!!」
頭を掻きむしりながら吐き捨てたジャスパーが、男達に指示を出そうとしたので、ダイアナは先に動いた。
物語のヒロインであれば「何をされようと、私の心は絶対に屈しない!」とか言って、助けが来るまで耐える。
もしくは「こんなこと間違ってます!」とか言って、男達を説得するのだろう。
現実の女の子であれば、エスメラルダのように身動きできずに終わる。
しかし、ウチのダイアナお嬢様は違った。
男達の注目を集めるべく、勢い良く崩れ落ちるとホール中に響く声で叫んだ。
「シルバー・スターリングに嵌められたッ!!!!」
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