安心してくださいコメディですよ
4C=ダイヤモンドの品質を評価する基準
C-4=プラスチック爆弾
ダイアナは『酔えない』人間だ。
喜怒哀楽はあるのだが、その場の雰囲気に酔って夢中になるということができない。
生まれつきなのか、後天的なのかはわからないが、初恋の記憶がないことを考えると先天的である可能性が高い。
彼女が奏江であった頃から、色恋沙汰に関心が薄かったのは『恋愛感情を抱く』という行為ができないからだ。
恋愛とはその状況に、意中の相手に酔うことである。
漫画や小説を参考に、その心境を想像することはできるのだが、実感できない。
彼女の目には、恋愛中の人間は一種の心神喪失状態にみえるので、憧れたりもしない。
恋愛感情を抱かれても、同じものを返せないので、正直言って気不味いだけだ。
恋愛できない自分を、ダイアナは悲観していない。
「完全に健全な人間など、この世には存在しない」と、彼女は思っている。
理想的な精神構造があったとして、誰しもその一部が肥大化したり、欠落している。それが個性であり、性格だとダイアナは考えている。
だから「恋することができない自分は欠陥人間だ」などという思考にはならない。
上手い下手関係なく、ボウリングを楽しめる人と、そうでない人が居るように、自分は恋愛が楽しめない人くらいの認識だ。
他人が楽しめるものを、自分がそうでないからといって絶望したりはしない。
ダイアナは前世を思い出す前から、一人でも平気な人間だった。
しかし平気なだけで、孤独を愛して、生涯孤高を貫きたいわけではない。
彼女は彼女なりに、心許せる存在……互いに一番の味方となるような、唯一の相手が欲しかった。
その相手として求めたのが、伴侶──結婚相手だった。
絶対の味方が欲しければ、友人や恋人という選択肢もあるのだろうが、それらは感情をベースに成り立つ関係だ。
関係が深くなるにつれ、酔えないダイアナは、相手との温度差を補うべく演技しなければいけなくなる。
心許せる相手が欲しいのに、心を偽った関係では意味がない。
結婚相手は法的な制約がある。一夫多妻制のような特殊な状況でない限りは一対一であり、お互いが唯一。
感情ではなく、社会的なルールをベースとした関係だ。
前世の婚活はお互いの感情ありきだったので成婚困難だったが、政略結婚であれば愛しているフリをしなくても婚姻できるとダイアナは期待した。
*
報告書だけでは誤解があるかもしれないと、スターリング邸にて両家の話し合いの場が設けられた。
アダマス親子、スターリング親子が揃い、調査内容に間違いがないかシルバーへの確認から始まり、今後について擦り合わせが行われた。
代わりとなる適役がおらず、シルバー自身も致命的な過失は犯していない。
クレイもスターリング侯爵も、このまま婚約の続投を望んでいるようだが、ダイアナにとってシルバーは信用に値しない相手となった。
シルバーの容姿や、身分は単なる加点要素だ。
ダイアナが結婚相手に求める必要不可欠な要素は、信頼できるかどうかだ。
その観点で判断すれば、彼との結婚はダイアナにとって『無し』だ。
話し合いの最中、ダイアナは全く発言しなかった。
シルバーが心配そうにチラチラ見てくるが、別に傷心しているわけではない。
いや、できると思った結婚が遠のいたことに、少なからずガッカリはした。
これが一般的な少女であれば、婚約者の不実にショックを受け、泣き、部屋に閉じこもったりして、長い期間落ち込むのだろう。
酔えないダイアナは、その一連のプロセスがない。
裏切りに対する瞬間的な不快感、怒り、失望を感じた後は、すぐさま状況の分析と、打開策の検討を始めた。
ダイアナが両家の話し合いで沈黙していたのは、周囲を観察するためだ。
親達の言動をつぶさにインプットして、手札を増やす作業に集中していただけだ。
頭の中は、どうやって自分の望む展開に持っていくかの計算でいっぱいである。
*
アダマス親子が退室した応接室で、シルバーは自分の手元を見つめた。
(ダイアナにスフィアとのことが知られたら、てっきり怒り狂うものだと思っていた)
だが実際のダイアナからは、怒りどころか何の感情も見受けられなかった。
いつも飄々としているダイアナの無表情。いつもは自分から意見を述べるのに、何も発言しなかった彼女。
(俺はどれだけダイアナを傷付けたんだろう……)
まさかシルバーをジャッジした上で、捨てる算段を立てていたとは思いもせず、彼は悔いていた。
(俺にできる償いはなんだ?)
シルバーの脳裏に、過去の会話が蘇る。
(……ダイアナは、友好的な関係が築ける相手との結婚を望んでいたな……)
クレイの狙いは娘の結婚を介して、貴族層や海外へ商売を拡大する事だ。それが叶う相手なら、相手はスターリング家でなくても構わない。
(我が家に匹敵する相手で、ダイアナの望みを叶えることができる相手……)
破談となればシルバーの父は怒るだろう。
アダマス家へ代わりの縁談を用意したとしても、スターリング家が既に受け取った援助に関しては返済が求められる。
両家の関係にヒビを入れただけに留まらず決裂までさせたら、シルバーは勘当された上に遠洋漁業──マジでグロッキーになる漁船・通称マグロ漁船での出稼ぎを命じられるかもしれない。
(でも、最後くらいは誠実でいたい──)
このまま両家の親に従えば、シルバーのやらかしは若気の至りと処理されて、二人は結婚する事になる。
シルバーにとっては最も楽な道だ。
でもそこには、ダイアナの幸せはない。
(俺にできる事をしよう──)
今まで何度も選択を間違えてきた男、シルバー・スターリング。
最後の最後で彼は、──やっぱり選択を間違えた。
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