一難去ってまた一難
読書サロンで、気力をごっそり持って行かれた男達だが、まだ後半戦が残っている。
そう。音楽サロンである。
音楽サロンは特別な準備が必要らしく、屋敷にある別会場へ案内された。
「ピンクボムは、今日がハジメテなのよね?」
「はい! 卒業後は、そのまま就職希望です!」
「私は体動かすの得意じゃないから、ソッチには参加できないわぁ」
「残念ねぇ。イケナイコトしてるみたいで、アレとっても気持ち良いのに」
「でも奏者も、中々スッキリするわよ」
(何の話をしているんだ? 今から行われるのは、演奏会だろ……?)
彼女達の会話に、淫靡な匂いを感じてアレキサンダーはドキドキした。
一部の参加者は着替えを必要とするらしく、アレキサンダー達の周囲に集まっていた淑女達は解散した。
(音楽サロンなのに、何故着替えが必要なんだ?)
青少年の頭を掠める、ピンクな妄想。
隣に居るシルバーも同じような思考になったようで、ソワソワしている。
期待しちゃう。だって男の子だもん!
*
アレキサンダー達見学者は、最後の入場だった。
会場は真っ暗な大部屋だったが、風が通っているのを感じたので締め切ってはいないらしい。
(今度こそ、いかがわしいサロンか──!?)
悪魔崇拝の儀式を彷彿とさせる、闇に包まれた会場。
中央一箇所だけがライトで照らされているのだが、そこに現れた人物を見た瞬間、アレキサンダーの頭は真っ白になった。
「インストラクターのPALです。今日はアシスタントとして、新人インストラクターと一緒に進行を務めます」
「LUMIですッ! 今日がインストラクターデビューですッ! よろしくお願いしますッ!!」
エスメラルダの侍女オパールと、元カノのルミ。
どちらもアレキサンダーにとっては、馴染みのある二人だ。
暗い会場は、運動着に身を包んだ女性達で溢れている。
長袖長ズボンの彼女達とは違い、スポットライトを浴びる二人は体の線がはっきり分かる特注の運動着を着ていた。
オパールがホワイト、ルミがピンクベースの運動着。
ボディラインが出ているだけじゃなく、それなりに露出度も高いが色気は全くない。
堂々と晒された二人の腹筋が、遠目にもそうと分かるほど、しっかり割れていたからかもしれない。
ピンクボムの由来は、お団子ヘアでは無かったようだ。仕上がってるよ! キレてるよ! その腹筋は手榴弾!!
「初めての方もいらっしゃるので、今からこの音楽サロンの説明をします。ここではたった数曲、音楽に合わせて動くだけで、ダイエット、ストレス解消、護身術と三つの効果が得られます」
「運動が苦手、ドクターストップのかかっている方は、演奏者として参加可能ですッ! ダイエット、護身術効果はありませんが、ストレス解消効果は保証しますッ!」
オパールに続いて、サロンの説明を行うルミ。
髪型はトレードマークのツインテールに戻っているが、いつもの甘えたような喋り方は微塵もない。
彼女は、本物の『強くて可愛い女の子』になる道を選んだようだ。
「SS〜Sチケットの方は、目の前のサンドバッグに描かれた数字部分を実際に殴り、A〜Bチケットの方は動きをなぞるシャドーボクシングになります」
言われてみれば、中央に近い一帯だけ、天井から吊り下げられた円柱型の物体がある。白色の塗料で数字が書かれているので、暗闇に目が慣れれた今ではハッキリと見えた。
「1! 左ストレート!」
バンッ!
オパールの掛け声に合わせて、ルミがデモンストレーションを行う。
「2! 右ストレート!」
バンッ!
「3! 左キック!」
バンッ!
「4! 右キック!」
バンッ!
「5! 金的!!!!」
ッバァーンッ!!!
一際大きな音を立てて、ルミが下からサンドバッグを蹴り上げた。
(い゛い゛っ!?)
その威力を想像して、男達の顔が強張った。実際に蹴られていないのに、反射的に体に力が入る。
「5は利き足で蹴りましょう! どちらの足が蹴りやすいか、皆さん試してください!」
バシン、バシンと会場の至る所から打撃音が響く。
女性の力とは思えない、非常に破壊力が高そうな音に囲まれて、男達は真っ青になった。
脂汗が出ちゃう。だって男の子だもん!
*
この部屋が暗闇なのは、周りを気にしなくても良い、没頭感が得られるなどの効果があるらしい。
説明の後に始まった本番は、まさに何かが降臨しそうな異様な空間だった。
音楽はスタッフが主旋律を奏でるが、一般の参加者は打楽器を好きなように鳴らす。技術も、ハーモニーも無視して、思うままに全力で叩く。
演奏しながら、前後に頭を激しく振っている人物もいた。一体、何に憑依されたんだ。
激しい演奏の最中、中央の二人の掛け声に合わせて、運動着に身を包んだ女性達は無言で殴り、蹴り続けた。
男達は「5!」の掛け声の度に、縮み上がった。ナニがとは言えないが。
ゴソゴソと隣で動く気配がするので横を見ると、スレートに支えられてジャスパーが退出しようとしていた。
これはチャンスと、アレキサンダー達も便乗した。
こんな恐ろしい空間に、これ以上長居したくない。
*
「大丈夫かジャスパー?」
「殿下達こそ、ひどい顔色ですよ」
「……あれは精神的にクる」
感情豊かなジャスパーは、感受性豊かでもあるらしい。
ほうほうの体で脱出した四人がしゃがみ込んでいると、体調不良と勘違いしたスタッフが駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか? 横になって、口元の布を外しましょう!」
「!?」
ピンチに陥った四人がまごついていると、エスメラルダが呼ばれた。
「……この方達はわたくしが介抱するから、貴女は午後の部の準備に向かって頂戴」
スタッフを遠ざけたエスメラルダは「アレキサンダー殿下、ここは男子禁制です。裏口に誘導するので、お帰りください」と告げた。
「……何故、俺だとわかったんだ……?」
直接話したルミですら気付かなかったのに、エスメラルダはチラリと見ただけでアレキサンダーだと看破した。
「見ればわかります。何年の付き合いだと思ってるんですか」
「──エスメラルダ。悪かった」
従姉妹であり婚約者でもある彼女を前にすると、アレキサンダーはいつも幼稚な反発心を抱いてしまう。
しかしこの時は、スルッと自然に言葉が出てきた。
「……それは何に対してですか?」
答えられないアレキサンダーに、エスメラルダはため息をついた。
失望したと言わんばかりの仕草に、いつもなら食ってかかるアレキサンダーだが、どうにも形容し難い気持ちになった。
親に見放された子供のような表情をしているのだが、本人に自覚はなく、布に隠されているので周りの人間が気付くことも無かった。
「今の言葉は、聞かなかったことにしますわ」
言葉の出ないアレキサンダーを振り返ることなく、エスメラルダは一同を先導した。
出口で別れる瞬間すらも、彼女がアレキサンダーを見ることはなかった。
*
読書サロンで、女性達の忌憚のない意見を聞いて思うことがあったのか、その後アレキサンダーは随分大人しくなった。
婚約者の変化を感じ取ったエスメラルダは「殿下の心からの謝罪を待ちたい」と、彼の出荷……ではなく、婚約解消に期限付きでストップをかけた。
微妙な距離感を保つ二人に対して、ダイアナは何もしなかった。
エスメラルダが助力を求めたら力になるが、自分からは余計なお節介をするつもりはない。
元々色恋沙汰に関心が薄いのもあり、ダイアナからエスメラルダの心境を問うこともなかった。
ラブコメの終盤によくみられる、中盤までのワクワクから一変して鬱々としたシリアスモードな日々を送る中、調査報告書を携えた男性がアダマス邸を訪れた。
ダイアナにとっては待望の、シルバーにとっては破滅の瞬間がやってきた。
──解き放った死神が戻ってきたのだ。
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