素敵な淑女様
休憩時間中、立ち見の女性達はゾロゾロとトイレに向かったので、シルバー達も少し席を外すことにした。
もちろんトイレ目的ではない。
中身が男なので女子トイレに入ることはできず、かと言って男子トイレに入るのも見つかったら不味い。正体がバレたら袋叩きにあう。
休み時間もあの場所に立っていたら、不審に思われそうなので会場をブラブラして時間を潰すのだ。
同じことを考えたのか、ジャスパーとスレートも同じ行動をしている。
自然と四人は集まる形になり、奇しくも学園でコランダム女子が固まっている光景の再現になった。
「アレキサンダー王子ですよね……?」
一番小柄なスレートが、アレキサンダーに話し掛けた。
男子の平均身長くらいなので、女子にしては背が高い扱いされるが、彼は特に猫背にならなくても良さそうだ。
「そうだ。お前は留学生の……」
「スレートです。平民なので姓はありません。……もしかして平民の僕が、王族に話しかけるのはダメでしたか?」
「別に構わん。俺はプライベートで町に遊びに行くし、住民達とも普通に話す」
ルミと町デートしてただけなんだけどな。
「へえ……」
「王族なのに飾らないというか、フットワークが軽いというか……珍しいですね」
普段のアレキサンダーの尊大な様子を見ているからか、軽く驚いた様子のスレートと、感心した様子のジャスパー。
軽いのは頭なんだよな。
「アレキサンダー殿下と一緒にいるという事は、お隣はスターリング侯爵子息?」
「ああ。君はジャスパーだな」
「よく分かりましたね」
「君の瞳の色は特徴的だからな」
「……そうですか」
一瞬顔を顰めたジャスパーだったが、それは本当に瞬時のことだったので誰も気が付かなかった。
「お二人はどうしてここに?」
「ル……最近、女生徒の様子がおかしいのが気になってな。てっきり、いかがわしい集まりかと思ったが……」
いかがわしくはないが、恐ろしい魔女集会だ。
確かにコレを王妃に報告するのは憚られる。
NPC化した連中は、サロンの実態が外に漏れることによって、お取り潰しになるのを避けたかったのだろう。
「僕達もです。女子達が急に活動的になったので、原因を探るために来ました」
「国籍関係なく盛り上がるのは結構ですが、声高に『クズ男を駆逐してやる!』『女の力を思い知れ!』と叫んでいるのを見ると、男の俺としては複雑ですね……」
スレートとジャスパーが、苦笑いしながら話す。
会場にはコランダムファッションの女子がチラホラ混じっていた。
ジェンマ国のドレスを着ているが、おそらくコランダム人なのだろうと思われる容姿の女子もいる。
「ここで会ったのも何かの縁です。もしよろしければ今度、殿下達と一緒に城下町に遊びに行きたいです」
「機会があればな」
「やった!」
アレキサンダーとしては社交辞令のつもりだったが、ジャスパーは目元だけでもそうと分かるほど破顔した。
コランダムの男性は喜怒哀楽の表現がハッキリしている。こうも嬉しそうにされれば、悪い気はしない。
「……今度遊びに行くことがあれば、声掛けてやる」
「はい! 俺は親が手配した護衛が沢山いるので、下町でもどこでも行けます!」
「よっぽど深い場所に行かない限り、護衛は二人も居れば充分だぞ」
「大所帯は迷惑でしょうか?」
「大人数だと、店に入るのも予約しないと迷惑になるからな……」
妙なところで庶民的というか、手慣れているアレキサンダー。お前ちゃんと予約とか知ってるんだな。
店には配慮できるのに、なぜ婚約者には配慮できないんだ……
「でも連れて行かないと、外出許可がおりないんです」
「お前の親が許すギリギリの人数にして、コッチの護衛の数減らせばなんとかなるか……」
丁度その時、休憩の終了を知らせる鈴の音が響いたので、男達の集いはそのままお開きになった。
*
休憩後。代表者によって、各グループの結論が発表された。
最初にスッと立ち上がったのは、真っ赤なフルフェイスのマスクで顔を隠した貴婦人。
「ロゼ夫人だわ……!」
「あの方VIPコースの常連でしょ!? どうしてノーマルコースに?」
界隈では有名人なのか、スフィアとルミが囁き合う。
ロゼ夫人はビシッと独特な決めポーズをとると、口元を塞いでいるとは思えない程、よく通る声で宣言した。
「結婚中はボロ雑巾になるまでこき使い、再婚相手が見つかり次第捨ててやりますわッ!!」
彼女の声を聞いた瞬間、シルバーは顔を覆った。
ロゼ夫人の正体は、スターリング侯爵夫人だ。
非人道的な意見だが、彼女を支持する者は多いようで「ローゼ! ローゼ!」と会場中にコールが響く。
シンキングタイム中、入婿に対する女性達の忌憚ない意見を浴びせられたアレキサンダーは真っ青だ。
夫人の過激な発言に身震いする男達だったが、その後に「托卵してやる!」とか「弱み握って一生奴隷だ!」とか、更に上をいく意見が続いて生きた心地がしなかった。ヒエッ!
*
発表の後で、物語の後編が書かれた紙が配られた。
後編の内容は以下の通り。
『私』は母親の貴族のプライドを刺激して金を出させ、Aの素行調査を行った。
調査結果を父に突きつけた『私』は「大事な商会をAのような男にプレゼントするつもりか」と挑発し、父にAを処分させた。
その後、人を見る目を養うためとAに代わり『私』が支店長になった。
働きながら婿を選び直すもよし、ノウハウを会得後に独立もよし、社内での支持を集めて父親を蹴落とすもよし。
『私』の選択肢は無数にある、という終わりだった。
*
最後に発表した意見に対して投票が行われ、グループに順位が振られた。
上位グループは、ポイントカードにスタンプを押してもらえるようだ。
話し合いの様子を見回っていたスタッフによる評価も別口であるらしく、スフィアはエスメラルダからスタンプをもらっていた。
エスメラルダも目元を隠していたが、黒曜石のような彼女の髪は特徴的なので一目でわかった。
「……あのカードには、何か意味があるんですか?」
スレートが付近の女性に問いかけた。
「ポイントが貯まると、サロンのVIPコースに参加できるのよ!」
「VIPコース……?」
「今回はノーマルだから、解答編が用意されている創作話。VIPは参加者が自分の家庭問題を相談して、みんなで解決するの!」
初心者の存在を聞きつけて、彼等の元へ常連らしき女性達が集まってきた。
「私、何度かVIPコース参加したけど『こんなヤツ本当に居るの!?』って思うくらいのダメ男とか、頭おかしい義実家とか毎回凄いのよ! ……伝説回のアレ、覚えてる?」
「ああ。愛人作って『真実の愛だ』って開き直る『愛旦那』と、自分棚上げして嫁の気に入らない部分列挙する『モラ夫』ね」
「それ! 『愛旦那』は単なる痛いナルシストだけど、『モラ夫』はマジで腹立ったわ。こっちだって、お前に我慢してるんだっつーの!」
「「……」」
「参加者はベテラン回答者ばかりだから頼りになるし、行き詰まったらオフィシャルメンターのD導師が指南してくれるから安心よ!」
頭文字だけで、その顧問が誰かわかってしまった。
「公開する情報はフェイク混じりですし、匿名性は守られます! コランダムの方は優先的に相談権があるので、ノーマルの方でも帰りのアンケートに書けば採用してもらえるかもです!」
打ち拉がれるシルバーとアレキサンダーに、ルミがにこやかに告げた。
このサロン本来の趣旨は、留学生によるジェンマでの交流支援。
仮面もいかがわしい目的ではなく、身分関係なく自由に意見交換をするため。
あくまでメインターゲットは留学生。
コランダム人は別枠で席が確保されているので、エスメラルダに申請すれば、チケット争奪戦なしで参加できるらしい。
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