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政略結婚? はい、よろこんで!!

 澄み渡るような青い空。麗かな春の日差しの下。

 スターリング侯爵家の庭にある東屋で、一組の男女が向かい合っていた。


 かつては自慢の庭園として季節毎にガーデンパーティーが催された庭だが、今はその面影もない。

 何故なら、ここ数年侯爵家の台所事情は苦しくなる一方で食べられもしない花に予算を割く余裕などないからだ。


 花を育てるくらいなら、野菜を育てる。

 実はこの一角を除き、敷地の殆どは家庭菜園になっており、そちらの方に力を入れている。

 家庭菜園は侯爵家の貴重なビタミン源なので、使用人達のみならず主人である侯爵家の面々まで一丸となりシフトを組んで世話している。

 しかし花の方は庭師のジョニー(腰痛持ち)が一人で世話をしているだけだ。

 広大な庭園をワンオペ整備しなければいけないジョニーの為、腰に負担がかかるような作業は免除され、庭のデザインも極力人手を必要としないよう簡略化されている。うーむ、ホワイトなのかブラックなのか判断し難い職場だ。


「俺達は政略結婚だ。俺は君を愛するつもりはないし、君もそんな無駄なことは期待しないでもらいたい」


 男は開口一番に「何ほざいてるんだこの野郎」と殴りたくなるような台詞を吐いた。

 Web小説でしか許されないトチ狂った所業だ。こんな宣言する奴本当にいるんだな。


「仕方なく君と結婚するが、俺には愛する人がいる」


 仕方ないなら辞退しろや。結婚するなら別れろや。

 全世界の女性達にタコ殴りにされそうな調子に乗った発言である。


「お望み通り侯爵夫人にしてやるんだから、俺の行動を制限しないでもらいたい」


 シルバー・スターリングから一方的な言葉をぶつけられているのは、彼の婚約者であるダイアナ・アダマス男爵令嬢だ。


 侯爵家の嫡男に、男爵令嬢が輿入れ。

 聡い人間はこの時点でピンとくる。そう、金の無い侯爵家と金はあるが爵位が低い男爵家で交わされた政略結婚だ。別名・札束ビンタ。


 シルバーが話し始めてから、ダイアナは俯いてプルプルしている。

 もしココに第三者が居れば「怒りで震えているんだな? やっちまえ! 俺が許す!!」と拳を握って応援しただろうが、彼女にそんな度胸はない。


 ダイアナの父・クレイはワンマンで銭ゲバなオラオラ系中年だが、一人娘のダイアナは早くに母親を亡くしたこともあり非常に内気で気弱な少女だ。

 但し大人しいからと、何も感じないわけではない。

 幼少期から我慢し続けていた彼女は、怒りを口に出すことも、他人を攻撃することも経験がなさすぎて、感情をどう発露すれば良いのか分からないのだ。


 この話し合いですらない、一方的な言葉の嵐にダイアナは深く傷ついた。

 屈辱で目頭が熱くなり、頭が痛くなった。元々彼女は頭痛持ちで、感情が高まるとズキズキと痛むのだ。


「お互い自由に過ごそう……」

「──ッ!!」


 聞くに堪えない妄言が耳に入った瞬間、一際強く頭に痛みが走った。


(あれ?)


 スゥーッと痛みが引くと同時に、視界がクリアになる。

 一枚ヴェールが剥がれたように、ダイアナの目に映る世界が鮮明になった。

 水に色水が溶けるように、それは自然に、彼女に何ら負担をかけることなく、即座に混ざり合った。


 この時、彼女の中で混ざったのは二つの記憶。すなわち十六年間、ダイアナ・アダマスとして過ごした己と三十七年間、斉橋 奏江として生きた記憶。


 前世の記憶を取り戻した彼女は、パチパチと瞬きした。


「あの、シルバー様。私、頭痛が酷くて、今されていたお話の一部しか頭に入ってこなかったんですが。ええと、私とあなたは政略による婚約関係という事でお間違いないでしょうか?」


 自分が言いたいことを話すのに夢中になっていたシルバーは、ココでようやくダイアナの様子に気がついた。


 彼が得意気になって語っていた言葉は、記憶を取り戻した彼女の頭からスポーンと抜けていた。

 前世思い出しあるあるの発熱や昏睡を伴うことなく、スムーズに記憶の統合がなされたが、それでも前後の記憶は曖昧になった。

 シルバーの自分勝手な主張を聞いた瞬間は傷付いたが、今はその感情すら残っていない。

 覚えなくても全然構わないどころか、下手するとトラウマ物なので忘れてしまった方が良い記憶だ。


 彼女の記憶に残っているのは、序盤の「俺達は政略結婚だ」の部分だけだ。


「そうだ」

「──や……」


 少女の口から漏れた声は小さ過ぎて、シルバーは聞き取れなかった。

 ダイアナと話すのは今日が二回目だが、初対面の自己紹介も、声が小さくてよく聞こえなかった。

 馴れ馴れしくされても嫌だが、何を言っているのか分からないレベルの声量で、オドオドされるのも鬱陶しい。


「今更嫌だとでも言うつもりか?」


 うんざりした様子を隠そうともせずに、シルバーは吐き捨てた。

 お前本当、いい加減にしろよ。その服も、今日の食事も全て出所はアダマス家の金だ。

 お前が昨日ドヤ顔で収穫したアスパラガスも、どこからともなく勝手に生えてきたわけじゃないんだぞ。

 その種も肥料もアダマス家からの援助で購入したものなんだからな。


「やったー!!! 政略結婚できるなんて嬉しいです!! ああ、本当夢みたい!! 夢なら老衰で死ぬまで醒めて欲しくないわ!!」

「は?」


 宝くじで一等が当たった人みたいな反応だ。

 満面の笑みのダイアナにキラキラどころか、ギラギラした瞳で見つめられてシルバーはのけぞった。


「あ、ごめんなさい。嬉しくて涙が……」


 ダイアナはハンカチで目元を押さえた。

 元はショックと頭痛で涙ぐんでいたのだが、その辺の記憶が抜け落ちている彼女は嬉し泣きと捉えた。

 ナチュラルメイクなのか、ウォータープルーフばっちりなのか分からないが、拭われた目元は綺麗なままだ。


 ここで描写すべきかは意見が分かれるだろうが、ダイアナは淡い金髪、赤銅色の瞳の儚気な少女だ。

 顔は整っているのだが、全体的に地味な為、よく見ないと美少女だと気付かれない。影が薄いとも言う。


 シルバーは銀髪、灰青色の瞳で華やかな美貌の青年だ。身長や体格にも恵まれている。クラスどころか学校でもトップスリーに入るレベルのイケメンである。


 話は戻るが、理解の範疇にない反応をされて、シルバーはたじろいだ。


 他の国はどうかわからないが、少なくともジェンマ国で政略結婚は良いイメージがない。


 一昔前までは普通に行われていたようだが、徐々にその数は減り、現在の国王が恋愛結婚をしたのが後押しとなり、今や恋愛結婚大正義時代だ。


 政略結婚する者など、政治的なしがらみが多い一部の高位貴族や、シルバー達のようなワケアリくらいなものだ。

 どちらも嫌々ながら受け入れざるを得ないのが現状だ。


(俺だって本当はスフィアと結婚したかった)


 王立学園に入学して間も無く、二人は出会った。

 その頃は、まだ支援なしでもスターリング家はギリギリやれていたので、シルバーは自由な恋愛を楽しんだ。

 ギリギリ状態なら、彼女といちゃついてないで家の建て直ししろよ。これだから危機感のないボンボンは。


 シルバーがスフィアと青春を謳歌していたら、あれよあれよという間にスターリング家は傾いた。最初は十度くらいの傾斜だったのに、最後はほぼ垂直だった。


(スターリング家を狙った、クレイ・アダマスの策略がなければ、俺も愛のある結婚ができたはずなのに……!)


 当時、シルバーは特に何かをした覚えはなく、没落の原因に心当たりはない。


 クレイは直ぐに侯爵家の窮状を聞きつけて、援助を引き替えに婚約を迫ってきた。

 スターリング家は、あの男にハメられたに違いないとシルバーは考えている。

 アホか、無策だったから急激に没落したんだよ。クレイは遣り手だから、情報が早いんだよ。後継なのに没落の原因がわからないの問題だろ。

 この時点でやってはいけない判断ミス三連発である。

 シルバーは一人息子であり、よっぽどの理由がなければ彼が優先的に家を継ぐことになる。


 もしダイアナが、先ほどの彼の身勝手な言動を親にチクったら「適性に問題あり」と判定されたかもしれないが、幸か不幸かそうはならなかった。

 記憶を取り戻す前の彼女は密告できるような度胸はないし、記憶を取り戻した彼女は覚えていない。運の良い野郎である。


 そんな勝手極まりない思い込みで、ドアマットヒロインにされかかったダイアナは、ヤベェ拗らせ女の記憶を取り戻したことでドア『マッド』ヒロインに進化した。


「結婚を周りがお膳立てしてくれる。しかもイケメン、侯爵家……幸せぇぇ」


 シルバーの本音は紛うことなくクズだったが、新生ダイアナも相当だった。

 案外、破れ鍋に綴じ蓋のお似合いな二人かもしれない。


 ダイアナの前世・斉橋 奏江がどんな女だったかは、次の話で語ることとする。

 二人の会話劇は一旦中断されるが、ダイアナがどんな拗らせ女か説明しなければいけないので、一話だけ我慢してお付き合いいただきたい。

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