ふーんピンチじゃん
その日、ダイアナは学園内のカフェテリアに婚約者のシルバーを呼び出した。
実は彼女がシルバーと校内で接触するのは、この日が初めてである。
ダイアナはシルバーを将来の伴侶として気に入っているが、恋愛感情を抱いているわけではない。
彼女は婚約者とは友好的な関係を築きたいと考えているが、親密になりたいわけではない。
同じ学校に通っているからと言って、登下校を共にしたり、昼食に同席するなどのベッタリとした付き合いは望んでいないので、お互いに自由に過ごしている。
ダイアナはシルバーと会話して楽しいと感じているが、なら会話するために会いに行くかといえば、それはノー。
夜会などのパートナーが必要な時に、一緒に過ごせばそれで充分満足なのだ。
ある意味貴族らしい感性の持ち主である。
じゃあ覚醒後のダイアナは、日々をどう過ごしているかと問われたら、実は覚醒前とあまり変わりない。
以前のようにステルス機能をオンにしたりはしないが、至ってマイペースに好きなことをして休み時間を過ごしている。
変わったことといえば、昼食が弁当から食堂での食事に変わり、本を家から持参するのではなく図書館へ読みに行くようになったこと。
その日の気分で食べたいものを食べ、読みたい物を読む形にマイナーチェンジしただけだ。
クラスメイトから話しかけられれば会話するし、挨拶もする。
中には新生ダイアナの軽妙な語り口に、好感を抱いた者も居るが、周囲の目を気にして彼女と友達になろうとする人物は現れていない。
仮令自分がダイアナと友人になりたいと思っても、周りの目を気にする貴族としては、金で爵位を買ったアダマス家の娘と親しくするのは、それだけ勇気のいることなのだ。
その意味ではエスメラルダの行動は奇特の域に達しているし、それを後押ししたサフィルスが如何に偏見のない人物か度量の大きさを示していることになる。
エスメラルダとは、放課後や休日に一緒に過ごす仲だ。
学園は成績+家柄でクラス分けされているため、二人のクラスはかなり離れている。
ワンフロア程度ならまだしも、校舎が違うので休み時間に会うのは時間のロスが大き過ぎる。普通に過ごしていれば擦れ違う事すらないので、特に隠しているわけではないが二人が親しいことに気付いている者は居ない。
*
「シルバー様。本日はお時間いただき、ありがとうございます」
「俺達は婚約者なんだから、これくらいは構わないさ。でも珍しいな、君から俺に話があるなんて」
「シルバー様と親睦を深めるついでに、例のリストの進捗を確認したくて」
シルバーの代役となる人物のリストを持ち出されて、彼の顔が引き攣った。
例のリストは、シルバーが死亡もしくは、侯爵家の後継として不適格と判断された場合に適用される。
そんな縁起でもない物の仕上がりを、本人に確認するついでに親睦を深める……? すげぇ高度なシルバー虐じゃん。もしかしてダイアナお嬢様、スフィアとシルバーの仲が続いてるの気付いてる?
そんな特殊なプレイを強いてくるダイアナに、口元をピクピクさせながらシルバーは正直に答えた。
「すまないが、俺の従姉妹は全員女で近親者に年頃の男性がいないんだ。妥協案がないか、父とアダマス男爵が話し合う必要がある」
これは嘘ではない。
シルバーには十一人の従姉妹がいるが全員女。
そんなことってある!?
先代国王もだけど、この国の高位貴族、呪われてるんじゃなかろうか。
内訳は三姉妹が二組、二人姉妹が二組、一人娘が一組。従姉妹だけでサッカーチーム作れちゃう。ジェンマイレブン!
従姉妹よりも離れた存在となると、まだ幼児だったり、既婚者だったり、ハードゲイをカミングアウトしていたりと軒並み結婚相手としては厳しい相手だった。
「……そうですか」
仮令父親同士が折衷案を出したとしても、彼女が求めている『確実に結婚する』が実現するとは思えない。
こればかりは仕方の無いことなので、ダイアナも文句を言うつもりはないが、テンションが一気に下がった。
*
「そうだ! シルバー様にお話ししていなかったんですが私、エスメラルダ様とお友達になりました!」
「エスメラルダというと、……もしかしてオブシディアン公爵令嬢か!?」
憂鬱な気分を払拭しようとするかのように、努めて明るい声でダイアナは話題を変えた。
「そうです! 今一緒に、婚約者の素行調査中です!」
「…………なんて?」
「ですから、お互いの婚約者について素行調査を一緒に依頼したんです。結果が出たら、見せ合いっこする約束です」
「──!!??」
死角からのクリティカルヒットに一瞬意識が遠のいたシルバーだったが、何とか持ち直した。
(頭おかしいんじゃないのか!?)
そうだよな。ノリおかしいよな。しかも、それを本人に言うなんて、頭おかしいとしか思えないよな。
「そそそそそそれはいいいいいつ?」
「依頼した日ですか? 結果が出る日ですか?」
貴族たる者、動揺を表に出すべきではないが無理だった。
表情は何とか取り繕ったシルバーだが、声が完全にバイブレーションモードになった。ブブブブ……
「ど、どっちもだ!」
「依頼は『ちょっと前』です。結果は調査内容次第なので何とも……」
「わっ、悪い。外せない用事があったのを思い出した! 今日はこの辺で失礼する! この埋め合わせはどこかで!」
わかりやすく慌てながら、シルバーは退席した。
「──シルバー様は、素直と言うべきか、貴族としては頼りないと言うべきか……まあ、行動が読みやすいのは便利ですね」
走り去る婚約者の背中を眺めながら、ダイアナは眉を下げた。
本人無自覚っぽいが、「便利」とか人を評する時に使う言葉じゃないからな。
彼女は口を滑らせたのでも、無神経な訳でもない。いや、無神経についてはあながち否定できない。
先日の夜会でシルバーとアレキサンダーが親しい仲だと把握したダイアナは、意図的にシルバー経由でアレキサンダーに調査の件を知らせることにした。
民間の探偵と違い、王家の影は情報収集力が段違いだ。
ダイアナとエスメラルダは同時期に依頼したが、アレキサンダーの調査については終盤に差しかかっている。
二人の婚約は幼少期に結ばれたので、有責対象となる期間が長い。
そのため、アレキサンダー有責での婚約破棄に必要な情報は直ぐに集まった。
国王夫妻は度々息子の態度を注意していたが、アレキサンダーは親のお小言と捉えて真剣に聞かないどころか、指摘されれば、されるだけ反発するようになってしまっていた。
親としてその場その場で叱責するのだが、思春期の息子は不貞腐れるばかりで、お手上げ状態だった。
オブシディアン公爵夫婦にしても、エスメラルダにとってアレキサンダーは婚約者である前に従兄弟なので、普通の恋人のような付き合いにはならないだろうと様子を見ていた。
エスメラルダが何も言わなかったので、二人の間に胸をときめかせるような恋心はなくても、そこには家族愛があり、アレキサンダーの不遜な態度は彼女に甘えているからだと考えていた。
しかし、彼女に甘えていたのは親の方だった。
両家の親はそれなりに状況を把握していたのだが、長くこの状態が続いていたので、些か麻痺していた部分があった。
今回、改めて調査を行い、報告書という形にすると、アレキサンダーの所業は目に余る物だった。
エスメラルダが忍耐強過ぎたのもあるが、それにしても長い間、少女一人に負担をかけ過ぎていた。
国王は息子の生殺与奪権を、エスメラルダに与えることにした。
今、アレキサンダーの命のロウソクは彼女が持っている。両家の親がそれを許した。
エスメラルダの気持ち一つで、いつでも婚約破棄できるし、やりようによっては社会的に殺す事も可能だ。
もし彼女の目的がアレキサンダーの断罪一択なら、何も本人に伝えず、唐突に「お前はもう(社会的に)死んでいる」と死刑宣告を突きつければ終わりだ。
しかしエスメラルダの望みが固まっていないなら、選択肢を増やすべきだとダイアナは提案した。
それが先ほどの情報漏洩に繋がる。
本当は身辺調査なのだが、ダイアナはあえて範囲の狭い『素行調査』と伝えた。
素行調査は直近の振る舞いのみを調査する。
これでアレキサンダーが行動を改め、その内容にエスメラルダが納得するなら再構築の余地あり。
もし、再構築後に油断したアレキサンダーが元の状態に戻ることがあれば、その時には取得済みの情報で容赦無く断罪すれば良い。
幸いギャラン帝国のドゥ皇帝は、今もアレキサンダーに興味があるようだ。
『ざまぁ』された生意気おバカな王子が、国外追放になりドSな皇帝に飼われる……探せば、そういうBL小説ありそうだな。
とにかく国内で居場所を無くしたクリスマスリースを外にぶん投げても、ちゃんと受け止めてくれる支柱はあるので、エスメラルダの良心が痛むことはないだろう。……この表現アウト? 輪投げって意味だよ! 隠語じゃないよ!!
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※アレキサンダーは当初赤髪緑目でしたが、ラストのネタを使いたくて、色彩逆転させました。