吊り橋効果なんてなかった
書籍3巻を購入していない人向けに説明するぜ!
3巻の書き下ろしでは、ダイアナお嬢様が遊園地を作るんだ!
このSSはその派生だ。単独でも読めるよう説明したから、投稿サイトの規約違反じゃないよな!
なんでこんな部分ピックアップしたんだって?
書きたくなったからだよぉ!!
ダイアナがプロデュースした遊園地のオープンが差し迫った頃。執務室にて秘書官のメノウがサフィルスに告げた。
「殿下。プレオープンの日ですが、婚約者様とお二人でまわれるよう手配いたしました」
「それは……。うん、ありがとう」
したり顔のメノウに、複雑そうな顔をしつつサフィルスは礼を言った。
幼い頃にサフィルスの側近候補として城に連れられてきたメノウは、卒業と同時に王太子の秘書に就任した。
宰相の娘と婚約しているが、学生時代は自由にしたいなどと言って編入してきた男爵家の庶子に入れ込むこともなければ、病弱な幼馴染みを優先することもなかった。
婚約者とは年の差があるので、彼女の成人を待って結婚予定だ。
長い付き合いなので、メノウはサフィルスの気持ちを察している。
この穏やかな王太子は、自分のことを面白みのない人間だと認識している。
メノウからすればそんなことはないのだが、堅実で賢明な生き方をしているので、そう思い込むのも仕方がないだろう。
人は自分にないものを他人に求めるというが、サフィルスの場合は女の趣味がそれであった。
サフィルスと同様に見た目は整っているが地味な印象を与えるダイアナ・アダマスだが、その中身は他に類を見ないほど破天荒で、やることなすこと想像の斜め上をいく。
自分の欲望に忠実でありながら、恐ろしいほど理性的で合理的。好き勝手しているようで、越えてはいけない一線を越えることはない。
メノウは二人の関係を、猛獣とそれを放し飼いにして愛でている飼い主だと思っている。
ダイアナと婚約してからのサフィルスは、毎日楽しそうだ。結構なことである。
王太子妃としては年齢がいってから婚約したので、ダイアナには学ばなければいけないことが山積みだ。
サフィルスも王太子としての立場は安定しているが、そのぶん責務も多い。
自由になる時間が無いわけではないが、スケジュールを合わせるのは難しい。
だからこそ貴重な機会に是非仲を深めて欲しい。
誰かが背中を押さなければこの二人は進展しそうにないので、メノウは秘密裏にお膳立てした。
「お化け屋敷には絶対に行ってくださいね。緊張や恐怖によるドキドキを、一緒にいる相手への恋愛感情だと錯覚することがあるそうなので」
「錯覚じゃ意味が無いんじゃないか?」
「気付かなければ、勘違いも本物になりますよ」
「騙すみたいで気がひけるんだが……」
「テクニックのひとつと考えてください」
「それもそうか」
「アトラクション内に、カップル向けに狭い空間で二人きりになれるスポットを用意してもらったので楽しめると思いますよ」
更にメノウは「盛り上がったからといって、羽目を外し過ぎないでくださいね」と言った。
「余計なことを」
「まあまあ、そう言わず。楽しんできてください」
苦笑する王太子を、秘書は笑顔で送り出した。
*
この施設はダイアナが手がけたものなので、お化け屋敷についてもどんな仕様になっているか本人は当然把握している。
舞台裏を知っているダイアナがメノウが期待するような反応をするとは思えないが、もしもということがあるのでサフィルスは部下の心遣いを無駄にしないことにした。
「子供も入れるんだね」
入り口には魔法使いのようなフード付きのマントを装着した少年と、子供サイズの魔法の杖を持った少女がいた。
仲良く手を繋いで、親らしき大人と一緒にアトラクションの説明を受けている。
「あちらはノーマルモードなので、絵本の内容に添った全年齢ルートです」
この遊園地は一冊の絵本をもとにして作っているので、アトラクションの内容も準拠している。
「入り口が二つあるのは、ルートが二つあるからか」
「右がクルーが付き添うノーマルモード。左が付き添い無しのハードモードです」
サフィルスの言葉に頷くと、ダイアナは左右の入り口について説明した。
「受付でマントと杖を売っているけど、何か意味があるのかな?」
「ノーマルは、課金の有無でストーリーが変わります」
サフィルスの問いに、ダイアナがパッと顔を輝かせて答える。
ジェンマ国王太子の婚約者は細やかな性格というより、商機に敏感なのである。
「通常はクルーに誘導されて、森を通過してお終いです。有料オプション購入者がグループにいる場合は、最後に分岐して森の呪いを解く展開になります」
ノーマルモードは、脅かし役が存在しない無人のルートだ。
客を先導するクルーが設置している仕掛けを作動させて、ストーリーを進める形になる。
幼い子供も薄暗い屋内を歩かせるので、クルーは客を誘導すると同時に事故が起きないよう監視する役割も兼ねている。
「抜け目ないね」
「収益を上げなければ、商売として成り立ちませんから」
ワークショップのような有料アトラクション以外にも、こうした課金要素は随所にちりばめている。
利用するかどうかは客の自由であり、追加料金を払った人間はそれに見合うだけ楽しめるようにしている。
子供向けのマントと杖を装備した人間は、フードスタンドでオマケがついてきたりと、お化け屋敷以外でも何ヵ所かで優遇措置を受けられるのだ。
ダイアナの説明にサフィルスが感心していると、建物内から断末魔のような悲鳴が聞こえてきた。
隣にいるダイアナが平然としているので、空耳かと思ったが「生の悲鳴は最高の演出ですねぇ」と、彼女はなんてこと無いように言った。
気のせいではなかったようだ。
「……僕もあの絵本を読んだけど、そんな恐ろしい描写はなかったはずだが」
絵本では亡霊が彷徨うという噂の森を、主人公の兎・ロップが怖がりながら通り抜けるだけのシーンだった。
森が出てくるのはわずか3ページ程度で、お化けが木の陰から主人公を見つめていたが、直接接触したり驚かしたりはしなかった。
「そこは大人向けにアレンジしています!」
むふーとドヤ顔のダイアナ。とても可愛いが、きっとそのアレンジは可愛くない。
サフィルスの聞き間違えでなければ、声の主は成人男性だった。
大人の男が叫ぶほどのアレンジとはいったい。
「絵本をもとに作った遊園地なので、ここは子供向けのお化けの森なのですが、ハードモードはそこに棲み着いた殺人鬼が、森に迷い込んできた人間を手当たり次第に殺すという設定です」
「……」
「森は一種の霊場なので被害者は動く死体となり、光に群がる虫のように生きた人間=客に引き寄せられます。死者に脅かされながら、殺人鬼から逃げるというストーリーです。薄暗いので配役を区別できるよう、殺人鬼はロップの着ぐるみを頭だけ被ってます」
「……」
「通常の着ぐるみと違って、黒目がなく白目だけなので中々不気味ですよ!」
B級映画かよ。
「……メノウは、カップル向けに二人きりになる場所があると言っていたけど」
「ああ。終盤で小屋に逃げ込むはめになるんですよ。窓の隙間から死者が覗き込んできて、殺人鬼が扉を壊そうとする演技をします。小屋の中に脱出の手がかりが書かれているので、隠し通路を見つけられたらゴールです」
結構ガチだ。
(メノウ――!)
なにをどうやったら、その状況でイチャつけるのか。
ドキドキを恋愛感情と誤認するどころか、パニックで本性が出て破局しかねない演出だ。
こうして会話している間にも、悲鳴や叫び声が聞こえてくる。
サフィルスはポーカーフェイスの下で、腹心を罵倒した。
だが彼の名誉のために言っておくが、メノウはダイアナお嬢様に「二人しか入れないような空間を作り、カップルを対象とした演出を加えて欲しい」としかお願いしていない。
それをダイアナお嬢様が「閉所による恐怖スポットを作りつつ、暗いからとイチャつかないようにしろってことか」と超解釈しただけだ。
ダイアナは長年独り身だったので、自然と思考回路が恋人達を盛り上げる方向ではなく、取り締まる方向にいってしまったのだ。
「実はハードモードの脅かし役は、一般クルーの中でダントツ人気職なんです」
「どうしてだい?」
嫌な予感がするが、聞かずにはいられない。
「所詮は作り物と舐めた態度の連中を、思う存分フルボッコにできるからです。独り身の人間が多いので、カップルがやってきたときなんて迫真の演技ですよ」
ダイアナも婚約者がいなければ、嬉々として応募しただろう。
カップル倒すべし!! リア充しばくべし!!
「恐怖は伝播しますからね。『泣いてからが本番』『リタイアの数だけ飯が美味い』をスローガンにしています」
(余計なことを!)
市民の間でサフィルスとダイアナは、身分差を乗り越えたロイヤルカップルだ。
王太子だろうと全力を出すに違いない。
「仕上げは出口でクルーが『どの演出が一番怖かったですか?』と質問するんですが、客の返答に対して『おかしいですね。そんな演出はないはずですが』と首を傾げるんです!」
やめい。
夜にトイレ行けなくなるじゃん。
アトラクションの終了と同時に、恐怖も終わらせてやれよ。
思い出が一番のお土産って言うけど、そんな土産いらないから!
「……」
「そんなに興味があるなら、実際に体験しましょう。ハードでいいですか?」
「ノーマルの方にしておこう」
生々しい悲鳴をBGMに、サフィルスはキッパリ言い切った。
今日も堅実で賢明な王太子であった。
2週連続でギャラン帝国編が電子書籍になります。
上下巻構成で3巻は1/23、4巻は1/30です。
どちらも書き下ろし番外編つきです。
よろしくお願いいたします!