犯人たちの事件簿(下) ストロングゼロ野郎
全てがぶっつけ本番なので、ここ2日くらいは緊張と不安で眠れませんでした。
女公爵が来るはずだったのに、まさかの王族が単身で来るとか訳わからない展開になりましたが、まあ問題ないでしょう。休暇中の警吏とか、名探偵とかじゃないから計画に支障はないはずです。
心配だった旦那様の長台詞もバッチリ決まりました。
自然な流れで、必要なキーワード全部言えたと思います。
この日のために、演技の勉強と続けたかいがあります。やはり練習あるのみ。恨み・努力・勝利!
数ヶ月に渡る練習の甲斐あって、晩餐会も包帯ポロリすることなく無事終わりました。完全犯罪も日々の積み重ねが重要ということです。やはり努力……努力は裏切らない!
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(あたし何してるんだろう)
横たわる旦那様の周囲に蝋燭を立てながら、ふと虚しくなりました。
この光景、俯瞰してみるとかなりシュールです。
旦那様は目を閉じて、じっと横たわっています。
お互いに会話もなく、あたしだけが黙々と作業する微妙に居心地の悪い空間です。
ちょっと気まずいので、旦那様の顔にハンカチかけたくなりました。理髪店で髪を洗う時のような感じです。どこかの国では死者にもするみたいですが。
でもうっかり回収し忘れたら不自然になるし、手元が狂ってハンカチに火がついたら台無しになってしまうので、止めておきました。
「――!?」
集中力を切らしたからか、蝋が垂れて旦那様の太ももに落ちてしまいました。
服越しでも熱かったようで、一瞬体が震えましたが叱責はありませんでした。
いや本当に何してるんでしょう。
犯罪計画というか、マニアックなプレイに付き合わされてる気になってきました。
犯罪ってシラフじゃできないのかもしれません。
二箱分の蝋燭を並べきり、眠らせていたマウスを頸椎脱臼させて扉付近に隠しました。
シスト様から手順を聞いたときは怯みましたが、実際やってみたら調理前に鳥の羽を毟った時の方が精神的にキツかったです。
*
劇団で喉を開く方法を取得していたので、悲鳴は上手くいきました。
過去最高に声が通ってたんじゃないでしょうか。実は本番に強いタイプかもしれません。
シスト様が傀儡師のように他の面子を連れ出した後は、急いで部屋に戻ります。
「おまたせしました!」
「成果は……?」
「順調ですっ」
包帯を外し、寝間着に着替えたラズリ様はすっぴん状態。
そこに手早く薄化粧を施して、偽装すっぴんに仕上げます。時短メイクもお手の物です。
スピードと仕上がりを見事に両立! 怖い! 自分の腕の良さが怖い!
*
目的そのいちを果たし、証言者にも連中が報復されて然るべき人物であると認識させることができました。
執事の遺体からマスターキーを回収する流れで、部屋を施錠。
死んだフリがバレないようにし、シスト様がマスターキーを持っていると全員に印象付けることに成功しました。
(今のところ予定通り。あとは──)
「この後は各々自室で就寝するのか?」
「え?」
「この島には殺人犯が潜んでいるんだろう」
眠そうなヴァル殿下が、シスト様に問いかけた。
「そうですね。客室には鍵があるので施錠すれば──」
「この屋敷の鍵くらいなら、素人のボクでも簡単に開けられる」
殿下はやる気なさげに宣言すると、扉に近づいてデモンストレーションしてみせました。
(いや、そんな手慣れた素人おる!!??)
え。待って。
王子様なんですよね。なんでそんなに手際いいんですか?
「えーっと、普通は鍵開けなんてできないと思いますよ」
「銀行の金庫じゃないんだ。個人宅の鍵なんて簡素なつくりだから、その気になれば簡単にマスターできる」
(できねーよ!!!!)
そんなにホイホイ鍵開け習得できたら、この世は泥棒し放題ですよ。鍵の意味なくなりますよ!
「えーっと。じゃあ鍵を信じられる人は部屋で休んで、そうじゃない人はリビングルームで固まって夜を明かしますか……? ソファがあるので、二人までならベッド代わりに使えます」
「他の部屋の長椅子を持ってくれば、希望者全員横になって休めるだろう」
「それがいいですね!」
「ああ! 僕も構わない!」
ヴァル殿下の言葉に、標的二人が食いつきます。
(嘘でしょ!?)
部屋に戻ったところで片方を殺す計画だったのに、流れが変わっちゃったんですけど!
滞在期間が短いから、一日一殺しないと間に合わないんですけど!!
狙われてない自信のあるアンドリュー様、クレイ様は部屋に戻ってしまいました。
あたしとラズリ様は、男性と雑魚寝することはできません。
結局シスト様、ヴァル殿下、連中が一晩同じ部屋で過ごすことに。地獄かな。
*
翌朝。予想通りシスト様はひどい顔でした。
たぶん一晩中、計画の修正を練っていたんだと思います。
なにせ全部ぶっつけ本番ですからね。どこかで打ち合わせしないと、誰も動けません。
「……この方、全然起きませんね」
巻き込まれた人達もあまり眠れなかったのか、かなり早い時間にダイニングルームに集まりました。ひとりを除いて。
その例外であるヴァル殿下は、リビングのソファで熟睡しています。
あたし達が喋っていても、全く起きる気配なし。神経太すぎでしょう。
「殿下、起きてください」
自然に起きるのを待っていたら昼になりそうなので、シスト様が起こしにかかりました。
「……」
「あっ、ちょっと! 二度寝しないでください!!」
シスト様の奮闘もあり、ヴァル殿下は漸く起きてくれました。
そして誰よりもモリモリ朝ご飯を召し上がりました。見た目に沿わず図太い方です。
*
「不測の事態が起きる度に計画を修正して、隙を見て情報共有するのはキツイ」
「修正はともかく、連絡手段がネックですね」
「今回は僕がトイレに行くふりをしてディーンさんに説明しに行くから、君達は連中を見張ってくれ。こうなったらもうフィジカルでゴリ押ししよう」
……雑ぅ。
え。一気に雑になりましたね。
でもよく考えなくても、あたし達は素人集団。いくら作戦立てたところで、一発で大縄跳び成功させるなんて無謀だったかもしれません。
当初は全員で工程を分担して繋ぐ予定でしたが、シンプルにSATSU−GUYsした方が成功率が高そうです。
シンプル・イズ・ベスト。
料理と一緒で、初心者は己のレベルに合ったものからチャレンジするべきだと反省しました。
そしてシスト様が部屋へ帰ってきた直後に、外に追い出した三人組が四人組になって戻ってきました。
ちょっと何言ってるかわからないと思いますが、あたしもよくわかりません。
え? 本当にこの島に第三者が隠れていたんですか?
「さて、今回の事件だがそれなりに良いアイディアだったと思う──」
連れ帰った四人目の説明もなく、ヴァル殿下による謎の時間が始まりました。
微妙にディスっているような、なんとも言えないアドバイスが続きます。
旦那様の渾身の演技をこれみよがしと言われ、考え抜いたメッセージをあからさま扱いされました。
見通しが甘い。演出が稚拙。
自信満々に提出した作品を、他の生徒の前で酷評されたようなものです。
やめて! 公開処刑しないで!
痛い痛い。全部刺さってる! 胃がっ! 心が死ぬぅ!
ふと見回したら、何故かクレイ様も顔色悪くしています。
脂汗かいてるし、微妙に前かがみになっているのでお腹が痛いのかもしれません。
「──……偶居合わせた人間が邪魔するのは忍びない。人付き合いは、相手の立場を尊重することが大切だと教わったんだ」
嘘でしょ。
知らない間に協力者増えてるとか。そんなことってある!?
というか、尊重してそれですか?
むしろ計画狂わされてた気がするんですが、あれで気を遣ってるつもりだったんですか?
……もしかして鍵の件。連中が部屋に籠もらないよう、手助けしたとか言いませんよね?
*
その後の展開は、一言で表すと悪夢でした。
結局あれだけ努力したのに、ひとりも殺せないまま計画は失敗に終わりました。
無力なあたし達は、連中が乗った船が島を遠ざかるのを見送ることしかできず。
シスト様が隠れている旦那様を呼びに行き、あたしはこっそり爆発物を処分することにしました。
放置して、不発弾みたいになったら怖いですからね。
「複数仕掛けているなら手伝おう」
「!?」
「爆発物の回収に行くんじゃないのか?」
「!!??」
そこまで見抜いてたんですかこの人!?
っていうか、そんな建物であれだけ熟睡して、食欲衰えないとかどんな神経してるんですか!?
メンタルストロング! デリカシーゼロ!
あたしは震えあがりました。
文化の違いとか、身分の違いなんてものじゃなく、根本からあたしたちとは別の生き物だと思いました。
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「──……こうして謎はすべて解かれました」
──お疲れ様でした。まあ、復讐は完遂されたし、手を汚さずに済んでよかったじゃありませんか。
「その点はありがたいですね。十年くらい寿命縮んだ気がしますが」
──最後に言いたいことはありますか?
「ありがとう名探偵! でも、もう二度と会いたくありません!」
これにてコランダム編は完全終幕です。
オマケまでお付き合いいただき、ありがとうございます!
この後は作品を完結済みに戻します。
予定が未定なら締める。いつものパターンですね。
「連載中」と「完結」を反復横跳びしても、初回以外「完結した小説」に反映されないらしいので誰かの迷惑になることはないでしょう。
しれっと神聖国編とかグラストン編とかやりはじめたら「はいはい。これまたいつものパターンね」と思ってください。