犯人たちの事件簿(上) 殺らないか
これは……偶然居合わせた名探偵によって犯行を滅茶苦茶にされた──「犯人」達の物語である!!
「犯人のひとり──カイヤです。これからご覧いただくのは、あの事件の下準備から始まる本番の裏側です。メインストーリー未読の方は、コランダム編『魔王城に一番近い村』〜『暇だろ?』をお読みください」
──メタ発言止めてください。それ許されるの地の文だけなんで。
「コランダム編は群像劇なのでつまみ食いすると、驚き半減するという意見もありますが、読書なんて好きなように読めばいいんですよ……というわけで、本編スタートです!!」
──圧が凄い。負い目がなければ、こんなに強いタイプなのか。これならあのマイカ殿とも渡り合えそうだな。
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絶海の孤島殺人事件。
クォーツ諸島にある離島のひとつで催された、フロレンス商会の新しい商会長のお披露目会。
しかしそれは標的と証人を集めるためのダミーであり、真の目的は八年前に『ラズリ・プレーズ』の死に関わった者達への復讐だった……!
あたしたちの目的はふたつ。
八年前の真相をウヴァロとロードライトから聞き出すこと。
そしてもしラピス様の死に関与していた場合、二人を殺すこと。
当時の証言通り、教会での火事に無関係である可能性はゼロじゃありませんが、弟のラズリ様はクロだという確信をお持ちのようです。
完全犯罪が成立するなら、と同意したは良いものの……あたしは正直戸惑っていました。
理由は単純。
この計画の発案者の立ち位置がよくわからなかったからです。
ラズリ様、旦那様が加担するのはわかります。亡くなったラピス様の肉親です。
ラズリ様の産みの母であるアルマ様も、まあわかります。
「──……これが使用するマウスです」
「私の知っている鼠とは全然違うな。小さくて可愛らしいくらいだ。これならペットにしたがる御婦人もいるんじゃないか?」
「ディーンさんがイメージされているのはドブネズミ──家ネズミでしょう──……」
問題は、この男です。
ラズリ様から話を聞き出したシスト様は、旦那様に協力を求めました。
息子の暴走を親に報告するのはまだわかります。でも、自分も一緒に犯罪者になろうとするのがどう考えても腑に落ちません。
確かに彼はラピス様の婚約者ですが、同時にプレーズ家の事情に巻き込まれた被害者でもあります。
婚約期間はそれなりに長いけど、ラピス様が初恋という感じでもありません。
ラズリ様のことを報告して、当家と縁を切るのが自然な流れなのに、何故かシスト様は率先して協力してます。
というか彼が主導している感じです。この計画の旗頭はラズリ様ですが、ぶっちゃけ実質的なリーダーはシスト様だと思います。
あの伝説の犯罪コーディネーターって、こんな感じなんですかね。
誰も頼んでないのに、制作進行担当になってるんですけど。こんな恐ろしいボランティアってあります?
*
本気で、この人なに考えてるんでしょう……
爽やかな好青年っぽくみえますが、やってること考えるとかなり不気味です。
助かってるのは確かですし、あたしは一介の使用人だから「あの人ヤバくないですか?」と旦那様達に告げ口するのは気が引けます。
「なにか気になることでも?」
あたしの胡乱な視線に気付いたのか、振り返ったシスト様が声を掛けてきました。
「え? えーっと、その……こんなことを聞いてしまって、気を悪くされたら申し訳ないんですが。どうしてシスト様はこんなに好意的なのかな、と。シスト様は迷惑かけられた側ですし、プレーズ家の事情に付き合う義理はないじゃないですか」
「ラズリのことが心配なんだ」
「はあ……」
「僕が力になれるなら、助力は惜しまない」
「そ、そうですか」
え。待って。重くない?
普通は友達が復讐望んでても、協力するって発想にはならないでしょ。やろうとしてるの殺人ですよ。
しかもラピス様の名前が全く出てこなかったんですけど。100%ラズリ様が理由っぽいんですけど。
え。待って。友達以上のアレ?
いや、確かにラズリ様の見た目は美女ですよ。一定層に刺さりまくりのミステリアス系ヒロインですよ。
貴族令嬢も裸足で逃げ出すような徹底した手入れしてますし、あたしが腕によりをかけてますからね!
でも中身はOTOKOですよ。
毎朝ひげ剃り必要ですし、履いているのは男物の下着ですよ!
その時あたしの脳に、天啓のような衝撃が走りました。
いや、まさか。しかしそう考えれば辻褄があいます。
よもやよもや。幼少期から、女よりも女らしい男の娘と長年一緒にいたことで、性癖歪んじゃった……とか……!?
──なんということでしょう。
またあたしのカリスマスタイリストっぷりが、他人の人生を歪ませてしまったなんて。
怖い。自分の才能が怖い!
……幸いにも無自覚っぽいので、触らぬ神になんとやらです。
私はなにも知らなかった。余計な口を挟まない、これ使用人の鉄則。
*
復讐の下準備として、アルマ商会長が標的のひとり──ロードライトの前で、腰をやっちゃった演技をして、彼と接点をつくりました。
持病の癪とか、足をくじくとか色々案がありましたが、バレにくく再発しやすい点でぎっくり腰になりました。
ぎっくり腰なんて、お年寄りがなるイメージでしたが、三十路以降は発症が増えるらしいので、商会長の年齢なら不自然じゃないらしいです。
初めて聞いたときは「そんな古典的なナンパに引っ掛かるヤツおる?」って思いましたが、商会長の金持ちファッションが効いたのか難なく成功しました。
そしてクォーツでの準備と並行して、旦那様は地元の社会人劇団に入りました。
神父は初日で退場予定ですが、アドリブしながら必要な情報を台詞にしなきゃいけません。
ならば本番に備えて練習あるのみ。
あたしは本番で重要な役割がふたつあります。
ひとつめは、死体の周りに蝋燭を設置して悲鳴をあげること。
最初に聞かされたときは簡単だと思いましたが、子供の頃はまだしも、それなりの年齢になってからは悲鳴どころか大声すらだしたことがないことに気付きました。
試しにどんな感じになるかやってみたら、まあお粗末な結果でした。遠慮というか照れが混じって、なんとも中途半端なできに。
私も旦那様と一緒に社会人劇団送りになりました。
最初は恥ずかしかったけど、劇団員たちと一緒に発声練習しているうちに吹っ切れました。仲間と一緒だと頑張れるとはまさにこのこと。
恨み・努力・勝利! 本番にむけて、ひたすら練習あるのみ!
もうひとつの私に課せられた任務は、ラズリ様を包帯男に仕上げることです。
最初は包帯を巻くだけの簡単な仕事だと思いましたが、これがまあ難しい。
一部じゃなくて全身。
しかも身動きしてもほどけないように。
更にクォーツの気温でも汗びっしょりになったり、熱中症にならないように。
いや、無茶でしょ。
特にラストなに言ってるんですかね? サウナスーツ状態で「汗出ないように」とか頭わいてるんですかね?
指先まで包帯巻くの超大変なんですけど。なんで指って五本あるんですかね? 両手だったら10本ですよ。
「火傷でくっついちゃった設定にして、ミトンみたいにグルグルにするんじゃダメなんですか?」と、喉まで出かかりましたが、ギリギリ踏みとどまりました。
雰囲気のある孤島の洋館で、ミステリアスな館の主の手がグーでグルグル巻じゃ雰囲気出ませんからね。登場した瞬間に、笑っちゃいけないなんとやらになる自信があります。
仕方がないので、あたしは何ヶ月も隙間時間に、包帯を巻いては解いてを繰り返し続けました。
一日でもサボると下手になりそうなので、どんなに忙しくても一日一回はやりました。
こんを詰めすぎたのか、しまいには夢の中にも包帯が出てきました。目を閉じると、暗闇に包帯が浮かび上がるんです。いっぽーん、にほーん……
これも職業病ってやつですかね。