プークスクス
二十年くらい怠惰な生活をしているヒキニート。真正面から働かせようとしても、抵抗されるのは目に見えている。
なのでダイアナは、少し工夫することにした。
まずマイカの住む別館を、アパレルブランドの工房に仕立て上げた。
改装工事も、社員が出入りすることも、普通に買い物することは禁じられたので、会社を設立して商品開発として欲しいものをオーダーメイドするとマイカに説明。
税金対策のため、マイカを従業員として雇用する形にすると言ったら、彼女は疑うことなく契約書にサインした。
公爵令嬢として一応教育を受けているが、マイカは勉強が苦手で自分が特別だといまだに信じている。
「マイカのための抜け道を考えた」と言えば、簡単に丸めこめた。
説明が面倒な部分は、魔法の言葉「税金対策」で押し通した。
*
「私が考えるの?」
「真のオーダーメイドとは、お客様が自分の好きなデザインを描くものです」
会社の設立は名目だけで、今までのように商人がやってくると思っていたマイカに、ダイアナが用意した従業員は嘯いた。
「そんなの聞いたことがないわ。普通はイメージとか要望を伝えて、それを基にデザイナーが考案するものでしょ」
「それは凡人向けのオーダーメイドです! センスのあるお客様に、デザイナーからの提案など不要。その素晴らしいアイディアをスタッフが実現させることが、本物のオーダーメイドなのです!」
「言われてみればそうかも……?」
「ええ! 類まれな美意識を持つマイカ様のアイディアを、そのまま形にするのが我々の仕事です!」
「仕方ないわねぇ。紙とペンを寄越しなさい」
簡単に乗せられたマイカがデザインし、細かい部分を本職の人間が修正する。
デザイナーにとって、自分のデザインは作品だ。
量産化のため外野にあれこれ口を出されるのはあまり気分の良いものではないし、譲れないこだわりがあったりするものなのだが、デザイナーの自覚がないマイカはプロのアドバイスだと喜んで受けいれた。
本人はオーダーメイドで購入しているつもりだが、作られるのは全てサンプル。
何度か着たら展示品として外に持ち出されているが、本人は当然知らない。
「ドレスだけじゃ物足りないわぁ。アクセサリーも欲しいわね」
「マイカ様はご存じないようですが、実は今の社交界でアクセサリーをつけるのは忌避されているのですよ」
「そうなの!?」
「己に輝きがないから貴金属に頼るのです! 自信に満ち溢れた女性は、その身一つで輝くので、アクセサリーなんて邪魔なだけ! 今や宝石を身にまとうのは未熟な小娘くらいのもの! 成人女性がネックレスやら耳飾りやらつけていたら失笑ものですよ」
「そっ、そうなのね。外に出ない間に、随分様変わりしたのね」
「今アクセサリー代わりに、注目されているのは靴です」
「なんで?」
「靴は職人の数が限られていますし、サイズの問題で既製品を作り難い。ドレスに合わせたデザインの、オンリーワンな靴を履くことが今のトレンドです。というわけでマイカ様。靴もデザインしましょう!」
「任せて頂戴!」
元々物欲オバケだったマイカは、嬉々として働いた。
こうしてダイアナは脳内麻薬畑女の頭に咲く芥子から、モルヒネ(鎮痛剤)とコデイン(鎮咳薬)を精製することに成功した。
*
「マイカ様。地方都市の女性たちが、マイカ様の服を参考にしたいと言っております。離れから一部拝借してもよろしいでしょうか?」
ぶっちゃけるとセミオーダーの販売会だ。
袖襟などの部分的なデザインや、素材となる布を選んで注文できる。
組合せのパターンが多いので丸かぶりする確率が低く、親しい者同士であればおそろいコーデができるので評判は上々だ。
カタログのみだとイメージしにくいので、サンプルとして作ったドレスをトルソーで会場に展示している。
「おほほほ。構わなくってよ! 服を保管するだけの離れを持っているなんて、きっと世界でも私一人ね!」
『離れ』とは、マイカ様ご自慢の巨大クローゼットだ。
彼女の服を保管するためだけに作られた特別な建物。
衣類が劣化しないよう一年を通して適切な環境に保たれており、一階がドレス、二階が靴置き場だ。
外の人間には「一番倉庫」と呼ばれているが、もちろんマイカは知らない。
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「そろそろ私も社交界に復帰すべきじゃない?」
「いいえ! マイカ様の最大の魅力は、そのミステリアスさです!」
外に出したら問題起こすに決まっているので、マイカには今後も引きこもりで居てもらうつもりだ。
「素敵な衣装だけお披露目して、本人はあえて姿を見せない。憶測が憶測を呼び、皆がマイカ様に夢中です!」
すかさず別のスタッフが助太刀した。
「えぇ〜」
「ハニー。外には君を騙そうとする奴らがごまんといる。不当な契約を結ばされないためにも、あまり外部の人間に接触してもらいたくない」
不満そうな妻を夫がフォローする。
ぶっちゃけ内には彼女を騙している人間しかいない。不当じゃないが、既に騙して雇用契約している。
マイカに自覚はないが、今の彼女の生活費は自分の給料で賄われている状態だ。
ベリル家の当主は一切金を出していない。それどころか、小額だが家賃徴収していたりする。
ジャスパーの養親は、マイカが働いて金を払うようになったことでわずかに溜飲を下げた。
「……知り合いの娘達をうちに招待しよう。若者達が君にどんな憧れを抱いているのか、一度実感したほうが良いだろう」
招待するのは勿論サクラ。
ジャスパーの実父も必死だ。
ダイアナの入れ知恵により、兄である当主が割り振っていた在宅ワークは無くなった。
現在、夫婦の収入は、アパレル会社の従業員としての給料のみ。
役職なしの夫よりも、デザイナーである妻の方が収入は上だ。
今後の支援もアテにできないので、老後の資金を貯めるため、マイカには少しでも長く働いてもらわないと困る。
*
クレイを作業場に案内しながら、スタッフのひとりが愚痴る。
「精力的に働いてくれるのはありがたいんですがね。こっちの苦労も知らないで、ハイペースで描きあげては、さあ作れとせっついてくるんです。一着仕上げるのにどれだけ時間がかかるか、理解してないんです。休めって言っても休まないし……」
マイカ様。働いている自覚がないからかもしれないが、脅威の52連勤。
スタッフたちはシフト制で働いているが、パワフルすぎる彼女に付き合うのが徐々に辛くなってきていた。
バリバリ働いている彼女を華々しいキャリアウーマンと考えるか、職場に寝泊まりして売れなくなるまで働き続けることを強いられた社畜ととるかは解釈がわかれるだろう。
「そりゃいかん。人間は定期的に休ませないと動きが悪くなる!」
言い方。
クレイは「お前にだけは言われたくねえよ」と言われるであろうセリフを吐いた。
次回コランダム編最終回!