未成年の主張
血相を変えた使用人に連れられ、一行は駆け足で屋敷の外に出た。
「坊っちゃん! もう少し耐えてください!」
「まだですよ! まだ飛び降りちゃだめですよ! あっ、これフリじゃないですからね!」
布団やシーツを担いだ使用人達が、一ヶ所に集まっている。
積み上げられた布の山から視線を上にずらせば、地上から十メートルくらいの外壁にジャスパーがしがみついていた。
「ジャスパー!!??」
夫人の悲鳴のような声に、ジャスパーは振り向かず「母さん!?」と叫んだ。
顔を背けているのは、実の母ではないベリル夫人に反抗してのことではなく、今のジャスパーは物理的に後ろを向けないからだ。
その姿はさながらミンミンゼミ。
だが実情は、電柱に登って降りられなくなった猫だ。
ダイアナお嬢様にコテンパンにされたジャスパーは、帰国後にひきこもりになっていた。
家に恐怖のD魔王がやってきたと知った彼は、パニックになり窓から逃げようとした。
ボルダリングの心得のない彼はルートも考えず、とにかく下へ下へと行き当たりばったりに動いた結果、中途半端な位置で二進も三進も行かなくなってしまった。
微妙な場所で硬直してしまったので、窓から引き上げるのは難しい。
こうなったら地上に安全マットを作って落ちてもらうしかない、というのがことの次第だ。
「なんてことだ! もっと布をもってこい! 範囲が狭すぎる! 落下位置がズレたら大怪我になるぞ!」
「旦那様。急ぎ屋敷のカーテンを外していますっ」
「時間がかかりすぎる! そうだ工房に行け! あそこには反物がたくさんある。ついでに倉庫のサンプルも借りて来い。クッション代わりになるだろ!」
蝉スタイルで「父さんもそこに居るの!?」とジャスパーが叫ぶ。
「大丈夫だジャスパー! 父さんが助けてやるからな! もう少しの辛抱だ!」
「……っ父さん! 母さんっ! ごめんっ。ごめん!」
「こらこら泣くな、危ないぞ。どうしてこんなことをしたのか分からないが、なにか理由があるんだろ。無事に降りてきたら、父さんに聞かせてくれ」
「そうよジャスパー。母さん達は怒ってないわ。心配してるのよ」
「違うっ! そうじゃないんだ!」
かぶりを振り、ジャスパーは両親の言葉を遮った。
「ジャスパー?」
胸の前で手を組んだ夫人が、不安そうに息子の名前を呼ぶ。
「父さんと母さんはこんなに優しいのにっ! 俺の親にあんなに迷惑かけられたのにっ。それなのに、俺のこと本当の息子みたいに育ててくれて! なのに俺までっ、二人に迷惑かけて……!」
涙混じりに叫ぶジャスパー。
「みたいにじゃない!! お前は私の息子だ!!」
「そうよジャスパー! 謝るのは母さんの方だわ。あなたに『本物の母親じゃない』って思われたくなくて、ちゃんと話さなかったのがいけないのよ!」
二人もまた涙混じりに叫ぶ。
「そうだ。話せば理解できる歳になったのに、私達がするべきことをしなかったんだ」
「父さん……」
期限がないのを良いことに、言い難いことを先送りにした。
「あなたが知らないフリをしているのに甘えて、わたしも旦那様も逃げ続けていたのよ」
「母さん……」
幼い頃は受け止めきれないだろうと、成長してからは余計なことを言う必要はないだろうと。
わざわざ口に出すことはしなかったが、夫婦はずっと目をそらしていた。
「我が家に跡取りが必要だとか、あの二人に子育てなんて無理だとか、そんなのは全部後づけの理由なの。本当は産まれたばかりのあなたに触れた瞬間、わたしがあなたを手放したくなくなっただけなのよっ!」
小さな手に触れた瞬間「この子は私の子だ」と胸にストンと落ちてきた。
赤ん坊を抱くのは初めてではない。
夫婦の間には、既に何人も娘がいる。
それでもあの瞬間のことを、夫人は今でも鮮明に覚えている。
「男だからじゃなくて、あなただから特別だったの!」
母の言葉に、ジャスパーの体が震える。
背を向けているので泣いているのか、筋力の限界がきているのか判断つかない。
(なんだこれ)
感動ムードの中で、酔えないダイアナはひとり白けた顔をしていた。
布製品を積み上げて作ったマットレスは、それなりに完成している。
変に勢いをつけず、両手を胸の前でクロスした状態で落下すれば無傷で終わるだろう。
(さっさと飛び降りて、地上で話すればよくない?)
絵面はちょっとアレだけど感動的な場面だ。
親子の会話に、集まった使用人達は涙ぐんでいる。
だがこういう場面で、一緒になってウルウルできないダイアナにとっては茶番でしかない。
しかし水を差すのも面倒なので、余計なことは言わないでおく。
(私ここにいる必要ないよね?)
この状況でダイアナにできることはない。
だがジャスパーが力尽きるか、心配性な親がOKを出すくらい布の山が大きくなるまで、ただ突っ立っているのは時間の無駄だ。
(部屋に戻ってちゃ駄目かな?)
邪魔するつもりはないが、付き合うのも馬鹿馬鹿しい。
周囲との温度差が酷いダイアナお嬢様。知ってたけど、ヒロイン適性が低すぎる。
「まあぁっ! これは一体何の騒ぎ!?」
手持ち無沙汰なダイアナが、ぼーっとモブに徹し……ではなく、ジャスパー達を見守っていると甲高い声が響いた。
皆様がこの後書きを読まれている頃、各種ストアでは電子書籍1巻が販売開始されていることでしょう……。
ハイ。この文章を書きたいがために、日付が変わる直前に投稿しました。
今日は更新日なので、朝からチェックされていた方がいたらすみません。
──なお、この後書きは近日中に自動的に消滅します。