…おや!? 婚約者の様子が…!
「最先端の医療を研究し、臨床試験を行う医療施設をコランダムにつくりましょう! ついでにコーラル大学のような教育機関を併設すれば、育てた人材をそのまま雇用できます!」
ダイアナがイメージしているのは大学病院だ。
国立だと承認に時間がかかるので、今回は私立。
病院を作る際に、最も気をつけなければいけないのは院内感染だ。
ダイアナがスフェーン家の資料室で見た、美のなんちゃらという名前の施設は、ウヴァロの経営しているホテルの名前だった。
盗品オークションの会場となっていたホテルは、国内外から絶えず客が訪れていたが、今まで集団感染を起こしたことがない。
つまり様々な菌や持病を持った人間が、一つの建物で寝起きしても問題ないくらい、例のホテルは衛生管理が徹底されているということだ。
それだけではなく、お金持ち御用達だったので建物自体もしっかりしている。
ボールを置いても転がったり、隣のイビキが聞こえるほど壁が薄かったり、排水管から下水の匂いが漂ったりしない。
宿泊施設は、居抜き工事で病院に改築しやすい。
更に歩ける程度の距離にスフェーン家の屋敷があるので、そちらを教育棟にして講堂や研究室を作ることができる。
人里から少し離れているのも、万が一パンデミックが起きた際に隔離しやすいのでメリットだ。
*
数々の犯罪が明るみになったスフェーン家。
現当主のウヴァロは外国で犯罪者として逮捕され、おそらく永遠に帰国することはない。
コランダムはまだルベルが王太女になっただけで、一般女性の継承権は認められていない。
家を継ぐことは出来ないが、直系血族であるアンバーは遺産相続の対象になる。
スフェーン家の名が地に落ちたので、親戚達は相続放棄して距離を置いた。ここで金に目がくらんで手を上げてしまえば、汚名も受け継ぐことになってしまう。
脱税、犯罪組織との繋がり、盗品売買、賄賂……聞くだけでお腹いっぱい。カロリーオーバーだ。
結果として唯一の相続人となったアンバーは、良い思い出のない屋敷も、犯罪の温床になっていたホテルも手放したいと主張している。
余談だが、そっくりと言われていたダイアナお嬢様とアンバーだが、実際に並ぶとそうでもなかった。
コランダム人は「見分けがつかない!」と大興奮だったが、帝国人とジェンマ人は「髪色とか背格好が似てるだけじゃん。雰囲気そっくりさんレベル」で終わった。
若いアイドルとか外国人といった、見慣れないタイプがどれも似たように見えるパターンだった。
「既に物件のアテがあります。残るは人材と資金。人材に関してはコーラル大学から引き抜く予定です。ベリル家にはスポンサーになっていただき、この事業の成功をもって国内での汚名を雪いでいただきたいのです」
「か、かなり大きな話ですね」
「ええ。実は私が王太子妃となった暁に行うつもりで前々から計画していましたが、今回の件でルベル殿下とベリル家が行う方がより良い結果をもたらすと考えました」
あー、うん。医療の発展ね。
言い出したの一ヶ月くらい前からだな。
まあ、先月だろうと前々には違いないからな。嘘じゃない。
「コーラル大学に留学させた者に、教育課程の輸入と現地でのヘッドハンティングを命じていましたが、我が国ではなくコランダムに持ち帰るよう指示します」
「もうそこまで動かれているんですか……!」
絵空事ではなく、既に始動していたことを知りベリル氏が戦慄く。
長い年月を掛けてきた極秘プロジェクトみたいな言い方してるけど、肝心のジルコニアは大学でオリエンテーション終えた辺りだぞ。
「まだ秘密裏に進めている段階だったので、今なら計画をお譲りすることができます。アンダルサイト子息もコーラルに留学されてますし、この計画の立役者になってもらえば、彼の婚約者に逃げられたという醜聞も払拭できるでしょう」
ダイアナはジルコニアとシストをジェンマで働かせるのではなく、コランダム大学病院(仮)のオープニングスタッフにすることにした。
ジェンマに引き抜くのは、彼らが臨床だけでなく、病院の運営についても経験を積んでからだ。
「……しかしそれでは、そちらに旨味がない」
ベリル氏は他人の功績を横取りすることに抵抗を覚えると同時に、うまい話には裏があると疑える真っ当な人物だった。
「私の望みは、この世界の医療が発達することです。実現できるのなら、我が国でなくても構いません」
おお。まるで聖人君子のような発言だ。ヒロインみがスゴイ。
思案するベリル氏を、ダイアナは真正面から見つめた。なんという曇りなき眼!
「──とは言え、コランダムで行う事業にジェンマが関与していると知られるのはよろしくありません。内政干渉もですが、王太女が他国の傀儡になっていると疑われかねません。この件は全てルベル殿下の発案ということにしていただきたいです」
「よろしいのですか?」
ルベルが瞬く。
王太女の実績作りと、ラズリの後ろ盾を補強できる妙案だと、ダイアナはルベルに今回の計画を持ちかけた。
急ぎオーロラの元へ赴いていたルベルは充分な時間がとれず、大まかにしか理解していなかったので、てっきり共同事業だと思い込んでいた。
「ええ、勿論。そのぶん私が協力できるのは全体構想の提供と、こちらの手の者とアンダルサイト子息を繋げることだけです」
一見すると手柄を譲ったうえに、つくしているように見えるが実は違う。
今までにない新しい治療法とか治験と聞いて、まず国民がイメージするのは怪しげな人体実験だ。
理解を得るのに苦労するだろうが、王太女の肝いり事業として、頑張って成功させてもらいたい。
(前例があればジェンマも続きやすい)
成功例が近くにあれば、母国がコランダムに劣ると認めたくないという国民感情を刺激できる。
「我が国は当面は無関係を装い、ルベル殿下の功績であると充分認知されてから、賛同する形で支援させていただきます」
裏を返せば「失敗したらジェンマは無関係を貫く。成功したら一枚噛ませろ」だ。
ダイアナは隣に座っているサフィルスの手に、スッと自分の手を重ねた。
婚約者の手を握って己を奮い立たせているように見える仕草だが、よく見ると手を握るのではなく圧を掛けている。
「余計なこと言うなよ。空気読めよ」と無言で訴えている。
*
もし大学病院をジェンマで作ろうと思えば、土地の選定から始まり十数年単位で行う大規模なプロジェクトになる。
ダイアナが医療を発展させたいのは、世のため人のためではない。
結婚後に夫と死別しないためだ。
お誂え向きの建造物が既にあるなら、土地の選定から建造までのステップを一足飛びにできる。
更に面倒な諸々をルベルに押し付……任せ、ノウハウが確立してからジェンマに導入すれば立ち上げの苦労を軽減することができる。
必殺技・戸籍管理が効果薄なため、コランダムにおけるコスモオラ教の布教は、お世辞にも順調とは言えない。
医療を介した布教活動を提案すれば、大々的に協力を取り付けることができるかもしれない。
治療そのものは、元から行っている奉仕活動の一種なので悪い話ではない。
活動場所を大学内に限定すれば、ルベルが特定の宗教に肩入れしているのではなく、宗教団体をうまく利用していると国民に思わせることができるだろう。
そうして出来上がった先進医療に特化した医療施設は、隣人としてジェンマ国民も利用させてもらい、ゆくゆくはジェンマ国内に分院を設立する。
失敗したら知らぬ存ぜぬを貫き、反面教師にさせてもらう。
導師と慕われているが、別にダイアナにルベルを教え導く義務はない。
個人面談以降もこの問題に付き合い続けたのは、ダイアナに利があるからだ。
自分の目的のために、他国も平気で利用する。
相変わらずクソ汚いがwin-winなので、何処からも文句は出ないどころか感謝されるのがダイアナお嬢様クオリティ。
「……」
ダイアナの行動に軽く目を瞠った後、サフィルスは微笑むと掌をくるりと返し恋人繋ぎした。
婚約者が言いたいことを察したようで、彼は余計な口を挟まなかった。
「まあ……!」
ラブラブカップルのような行動に、ベリル夫妻の目元が和らぐ。
「急に結ばれた婚約とお聞きしていましたが、お二人は仲がよろしいのですね」
ベリル夫人の言葉に、ダイアナは少し焦った。
そんなつもりではなかったのだが、元婚約者に見せつけるような行為になってしまった。
手を放そうと力を緩めるが、サフィルスの方が握ったままなので離れない。
強引に引き剥がすこともできず、アイコンタクトするもニコニコと微笑まれるだけ。
ダイアナには彼が何を考えているのか、さっぱり分からなかった。
(そういえば、時間がなくて殿下と打ち合わせできなかったもんな。無断で勝手なこと言いまくったし、もしかして怒ってる……?)
スフェーン家のもつ物件に目をつけたダイアナは、アンバーに話を聞きに行ったりと準備に奔走していた。
ルベルにはプレゼンしていたが、サフィルスに説明するのをうっかり忘れていた。
コランダム側の根回しを優先するあまり、ついジェンマの方が疎かになってしまったのだ。
ベリル家に到着した時に、彼に何も言っていなかったことを思い出したが、もう時間がなかったのでそのまま勝負に出たのである。
サフィルスとしては寝耳に水な計画を聞かされた上に、条件付きとはいえ国をあげての支援を勝手に約束された形だ。
ちょっと不味いかもしれない、とダイアナは冷や汗をかいた。ついでに手汗もかいた。
色々と気まずいので手を放したいが、何故か放してくれない。
スイッチのように一回押せばオフになるかと、軽く力を入れて握ったら、同じように握り返された。にぎにぎ。
放してくれ、と軽く手を揺すったら、同じように揺すられた。ぶらぶら。
目がマジになりつつあるダイアナと、何を考えているのか分からない笑顔のサフィルスが、ラブラブ通り越してバカップルのようなことをしていると、慌てふためいた使用人が部屋に転がり込んできた。
「旦那様っ、大変です! ジャスパー坊っちゃんが──!」
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