唆るぜ
本人の同意をもって、ラズリはルベルの側近となることが決定した。
彼が単なる側近として数年勤務して終わるか、王配となり生涯ルベルを支えることになるかは神のみぞ知る。
まあ多分後者だろうな。これ恋愛小説だし。
目的が決まれば、それを実現すべくロードマップを組み立てるべし。
ラズリがルベルの側にいられるよう、ダイアナお嬢様御一行はベリル家を訪問した。
ウン十万文字ぶりなので忘れている者が大多数だと思うが、ベリル家はジャスパーの実家だ。
そう。あの反体制派と組んで、お門違いの報復をしようとしたジャスパー君のお家である!
「ジャスパー? 知らない子ですね」って人は、三十万文字くらい遡ってくれ。
「ほんなぁろろって(そんなことって)……!」
「ズズッ……ぐすっ……」
ベリル家の応接間。
ダイアナ、サフィルス、ルベルの向かいに座るのは、ベリル家の当主夫妻だ。
ルベルからプレーズ家の事情を聞かされ、ジャスパーの両親は大泣きしていた。
最初は手持ちのハンカチで涙を拭いていたのだが、鼻水も出るようになると布一枚ではとても足りない。
パタパタたたみ直しては目元を拭い、鼻をかみ。
全ての面を使い切ると、脇に控える使用人頭がそれとなく新しいハンカチを差し出す。
だが話が進むにつれ、二人の涙腺は完全崩壊。鼻水も大放出。
椀子蕎麦のようにポイポイ消費されるハンカチに、一度退室した使用人頭は籠を二つ持ってきた。
無言で並べられた籠。
ひとつは空で、もうひとつは未使用のハンカチがぎっしり詰まっている。
いちいち渡すの面倒だから、使用済みのハンカチをもう一つの籠に入れろということだろう。
ベリル夫人に対しては、追加でホカホカのおしぼりが差し出された。
「化粧凄いことになってるから、オフしちゃえよ」ということらしい。
主人を冷静にサポートできる良い使用人頭である。若干不敬だけど。
「おぱしうちうぃぼいウェッ(従兄さんがそんなことになっていたなんて)」
無理にコメントしようとして、ベリル氏が咽た。
ジャスパーの情緒豊かなところは、親譲りに違いない。
血縁関係は叔父夫婦と甥だが、ジャスパーは実子として育てられている。
表情豊かな両親に愛情深く育てられたから、ジャスパーは共感能力が高く、暴走──真っ直ぐすぎる性格になったのだろう。
「城で働くにあたり、彼には相応しい身分が必要です。ご協力ください」
今のラズリは『アルマの養子になった元孤児・アメトリン』だ。
商会の後継ぎぐらいなら大丈夫だが、この設定では王太女の側近になるのは難しい。
「ぶぁいもりろんれ(はい、勿論です)」
ディーンが言っていた『親戚の不祥事』とは、ジャスパーの実父とマイカの話だ。
彼等とディーンは従兄弟同士。
ベリル家の兄弟は、年の離れたディーンを兄のように慕っていた。
親戚の中でもとりわけベリル家と親しかったプレーズ家は、次男のやらかしでベリル家が社交界で居場所を失った際に巻き添えをくらった。
ディーンが娘を王女の話し相手にしたのは、国内におけるプレーズ家の立場を少しでも改善しようとしたからだ。
「……ぐすっ。ラズリ君は我が家の養子にしましょう。弟が別邸を抜け出して、没落貴族の娘と作った子供ということにすれば、血統の問題はクリアできまズズッ……」
その『弟』ってジャスパーの父親だろ。
鼻かみながら、随分エグい設定捻り出してきたな。
「もう少し穏便な設定にしましょう」
「ええ。スキャンダラス過ぎると、ラズリが王宮で軽んじられてしまうわ」
ダイアナの言葉に、ルベルが頷く。
「事実を少し捻りましょう。……そうですね。ある日ラズリ様は、自分と瓜二つな孤児の少年と出会ったというのはどうでしょうか?」
ダイアナは例の『魂の双子』とやらを利用することを提案した。
外出先で自分にそっくりな少年を見かけたラズリは、その日以来、寝ても覚めても少年のことが頭から離れなくなった。
ウヴァロ達と遊びに出かけた日、ラズリは二人を撒いて孤児の少年の元に行った。
実際に話してみると、二人は姿形だけでなく表情や声もそっくり。悪戯心で服を交換して、バレないか試してみることにした。
孤児の少年はかねてより、コスモオラ教の教会にあるステンドグラスを一目見たいと思っていた。
だがコスモオラ教の教会に行くのは、基本外国人。
コランダムで生活する外国人は、手に職があったり、裕福な者なので生活水準が高い。
少年にとって、教会は身綺麗な人達の集う別世界。小汚い孤児が足を踏み入れていい場所じゃなかった。
思いがけず綺麗な服を手に入れた少年は、ラズリの姿で教会に忍び込みあの事故が起きた。
一方で本物のラズリは下町で孤児達と遊んだ後、少年の隠れ家で片割れの帰還を待っていた。
だが孤児の少年は、約束の時間になっても戻ってこない。
不安になったラズリがプレーズ家に戻ってみれば、自分は死んだことになっていた。
家に帰ることができなくなったラズリは、仕方なく孤児として生きていたところ、その貧民らしからぬ立ち居振る舞いがアルマの目に留まり養子として引きとられた。
そして今回訳あってコランダムの王宮を訪れた際に、ルベルに姉と間違われたことで八年前の真相が明らかに……。
プレーズ家は既に代替わりしている。
本来の跡継ぎであるラズリの籍を復活させると、お家騒動の原因になるので、家族間の不和を避けるべく親戚筋であるベリル家の養子に、というわけだ。
「……アダマス男爵令嬢。わたしはラズリ君をうちの子にすることに異論はありません。でもそれで、その……」
ダイアナの筋書きに、ベリル夫人が口を挟んだ。
彼女は一度言葉を切ると、覚悟を決めたように続きを口にした。
「もしやジャスパーを廃して、ラズリ君をベリル家の跡取りにせよということでしょうか……?」
ダイアナはジャスパーの引き起こした事件の被害者であり、プレーズ家の件に関しては部外者だ。
そんな彼女がわざわざベリル家を訪れたのは、遠回しにジャスパーの廃嫡を要求していると感じたようだ。
「いいえ。ラズリには私の補佐をしてもらいたいと考えているので、むしろ跡取りにされると困ります」
すかさずルベルが否定する。
ルベルがどこまで自覚しているか謎だが、ベリル家の当主になられちゃうと王配になれないもんな。
「別にジャスパー様に思うところはありません。私が本日訪れたのはルベル殿下と、ベリル家のご当主に提案があるからです」
ダイアナは夫人を安心させた。
ここまで読んで「あーあ。ゲス設定なのに、結局は他人を助けるお人好しヒロインかよ」とか「他人の事情に首突っ込まないとか言っといて、やれやれ系主人公じゃないか」と思った者は、正直に手を上げなさい。
素直でよろしい。
諸君はまだダイアナお嬢様がどんなお人か、理解が足りないようだ。
「ベリル家の皆様におかれましては、二十年前と昨年の件でこの国で肩身の狭い思いをされてらっしゃるかと存じます」
「それは……」
マイカの件。そしてジャスパーの件。
ダイアナの言葉に、ベリル氏が言い淀む。
「周囲にもその余波が出ています」
「当家の不徳の致すところです」
「もう終わりにしましょう。ベリル家の名誉を挽回し、負の連鎖を断ち切るのです! 私に良いアイディアがあります──!」
情けは人の為ならず。
100%の下心で慈悲深い提案をするダイアナお嬢様。
はい、怪しくなってきた!
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