真相をお話します
屋敷の子供部屋で、少年と少女が二人きりで過ごしていた。
片方は膝を揃えて座り、もう片方は足をブラブラさせて落ち着きがない。
行儀の良い方が少年で、すぐに姿勢を崩す方が少女だ。
屋敷の女主人であり、二人の母親である夫人がこの場にいたら「足を閉じなさい」と注意しただろう。
「ねえ。ラピスはどうしてお城に行くのがイヤなの?」
「だってつまんないんだもん」
(ああ、これは夢だ……)
ラズリはぼんやりと思った。
この会話は過去にラピスとしたことがある。
ずいぶん古い記憶だ。
その証拠にこの先の流れも、どんな言葉を交わしたかも覚えているのに音声は曖昧になっている。
時の流れは残酷だ。ラピスがどんな声だったか、ラズリはもう朧げにしか覚えていない。
*
明晰夢をみているラズリの視点は、子供時代の彼でありながら、同時に部屋を俯瞰するという想像力が影響した不思議な状態だった。
「ラズリは王女様といっしょにいて楽しいんでしょ? ならいいじゃん」
「ふっ、ふつうだよ! ……ラピスはちがうの?」
ラズリは顔を赤くして否定した。
「男なのに女の子と仲良し」と揶揄されたと思ったのか、それとも「王女様のことが好きなんでしょ」と冷やかされたと感じたのか。当時は反射的に答えたが、今なら両方だったとわかる。
「いい子なんだろうな〜と思うけど、おもしろくない」
初対面の時に二時間程度共に過ごしたが、最初の十分でラピスは飽きた。
ラピスにとってルベルは、いい子ちゃん過ぎて面白みに欠ける。失言しないよう教育されているからだろうが、無難な話題しか出てこないし、できた発言しかしないので退屈だった。
コランダムの女子に多い『控えめ』と言えば響きが良いが、要はコソコソして相手の反応を伺うタイプも好かないが、ルベルのような優等生タイプもやりにくい。
「そうかなぁ?」
「まじめでやさしい子なんだろうけど、話し合わないから退屈」
弟しかいないからか、歯に衣着せぬラピス。
そもそも大人しく座っているのが苦手なラピスにとって、おすましして一時間以上お喋りするなんて、相手が誰であっても苦行でしかない。
せめて座るのが椅子じゃなくて、登った木の枝だったらまた違ったかもしれないが、王女様に木登りさせたら絶対に怒られる。
「じゃあさ。もう行きたくないって、お父様に言おうよ。いつまでもぼくが代わりに行くのはダメだよ」
今後もラピスが自分で登城する気がないことを察し、ラズリは思い切って口にした。
「私とは気が合わないけど、ラズリはちがうんでしょ。ならいいじゃん」
「ウソがバレたら大変なことになるよ」
姉と違いルベルのことがイヤではないからこそ、嘘をついていることにラズリは罪悪感がある。
「だって『ラピス』がお城に行くの止めたら、あの王女様ひとりになっちゃうじゃん。私にはラズリがいるけど、王女様と王子様は私たちとはちがうでしょ」
ラズリは姉が何を言いたいのか、なんとなくだが理解した。
ラピスとラズリは基本一緒で仲が良い。対してルベルと弟達は、あまり接点なく生活している。
大人にとって弟達は王になるかもしれない大事な王子であり、ルベルはいずれ他所の国の人間になる王女だ。
ルベルにすり寄る親がいないからか、彼女にはラピスの他に友人はいない。
知り合いが全くいないわけではないが、親しいと言えるほど仲が良いのは現状『ラピス・プレーズ』だけだ。
「王女様はあと何年かしたら、およめに行っちゃうじゃん。大人になったら会うこともなくなるんだから、ラズリが私のフリしてても大丈夫だって」
「……」
ラピスの言葉に、ラズリの胸が小さく痛んだ。
「ひとりはさみしいよ。私とは合わないってだけで、王女様のことがきらいなわけじゃないんだよ。どうせならイヤイヤじゃなくて、相性がいい人とすごしたほうがいいでしょ」
「うん……」
自分のことを好きじゃない人に、同情で側にいられても嬉しくない。
同じ時を過ごすなら、気の合う人と一緒がいい。
「この国にいる間はさ、ラズリがあの王女様といっしょにいてよ」
「でも……」
「大人になって私のフリができなくなっても、手紙なら見た目は関係ないでしょ。外国で生活してても、故郷に友だちがいるって思えたらきっと支えになるよ」
良いことを言っている風だが、自分がそれをするつもりが更々無い人間の発言なので正直どうかと思う。
「しかたないなぁ」
ラズリは姉と仲が良い。
でも姉と違い、ルベルと話していて合わないと感じたことはない。
ルベルの何処がつまらないと思うのか、想像もできなかったけど、きっと人との相性なんてそんなものかもしれない。
「私たちは、たましいのふた子だからね。私がダメでも、ラズリがオッケーならいいの!」
「なにそれ」
*
窓の外は昨日と変わらないはずなのに、やけに眩しく感じた。
「ラピスはいっつも適当なんだから」
夢から醒めたラズリは目元を拭った。
『ラズリがあの王女様といっしょにいてよ』
『私の側にいて』
背景は違うが、二人から言われた言葉がラズリの脳裏に浮かぶ。
「一緒に居ていいんだろうか……?」
すべてを終えたら、自分は消えるのが最善だと思っていた。
そうすればオーロラを苦しませている最大の要因はなくなり、ラズリに縛り付けられていたカイヤ達も開放される。
ルベルだって男が性別を偽って側にいたという、悍ましい事実を知らずに済む。
昨日の別れ際に、ダイアナから「自分で考えて行動するのは良いことですが、相手ありきの償いは先方の要望を汲まないと独りよがりな行為になります」と言われた。
ラズリに協力してくれた人達は善良だから、彼を逝かせまいとしていると思っていた。
それを真に受けて生きることを選ぶことは、我が身可愛さの恥知らずな真似だと思っていた。
しかし全てを知ったルベルが、ラズリを側近に望むのなら、彼女に仕えるのが本当の贖罪なのかもしれない。
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シリアスはこれで最後。
この先のラストスパートはいつものノリ!




