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三番手はディーン。
双子の父であり、悲劇の元凶でもある。
「息子に生きてほしい。……私は……解放されたい」
「……」
「妻には悪いことをしたと思っている。でも……そうしなければ、我が家はもっと早く崩壊していた。……私に、……どうしろと……!」
絞り出すような声には嘆きだけでなく、怒りが滲んでいた。
助けを求められず、助けを得られず。苦肉の策を周囲に責められた。
ディーンは親だ。家長だ。だが、たかだか数十年生きただけの人間でもある。
「解放されたいのは家族からですか?」
ダイアナは切り込んだ。隠居しているので、既にプレーズ家とは距離を置いている。
「疲れました……」
彼の本心がこの一言に集約されていた。
「……そうですね。心が疲れていると思います。まず妻や子どもと離れましょう。それだけでは回復するか怪しいので、規則正しい生活と適度に気を紛らわすことができる環境を用意します。暫くそこで過ごすのはどうでしょうか?」
精神科医やカウンセラーが居れば良かったのだが、この世界はまだそこまで発展していない。
一応精神科はあるのだが、治療内容は前時代的な瀉血とか暗示のような行為しかない。
「環境を一新するなら、帝国はどうだ? 簡単な経歴を確認したが、随分交友関係が広いな。社交が得意なのか?」
資料を見ながらアルチュールが問いかけた。
ディーンは当時すり寄っても得のなかったルベルにも娘を接触させている。
「いえ、その……。実は親戚が不祥事を起こし、当家もそのあおりをうけていたのです。国内は中々厳しかったので、主に周辺諸国の方々とお付き合いを。……王子は競争率が高くてお近づきになれなかったので王女に」
「……アナ。彼をヴィヴィアン公爵の秘書に推薦するのはどうだ?」
「アナスタシア様の?」
「ああ、彼女は社交が苦手だろう。彼は軽率な真似をするような歳ではないし、女関係で痛い目を見ているから女公爵の秘書になっても上手く立ち回るだろう」
「うーん」
「自力でこれだけ人脈を築いた実績がある。帝国人は、異国で精力的に働く者を優秀な人間として評価する傾向があるからな。ディーン・プレーズが外国人であることはマイナスにはならない」
「採用するかどうかは、アナスタシア様に委ねることにしましょう」
「もし不採用であれば、俺が面倒を見よう」
ダイアナにいい格好をしたいアルチュールだが、ディーンが使えると判断したのは本心だ。
*
「──サフィルス殿下。私は強いです」
ディーンが退出した後、ダイアナはおもむろに切り出した。
コランダムで男児が強く求められるように、王家もまた後継を強く求められる。
サフィルスもディーンのようになる可能性を秘めている。
「ひとりで抱え込まないでください。大きな決断をする際には相談してください。私達は夫婦になるんですから、私に頼っても大丈夫ですよ」
反射的に「大丈夫だよ」と言いかけて、サフィルスは思い直した。
ダイアナは強い。
誘拐されても自力で生還するくらい強い。
過去には過激派に捕まったが、それもまた自力で生還したらしい。
ダイアナが行方知れずになった夜。この話を聞いたサフィルスは、自分を慰めるべく周囲が大げさに言っているものと考えたが本当だった。
「……わかったよ」
「約束ですよ! 言ってくれなきゃ分かりませんからね。ちゃんと口に出してくださいね!」
「ああ。約束する」
見つめ合うダイアナとサフィルス。
その隣で黒くドロドロとしたオーラを放つ、汚染された聖杯状態のアルチュール。
絵面台無し。
*
最後にラズリ。
昨日王宮に到着した時に比べると、足取りがしっかりしている。会話も問題ない程度には回復したようだ。
ラズリは部屋に入るなり跪くと、ルベルに頭を垂れた。
「永きに渡り御身を謀りました。全ての原因は僕の見通しの甘さによるものです。このような事態になり、申開きのしようもございません」
「ラピ──ラズリ!?」
咄嗟に慣れ親しんだ名前が口をついて出たが、ルベルは慌てて言い直した。
「『申開きしない』ということは、貴方の言いたいことは今の謝罪で全てですか?」
カイヤにも告げたが、誰も当時十歳の子供にそこまで責任を求めたりはしない。
事件後に偽装を続けたのは、家の決定であり、大人の保身だ。
「──はい」
ラズリが言葉少なく答える。
誰も何も言わない、無音の時間が続いた。
「……ルベル殿下を騙していた負い目がある。彼女に対して償うつもりでいる。そうとって構いませんか?」
待っても話が進みそうにないので、ダイアナは口を開いた。
ここで外野がフォローしたところで、ラズリは考えを変えないだろう。
誰にどのくらい責任があるのか、今は討論する時間ではない。
「導師!?」
ダイアナの言葉に、ルベルが驚きの声を上げる。
「……はい。僕にできることなら何でもいたします」
「ラズリ!!」
「……困りましたね。自発的な希望を聞きたかったんですが、まだ無理みたいですね。時間も限られてますし、本人の気持ちを確認しつつこちらで大枠を決めたほうが良さそうです」
ラズリは悪い意味で覚悟を決めている。
今の彼に、自分の幸せを求める気持ちはない。
希望を問うたところで、先程のような謝罪しか出てこないだろう。
ジェンマ、帝国の使節団の滞在期間は残り僅かだ。
別にダイアナ達の存在が必須なわけではないが、カイヤやディーンのように居るのと、居ないのとでは、選択の幅が大きく変わる。
「今後についてですが、まずフロレンス商会を継ぐかどうかです。外野のことは考えないでください。貴方の心は商会を継ぎたいですか? これから何十年と、商人として生きる自分を想像できますか?」
「……商会長には感謝しています。父が頼んだとは言え、僕はただ血が繋がっているだけの存在です」
アルマから手紙が来るまで、ディーンからは彼女にコンタクトを取らなかった。
ラズリの置かれた状況についても、それはプレーズ家の問題でありアルマとは無関係だと判断したからだ。
だがアルマがラズリを気にかけていることを知り、ディーンは彼女を頼ることにした。
ラピスとしてのタイムリミットを迎えたラズリの受け入れ先として、切羽詰まっていないものの後継者問題を抱えるフロレンス商会は最適だった。
アルマは長年の望みを叶えた後だったので、ディーンの申し出は許容範囲内だった。
商売をすること、商会を大きくすることは手段だ。
アルマの念願は「コランダムの女でも独立して成功できる」と証明することであり、それはもう達成されている。
復讐計画は商会に火の粉がかからないよう計画されていたし、ラズリは後継ぎとして求められる水準を満たしていた。
(他人行儀というか、ラズリ様にとって商会長は他人なんだな)
協力の義務はないのに、力になってくれた奇特な人物扱いしている、とダイアナは感じた。
実のところアルマが息子に対して、どのくらい愛情があるのかこの場の面々にはわからない。
軽率な振る舞いをしない面子なので、安易に「そんなことないよ。お母さんは、あなたのことを愛してる」的なフォローはしなかった。
「ラズリ様は、商会を継ぐことにあまり前向きではないみたいですね」
「あれだけ協力してもらったのに、恩知らずだと思います。……でもあの人が苦労して作り上げたものを、僕なんかが受け取るのは心苦しいです」
ラズリは商会を継ぐことに意欲的ではないらしい。
理由はともかく、貴重な彼の気持ちだ。ダイアナは説得よりも尊重することにした。
「では継がない方向で話を進めましょう。これからどう生きるか、ご自身の考えは?」
しばしの沈黙の後、ラズリがポツリと溢した。
「……あの日。王宮から戻ったラピスが、僕だと気付いた瞬間の夫人の表情が忘れられないんです……」
自分が実子ではないと知った時から、オーロラはラズリにとって母ではなくプレーズ家の女主人になった。
彼女の娘を身代わりにして生き残り、ラピスの人生を乗っ取る形になってからは、自分は加害者でオーロラは被害者だと思っている。
「アイツらが消えた今、僕も消えるべきなんじゃないかと思うんです……」
か細く告げると、ラズリは口を閉ざした。
*
「……ラズリ。私に償いたいという言葉が本心なら、私を支えて」
沈黙を破り、ルベルが玲瓏な声で告げる。
「弟たちが頑張ってくれているけど、私の進む道は厳しく、困難が続くでしょう。したいことが見つかるまでの期間限定で構わない。私の力になってほしいの」
ラズリは高度な当主教育を受けているし、何年も女として生きていたのでこの国の女性の気持ちも分かっている。
ルベルはラズリの手を掴むと、跪いている彼を立たせた。
「私の側にいて」
アレキサンダーは、どうやら天かすに戻ったらしい。
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