冗談じゃない。こんな場所にいられるか!
「この部屋にはカールが使ったトリックの痕跡があるはずよ」
「そんなものありません!」
「口ではなんとでも言えるわ。だから中立な立場の人間に調べてもらいましょう」
「必要ありません!」
大事にさせまいと、カールが叫ぶ。
「警吏を呼ぶべきだわ」
「大袈裟です。どんなに調べても何も出てきませんよ! こんなことで警吏を呼ぶなんて、家の評判を落とすだけです。旦那様ご不在の状況で、外部の輩を邸に招き入れるなんてとんでもない!」
「おかしいわね。身の潔白を証明するなら、これが一番の方法なのに。無実なら反対する理由がないわ」
カールは自分が責任者な状況で、外野に好き勝手されたくないだけだ。
しかしこれもまたダイアナによって『不審な言動』に改変された。
「一番近い警吏ってどこだ?」
「距離的には隣の領地だけど、山道だから王都の方が早くないか?」
ダイアナは完全に他人事な使用人の会話に耳を澄ませた。
王都からここまで馬車で一晩かかった。そんなに待っていられない。
警吏に保護してもらえば最短でアガリだったが、そのルートは消えた。
「……仕掛けを回収されないため、この部屋は封鎖しましょう。真実が明らかになるまで、カールは容疑者よ」
書類の持ち出しがバレないよう、ダイアナは部屋を立ち入り禁止にした。
*
保護エンドを諦めたので、ダイアナは速やかに別のルートに切り替えた。
「──……呆れたわ。ここまできて、誰も私の治療をしようと言わないのね。ねえ、親切な荷車の方」
「へ? オイラ?」
「お名前は?」
「パライパですだ」
離脱のタイミングが掴めず、縮こまっていた業者の男──外部の人間に話を振る。
「パライパさん。もし私が近日中に死んだら、彼等に殺されたってことよ。首謀者がカールで、他は共犯者。この場にいる人間の顔をよく覚えて、私の無念を晴らすために証言してね」
物理的に一歩さがる者。カールから目を背ける者。
あらぬ疑いをかけられてはたまらないと、使用人たちは使用人頭から距離をおいた。
誰も上司に助太刀しようとはしない。
彼等は今日に至るまでアンバーを助けなかったのだ。
当然カールも助けたりはしない。
なにより優先すべきは己の保身。相手が誰であろうと自ら動くことはない。
このように表現すると彼等は卑怯者だが、危険を回避するのは生き物としての本能だ。
社会を形成して生活を営む人間にとって、所属する集団でのトラブルともなれば尚更。
この場でその行動の是非を論じるのは無意味であり、今ダイアナにとって重要なのは彼等が容易く操れる集団だということだ。
盲目な羊はこのまま、牧羊犬に誘導されていれば良い。
間違ってもここで空気を読まず「あれ? アンバー様じゃなくね?」とか言わないで欲しい。
「お言葉が過ぎます。治療でしたら、直ぐにヴァイト先生に来てもらいます」
「容疑者が手配した医者に身を任せるわけがないでしょ。治療するふりして私を殺そうとするかもしれないじゃない」
「先ほどから被害妄想が過ぎます!」
「どうかしら。実際は傷の消毒すらせず、部屋に閉じ込めて『手当しましたが、傷口が悪化して亡くなりました』と報告されかねないわ」
冷笑を浮かべたダイアナは、カールに向けていた視線をパライパに戻した。
「パライパさん。私を貴方の知り合いの医師のところに連れて行ってくれる?」
助けに来てもらうのがダメなら、脱出するまで。
「何を言い出すんですか!? 当家には懇意にしている医師が居るのです。それなのに外の人間に任せるなど──」
「誰が行おうと治療は治療。私に治療を受けさせる気があるなら、反対する理由はないはずよ。この期に及んで、外部の医師にみせることを拒むなんて、本当に治療するフリして私を殺すつもりだったのかしら」
「付き合っていられません。旦那様のご帰還まで部屋を封鎖し、お戻りになられたら警吏を呼ぶかどうか判断していただきます。治療には使用人を同席させます。これでよろしいですね!」
やや平静を取り戻したカールは、挑発にのらなかった。
彼が場を収めにかかったので、ダイアナは矛先を変えた。
「これは私の身を守るためだけじゃない。パライパさんを守るためでもあるのよ」
「オイラ!?」
三度矛先を向けられるパライパ。
「よくわからないけど、大変なことになってるなぁ」くらいにしか状況を理解してなかった男はギョッとした。
「カールと、彼に同調している人間は共犯者よ。パライパさんは殺人未遂の目撃者。しかも私達の会話を聞いてしまった証人でもある。私を亡き者にした後、彼等は貴方の口を封じようとするでしょう」
「こ、怖い冗談やめてくだせぇ」
パライパは冷や汗かきながら、チラチラと周囲を警戒した。
「いい加減にしてください! 事実無根です!」
「それをハッキリさせるために、警吏に調べてもらうのよ。もし捜査の結果、無実だったらいくらでも謝るわ。でもそれまでは私は自分の身を守るために何でもする。当たり前でしょう」
ダイアナは激昂するカールを睨んだ後、パライパに微笑んだ。
「医師のところに私を連れて行くパライパさんの姿を、町の人間の目に焼き付けるの。私が死んですぐに貴方にも何かあれば町の人達は怪しむでしょう」
何かを想像したのか、パライパが震えた。
「今の私にはこれくらいしか思いつかないわ。申し訳ないけど、多少は牽制になるでしょう。巻き込んでしまってごめんなさい」
嘘である。
どのルートに入ろうと、部外者の存在をフルに利用するつもりだった。
「オイラこそ、たいした力になれず申し訳ねぇです。町までちぃと距離があるんで、荷車でよければ乗っていってくだせぇ」
素直なパライパは諸悪の根源に感謝した。
簡単に詐欺に引っ掛かかりそうだなオイ。
「ここまでの話を聞いた上で、貴方は私が町医者にかかるのに反対する?」
ダイアナは手前に立っていた使用人に問いかけた。
「え!? い、いやその……治療受けるだけだし、そこまで強く反対する理由はないかと……」
突然話を振られて、使用人その1はしどろもどろに答えた。
「その隣の貴方は?」
「え? えっと、あー。杞憂だと思うけど、それで気が済むならいいんじゃないですかね」
使用人その2は無難な意見を述べた。
二人に続くように、ちらほらと「そのくらい問題ないよな」「俺は最初から反対はしていない」と使用人達が囁き合う。
彼等はこのトラブルに自分は無関係であるとアピールしているだけなのだが、カールの目には全員がダイアナの味方をしているようにうつっただろう。
「…………望むようになさってください」
孤立したカールは折れた。態度もだが、それ以上に心が折れた。
身に覚えのない容疑で責め立てられ、気がつけば孤立無援なんてあんまりだ。
もう嫌だ。
早くお家帰りたい。あ、住み込みだった。
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