脳が震える
「頭が痛くなってきた……。結局私とアダマス男爵、ヴァル殿下を除く全員が結託して、カルセドニーさん達を殺そうとしたって事であってますか?」
「二人を脅かして、八年前の真相を聞き出すのも目的だったんだろう」
「納得できるような、できないような……。こんな手の込んだ事をしなくても、二人を拉致して拷問、殺害するんじゃ駄目だったんですか?」
相当混乱しているのか、お坊ちゃんの口から物騒な言葉が飛び出した。
「それだと実行後に逮捕される可能性がある。逃げられない状況で、これが火事の復讐であると突き付けて、二人に当時のことを喋らせる。彼等が罪人だと確信したら殺す。今朝のように適当な理由をつけて僕達と別行動をとった隙に、殺して口裏を合わせれば完全犯罪成立だ」
「それであの時……いやいや、そこまで分かっていて、殿下は私達に同行したんですか!?」
「そうだ。一気に片付けていたら成功したのに。モタモタしているから、予想外の事態ひとつで失敗するんだ」
ヴァルはあっさり肯定した。
善悪の基準が敵役というより、この世の理からかけ離れた『ナニカ』だ。
「生き残った人間が揃った状況で、退場済みの執事が殺人犯のフリをして騒ぎを起こせば全員にアリバイができる。男が三人いるから、多少力業な運びになってもゴリ押しできる」
「やっぱり男なのか……?」
アメリアと初対面の時にクレイは「身長が高いな」と思ったが、改めて見てもわからない。
「女性的な顔立ちだろうと、骨格が華奢だろうと、関節や筋肉の付き方、喉仏が見えてしまえば性別がバレる。喪服なのは、ボロがでないようボク達と距離を置く理由付けと、この陽気で露出をしないためだ」
「なるほど。……執事の死はどうやったんだ?」
クレイは犯人の一味であるシストに問いかけたが、当然のようにヴァルが答えた。
「死斑の化粧をした執事が横になり、侍女が蝋燭をセットしたんだろう。死臭はおそらく実験用マウスだ」
「実験用マウス?」
「そこのドクターが本物なら簡単に手に入る。衛生的に飼育されているから獣臭は殆ど無い。小さいから死体を忍ばすのも簡単だ」
「……僕は学生です。医学部なので、マウスを手に入れることができました。血だと咄嗟に駆け寄ってしまう人がいるかもしれないので、遺体の臭いを演出して足止めしました」
死んだふりをしようと、触れられればバレてしまう。
脇に何かを挟めば手首の脈を止められるが、頸動脈で確認されたら即アウト。
「執事の死体がないことも、経歴詐称している人間も、最後の幕引きにまとめて葬れば事足りる。それこそ復讐を遂げた犯人が、別荘に火を放って自決したとかで構わない……」
パニックになられたら困るので口にしなかったが、ヴァルはこの建物には爆発物が仕掛けられている可能性が高いと考えている。
火災程度なら遺体は残る。数が合わなければ疑惑が生まれる。ならば遺体が残らないような状況にしてしまえば良い。
「そんな雑なことをして、どうにかなるんですか?」
「なるさ。その為の証人だ。君達は名士だ。高い社会的信用を持ち、拘束することによる経済損失が大きく、更に外国籍であることから不当な拘束だと騒がれたら面倒なことになる。クォーツの警備隊は簡単に捜査して、矛盾がなければ終わりにしただろう」
「その場合はアルマ商会長が罪に問われるのでは? アメトリン新会長が犯人ということになれば、フロレンス商会は全て失うことになりますよ」
あれこれと偽装工作していても、肝心なところがお粗末だとアンドリューが指摘した。
「ボク達は商会長親子が同席しているところを見ていない。偽物が本物のアメトリンを監禁していたことにすれば良い。別荘ごと希少価値の高い美術品を失えば、フロレンス商会を疑う者は居ないだろう。あれらは保険金程度で補える代物じゃない」
「ふむ。『準備の一部を手伝っただけで、島には行っていない』と言えば、彼女は他人が息子に成り代わっていることを知らなかったと言い逃れできますな」
「その通りだ。舞台を降りた役者は隠しておいた船で島を脱出。アメリアは男に戻り──本物のアメトリンとして島にある監禁場所から救出されれば、フロレンス商会は立派な被害者だ」
初めて訪れる島だ。
ここにどんな建物があるのか、クレイ達はちゃんと把握していない。
実は離れた場所に使われていない小屋があり、犯人に監禁されていたと演出するのは容易い。
「そうか! あの包帯と車椅子は、男としての容姿や身長を隠すためかっ」
クレイは膝を叩いた。
シストを本物の医者だと思いこんでいたクレイ達は、包帯男には酷い火傷があるものだと疑わなかった。
もし火傷痕ひとつない健康な若者が「自分が本物のアメトリンだ」と主張したら、同一人物だとは気付かなかっただろう。
「っざけんなよ!!」
ライが手の届く位置にいた侍女に掴みかかろうとしたが、伸ばした手をシストが止めた。
「それは僕の──僕達のセリフだ!!」
声を荒げたアメリアが、駆け寄って殴り飛ばす。
シストが咄嗟に手を離したので、ライはひとりで転倒した。
女性とは思えない威力。
そして憎しみがこもった声は、アルトというには低過ぎる。
アメリアの本当の性別が男であることは、最早疑いようがなかった。
「ボーマン。止めろ」
第二王子に命じられて、ボーマンがアメリアを拘束する。
「コレで僕は助かったんだよな! ハハハざまあみろ!!」
「いや、助かってないが」
歪な笑みで勝ち誇るウヴァロを、ヴァルが叩き落とした。
*
「今回の復讐劇とは別件で、ここクォーツではある事件が起きている。半年前の強盗事件だ」
「……ああ、二人組で片方が死んだとか」
「死んだ男は、クォーツの裏社会のボスの息子だ」
「え!? 私は早めに現地入りしたので、それなりに町の噂を聞いていましたが初耳です!」
衝撃の事実にアンドリューが目を瞬かせた。
「公にされていない関係だ。ボスは息子が表の世界で生きることを望み、生まれたばかりの我が子を手放したんだ」
劇場の歌姫が産んだ息子は、生後間もなく事情を知るカタギの人間の養子になった。
実親と養親。二組の親の望み通り、暴力とは無縁の世界で成長した彼は、地元を離れて隣国で働いていたのだが、ある日突然故郷に戻ってきた。
「成長した息子は、本当の父親がボスだと知り会いたくなった。しかし一般人が裏社会の頂点に会うのは難しい。だから犯罪者として一旗あげて、父親に接触しようとしたんだ」
犯罪者ならなんでもよかった訳ではない。
父親へのアピールが目的だったので、そのお膝元で鮮やかに盗んでみせることにしたのだ。
「褒められた手段じゃないが、彼なりに精一杯考えた結果だ」
「……」
どうして他国の王子様がそんな事情に詳しいんだよ、と誰もが思ったが口にしなかった。
なんかもう今更だった。
「しかし盗みは失敗して、彼は捕まった。手土産引っ提げて会いに行くどころか、自分が息子だとバレたら父親の足を引っ張ってしまう」
「ああ。確かクォーツ警備隊は、裏社会との分離をスローガンにしてますからね」
アンドリューが頷いた。
「そうだ。彼は自分を口実にして最悪、父親が逮捕されたり失脚するかもしれないと考えたんだろう」
「もしかして、その息子は自殺したのか……?」
無意識のうちに、クレイの口から言葉が零れ落ちていた。
「ああ。そして逃亡した方の犯人がライ・カルセドニーで、ウヴァロ・スフェーンはその仲間だ」
いつもお読みいただきありがとうございます。
ここ数日タイトル変更や、あらすじのテコ入れと立て続けに様変わりしたことで、常連の方々を戸惑わせてしまい申し訳ございません。
なんだかんだで私のモチベがすぐ復活するのは、皆様のおかげです。
芸風はそのまま。相変わらずのとんでも展開が続くので、引き続き応援お願いいたします!




