絶海の孤島殺人事件File 1
事件が起きたのは、晩餐を終えた男達がシガールームで寛いでいる時だった。
人よりも体力のないアメトリンは、執事に付き添われて一足先に部屋に戻っている。
下の階から女性の悲鳴が聞こえたので、驚いたクレイ達は顔を見合わせた後、急いで階段を降りた。
声の主は侍女のカイヤだった。
ランプによる最低限の灯りが灯された廊下に、彼女が口元を覆ってへたり込んでいる。
「──ッ!!」
開け放たれた扉を覗き込んだ瞬間、クレイは反射的に呼吸を鼻から口に切り替えた。
一瞬吸い込んでしまった空気は、経験がなくても本能で何の匂いなのかわかってしまった。
──これは死んだ生き物の匂いだ。
*
ほんのりと蝋燭が灯された部屋には執事が仰向けに倒れていた。
ただ横たわっているだけではなく、埋葬時の遺体のように胸の前で組んだ手には百合の花が添えられている。
遺体を囲むように配置された蝋燭には、コスモオラ教のシンボルが彫られている──礼拝用の蝋燭だ。
「なんですかこれは、悪趣味な」
ズカズカと部屋に入った医師のシストが、邪魔な蝋燭を吹き消すと執事の体に触れた。
頸動脈で死亡を確認すると、次いで全身に触れて硬直の度合いを調べ、靴下を下げて死斑を観察した。
「……僕は大学のカリキュラムでしか検死したことがないので、この気温だと正確な時刻はわかりませんが、死後1〜2時間でしょう」
「一体誰がこんなことを……」
「ここはアメトリン氏の部屋です、続き部屋が寝室なので話を聞きましょう。皆さんは足を踏み入れないでください」
言うな否やシストは寝室のドアをノックしたが応答がない。そもそも二階にまで悲鳴が響いたのに、アメトリンが出てこないというのはおかしい。
「もしかして部屋に居ないのでは?」
ポロリとこぼしたクレイを振り返った後、シストは扉を開け放った。
「……本当だ。居ない」
廊下からでは寝室の全貌は見えなかったが、開け放たれた窓から差し込む月光に照らされた室内は無人だった。
「車椅子もない。……彼は自力で階段を昇り降りできないので、部屋を一階にしているんです。探しましょう──」
*
遺体に関してはどうしようもないので、一旦部屋を封鎖してクレイ達はアメトリンの姿を探した。
流石にこの時間だと外は暗い。
人工的な灯りをともすのがフロレンス商会の別荘だけなので、ランプを掲げたところで足元くらいしか見えない。
簡単に屋敷周辺を探したが、アメトリンの姿はおろか車輪の跡すら見つけられなかった。
「……アイツがやったんだ」
「ライ君。心当たりがあるのか?」
ライの呟きをクレイが拾った。
死体の匂いを無防備に吸ってしまったアンドリューは、胃の中のものを吐き出した後、力尽きて休んでいる。
「アメトリンですよ! アイツがやったとしか考えられないじゃないですか!」
「何を馬鹿なことを。執事を殺した犯人が、アメトリン氏を攫ったと考えたほうが合理的です。わざわざ飾り付けた理由は分かりませんがね」
雇い主が姿を消して平静では居られないのか、シストが苛立たしげに吐き捨てた。
「これは復讐なんだよ! アイツは生きてて、俺達を此処で殺すつもりなんだ!!」
「ちょっと何が言いたいのかわからんぞ。過去に亡くなった人物と混同しとるのか? 復讐なら理由があるはずだが、思い当たるふしがあるのか?」
「そうですよ。言っておきますが、僕は心当たりがないので、復讐劇に巻き込まれたとは考えていません」
声を荒げるライに、クレイとシストが冷静に返した。
「ワシもだ。人から恨まれる覚えはないとは言えん生き方をしてきたが、フロレンス商会とのトラブルは無い。母親の商会長とはそれなりに良好な関係だと思っとるし、息子に至っては今日が初対面だ」
アルマに結婚歴はない。
息子がいるという話も聞いたことがなかったが、アメトリンはあの体だ。
女だてらに成功した彼女を妬む者は多いので、継がせるギリギリまで表舞台に出したくなかったのだろう。
「僕は身寄りのない平民なので、奨学金返済の為に専属医になりましたが、契約して一ヶ月程度です。それ以前にフロレンス商会との接点はありません」
二人は各々がフロレンス商会とどんな関係なのか告げた。
「ヤツはラズリだ……。死んだと思ったのに、……八年前の恨みをはらそうとしてるんだ!」
「ラズリ・プレーズ。八年前に教会の火事で死んだ子供の名前だな。焼け跡から遺体が発見されているが、それでも君は彼が生き延びていて、アメトリンになったと主張するのか?」
興奮状態のライに、無表情のヴァルが淡々と指摘する。
「確かに元神父は例の火事の関係者だが、彼に報復したかったのなら、どうしてこのタイミングにしたんだ? こんな辺鄙な場所なら、お披露目会が終わった後に事故に見せかけた方が簡単だろ。ワシらの目がある所で殺すなんて、自分の首を締めるだけだ」
クレイは首をひねった。
「仮にアメトリン氏の正体が火事の被害者だとしても、やっぱり僕は彼に復讐される謂れはありませんね。貴方は違うんですか?」
「それは……っもういい!!」
「よくありませんっ! この期に及んで情報の出し惜しみは止めてください。命に関わります!」
イライラと詰問するシストに、ライはへそを曲げた子供のような態度をとった。
「いいって言ってるだろ!」
「貴方はラズリ・プレーズに復讐される理由があるんですね! それを教えてください!」
「なんでそんなこと言わなきゃいけないんだよ!」
「情報がないと、これからのことを判断できないからですよ!」
お互いにヒートアップして、完全に喧嘩腰になっている。
クレイはシストに完全同意だが、彼に加勢すべきか熱くなっている二人を仲裁するべきか迷ってしまう。
「──ウヴァロ・スフェーン。君はどうなんだ?」
ヴァルに突然名指しされて、ウヴァロが体をビクつかせた。
「今までの会話からドクターは無関係。代理としてイレギュラーな形で参加したボクもそうだ」
「ワシも違いますぞ。最近まで南部に行ったことはないし、プレーズという名に覚えもない」
すかさずクレイも自己申告する。
「──私も関係ありませんわ。偶々手が空いていたから、伝言役になっただけですもの。叔母様については知りようがないけれど」
「わ、私も身に覚えはありません。フロレンス商会とはそこまで深い仲ではありませんし、家業のホテルもコランダムには進出していません」
いつの間にか侍女を連れたアメリアと、多少顔色が回復したアンドリューが合流していた。
アメリアは大判のショールで寝間着姿を隠している。侍女から騒ぎを聞いて、慌てて駆けつけたのだろう。
*
次々に身の潔白を証明する中、ヴァルに話を振られた当人は黙り込んだままだった。
周囲の視線は、自然と彼に注がれた。
「あっ、あれはアイツの自業自得だ! 僕は悪くない!」
複数人の視線に晒されて、ウヴァロが叫んだ。
「全部アイツの逆恨みだ! こんな所で殺されるなんて冗談じゃない! 迎えの船が来るまで、僕を守ってくれよ。なあ!」
「……この中で復讐の標的となっているのは、カルセドニー氏とスフェーン氏だけのようですね。僕達が君らを守るかどうかは、状況次第です。過去に何があったのか、嘘偽り無く話してください……」
「なんでだよ! 人が殺されるかもしれないってのに、見捨てるつもりなのか!?」
「当たり前でしょう。僕は医療従事者ですが、人命は尊いとか、命を救うことが使命だとは思っていません。食いっぱぐれないから医者になっただけです。余計なことに首を突っ込んで死にたくありません」
シストの開き直りっぷりにクレイは驚いたが、言いたいことはわかる。
本島から迎えの船が来るのは三日後だ。
このお披露目会の真の目的が、過去の事件に関わる人物への復讐なら、関係ない者は大人しくしていたほうが生存率が上がる。
「そんなこと分からないだろ! 口封じに全員殺すつもりかもしれないじゃないか!」
「まあ、そうですね。では後ろ暗いことのない僕達は、自衛のために団体行動しましょう。……過去のことを話すつもりがないなら、君達と一緒に行動するのはお断りです」
(この医者、強すぎんか?)
「同感です。二人が同一人物かはさておき、現状では犯行の動機が八年前の復讐である可能性が高いのですもの。狙われてる人と一緒にいて巻き込まれたくありませんわ」
「ええ。お嬢様を危険に晒すわけにはいきません」
すっかりこの場を仕切っているシストに、アメリアと侍女も加勢した。
穏健派のアンドリューも、頑なに自らの過去を語ろうとしないライとウヴァロに思うところがあったようで、二人に助け舟を出そうとはしなかった。
「……放り出されるか、過去を話すか。どちらが賢い選択か君達もわかるだろう」
容赦なくヴァルに二択を突きつけられて、二人は渋々口を開いた。
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