殺人クラゲ令嬢
マウントガールズを始末したダイアナは、スターリング侯爵から離れると婚約者を探した。
「シルバー様! お待たせしました!」
婚約者の義務としてダイアナをエスコートしたシルバーだが、彼女が中座している間は友人と歓談していた。
彼は先程の騒動には気が付いていなかったようで、のんびりとダイアナを迎えた。
お前の父親が中心だったんだぞ。夜会は情報収集の場でもあるのに、普通に友達と盛り上がって過ごすとか……やはりこの男は、侯爵家の当主としては色々不足している。
シルバーと一緒に居たのは、アレキサンダー、ルミ・ジャシンス、スフィア・フリント。
四人はクラスメイトであり、休日はWデートする仲だ。
そう。
ダイアナという婚約者が居ながら、今もスフィアと切れていないシルバー。
オブシディアン公爵家に婿入り予定でありながら、ルミと交際しているアレキサンダー。
登場人物全員クズである。
「おかえり。随分遅かったけど、もしかして友人に話しかけられたのか?」
侯爵家に生まれ、トイレ格差を体験していないシルバー。
話しかけるどころか絡まれた上に、返り討ちにしたのだが彼はそんなことなど露知らず。
本来であれば、一向に戻ってこない婚約者を心配して、彼はダイアナを探すべきだったのに、これ幸いとスフィアと夜会を楽しんでいたのだ。
(今は単なるクラスメイトとして交流していると紹介すれば、ダイアナも受け入れざるを得ないだろう)
表向きシルバーとスフィアは別れた事になっている。
(アレキサンダー殿下やルミ嬢も一緒なんだ。どうとでも言い逃れできる)
どうにもならねぇよ。
喉元過ぎれば熱さを忘れる男、シルバー・スターリング。
本日はまだダイアナの過激な言動が発揮されていなかったので、普通に油断していた。
「話しかけられましたが、友人ではありません。『金で婚約者を買った成金』と御令嬢達に指摘されただけです。とっても気持ちがよかったです!」
ほーらね。ダイアナお嬢様との会話は、油断大敵なんだぜ。
「どうしてそうなるんだ!?」
シルバーは何も考えず疑問を口にしたが、アレキサンダー達の前で深掘りするのは悪手だった。
「見ず知らずの人間に嫌味を言うなんて、負け犬の遠吠えというか……自ら道化に成り下がっていて、面白いじゃありませんか」
ふふふ、とダイアナは可愛らしく笑うが、聞いている方はちっとも笑えない。
ダイアナの金剛メンタルに、全員愕然とした。
「流行りのデザインだけど安上がりなドレス、半端なリメイクのジュエリー、それなりの価格帯だけど量産型の香水……彼女達の家が由緒正しい血統と権力を持ちながら、非才故に裕福でないのは明白です」
クレイが爵位を買ったのは、ダイアナが十歳を過ぎた頃だ。
特別誰かに教わったわけではないのだが、物心ついた後に平民から貴族になった彼女は簡単な目利きができる。
「女性だけで徒党を組んでいる時点で、エスコートしてくれる婚約者が居ないと自白しているも同然です」
「……」
「他人の家庭事情に興味津々で、あまつさえ直接イチャモンをつけるなんて……やっている事は、隣家の夫婦喧嘩を出歯亀する、下町のおばちゃんと一緒です」
ダイアナの毒舌を初めて体験した三人だけでなく、二度目のシルバーですら絶句した。
「恵まれた環境に生まれておきながら、お金も、お相手も、品もない輩の嫌味など、羨望以外の何物でもありません!」
「それ絶対に他所で言うなよ!!」
いち早く我に返ったシルバーが叫んだ。
「大丈夫です。今まで大人しい娘として印象付けてきたので、多少口が滑ったくらいでは揺るぎません」
「君の場合は、多少どころじゃないんだよ!」
「……き、君がシルバーの婚約者のダイアナ嬢か。なんというか、イメージと違って……その。す、すごいな」
なんとか言葉を捻り出したアレキサンダー。顔が引き攣っている。
この場にいる三人の令嬢の中では一番影が薄くて、弱そうに見えるのに猛毒すぎるダイアナ。
例えるならオーストラリアウンバチクラゲ(キロネックス)。
半透明な体の大半が水分で、水流任せでフヨフヨと漂うクラゲのくせに、世界屈指の猛毒の持ち主。
毒性が強すぎて、解毒剤打つ前に死に至る。
一応ウミガメが天敵だけど、ウミガメがそもそも希少なので実質敵なし。
「ダイアナ。我が国の第二王子であらせられるアレキサンダー殿下だ」
気を取り直したシルバーは、婚約者に友人達を紹介した。
「シルバーとはクラスメイトなんだ。その……なんだ、よろしく頼む」
アレキサンダーは緑髪赤目の、尊大──獅子を彷彿とさせるような堂々とした雰囲気のイケメンなのだが、今はライオンのコスプレウィッグ装着したネコちゅわんにしか見えない。ヘイヘイ! 王子ビビってるぅ!
「同じくクラスメイトのルミ・ジャシンス子爵令嬢と、……スフィア・フリント男爵令嬢だ」
ピンク色のふわふわした髪を、ツインテールにした童顔のルミ。
日曜の朝に、ふりふり衣装に変身して敵と戦っていそうな外見だ。
王家主催の夜会に、ツインテールで参加するって強いな。
さすが王子を公爵令嬢から寝取るだけある。ツラの皮の厚さマジハンパねぇ。
風俗の制服コスプレから、高級娼婦状態にシフトしただけのスフィア。
両親が厳しいので、流行りとは無縁の祖母のリメイクドレス。本人は不満そうだが、スフィアが安上がりな流行りのドレス着たら、酔っ払ったおじ様に「一晩いくらだ?」って絡まれそうなので、ご両親の判断は正しい。
男性陣は乙女ゲームに出てきそうなイケメンだが、女性陣の個性が凄い。
王族とか関係無く、この面子で連んでいたら、そりゃ目立つわ。
「まあ! シルバー様とお付き合いされていたスフィア様ですね!」
笑顔で挨拶されて、スフィアは面食らった。
てっきり傷付いたり、動揺するものと思ったが、ダイアナはスフィアを真っ直ぐ見つめると「御令嬢達の仰る通り、華やかな方ですのね」と誉めてきた。
マウントガールズは「今もスフィアとシルバーが想いあっている」系の発言はしなかったので、ダイアナは二人の仲を過去のものと捉えた。
シルバー先生は週刊誌から月刊誌に移籍して、もう暫く連載を続けるそうです。
チッ、相変わらず運の良い野郎だ。
「ええと。貴女はその……気にしないの?」
「何をですか?」
「アタシとシルバー……様が、その」
「ああ。お付き合いされていた事ですね。いいえ、ちっとも」
「そ、そう……」
ダイアナの態度は、とても虚勢を張っているようには見えない。
(一体何を考えているの?)
未知の生物を前にしたスフィアは恐ろしくなった。
迂闊に触れたら一分で死に至りそう。例えるならオーストラリアウンバチクラゲ(キロネックス)。
令嬢A〜Cとは違い、野生の勘が働いたスフィアは適当な理由を告げて退散した。
スフィアに便乗する形で、王子とその恋人もシルバーに別れを告げた。
平和ボケした一般市民と違い、クズ共は危険察知能力が高いのだ。
*
「ダイアナ。言っておくが、今の俺と彼女の間には友情しかない」
「はい」
「本当の、本当に気にしてないんだろうな?」
「ええ。男性と女性では脳が違いますから」
「? どういうことだ?」
シルバーとて脳は知っている。人間であれば性別によって違いなどないはずだ、と彼は不思議に思った。
(何かの比喩表現か、異国の諺か?)
「男性は別名保存。女性は上書き保存という話です」
またもや聞いたことのない言葉を聞かされ、シルバーは首を捻った。
「男性は歴代の彼女との思い出を個別に大切にします。女性は、新しく好きな人ができたら過去の男は忘れます」
「そうなのか!?」
「必ずしもというわけではありませんが、一般的にはそうです。──この先は私の個人的な考えですが、この性差は相手に対しても発揮されます」
「相手というと、君にとっての俺か?」
中々飲み込みの早い婚約者に、ダイアナは満足そうに頷いた。
「はい。女性は自分の恋人が、過去に素敵な女性と付き合っていたと知ると優越感を感じます。『そんな素晴らしい女性よりも、自分を選んだ』と捉えるわけです」
スパダリが好きな女子の深層心理はこれである。
ヒロインと出会う前のヒーローは、モテモテの百戦錬磨で良いのだ。
女にだらしない設定だろうと、ヒロインと出会った後に一途であれば全く問題ない。
当て馬として元カノが出てきても大丈夫。ヒーローが毅然とした態度で跳ね除けるなら、むしろ大歓迎。
「『過去どんなに遊んでいたとしても、今は自分に一途』というのは、最高のステータスです」
今もシルバーが、スフィアと隠れて付き合っている事を知らないダイアナ。
過去の女性遍歴を確認し、華やかな美人のスフィアを目の当たりにしても「でも今は私の婚約者!」と鼻高々だ。
「逆に男性は、恋人の男性遍歴を知ったら気に病みます。相手が、自分よりも格上の男だったりしたら『今は貴方だけよ』と言われても安心できません。恋人の過去が奔放であれば、それだけで鬱になります」
「…………」
少なくともシルバーは、ダイアナの説が当てはまる人間だったようだ。
彼女の言葉でうっかりスフィアの元カレを想像してしまい、しっかり憂鬱になった。
*
「──女性は上書き保存なので、もし男性が浮気したら宝物が一気にゴミに変わります」
「え?」
「自分と付き合っているのに、他の女と関係を持つ。つまり、浮気相手の女に上書きされたという事です」
先程のスパダリで例えるなら、元カノとヒロインを天秤にかける描写が出た時点でアウトだ。
うっかり一夜の過ちでも過ごそうものなら、ヒーロー交代を求めるクレーム殺到。
ヤっちゃったら、そこで試合終了ですよ。
「愛しているなら、更に自分で上書きしようとは思わないのか?」
過去を気にしないなら、自分が最新になれば良いんじゃないかとシルバーは問いかけた。
しかし前世から続く、ダイアナが男性に求める数少ない条件のひとつが『パートナー以外の異性に対して、適切な線引きができる人物』だ。
「自分というものが居ながら、他の女に目移りした男なんて、他人に使われた歯ブラシと同じです。キレイに洗っても再び使う気になんかなりません。新しい歯ブラシ買います」
「例え酷くないか!?」
あまりの言いぐさに思わずツッコんでしまったが、シルバーの心臓はバクバクと嫌な音を立てた。
つまりダイアナと婚約後もスフィアと繋がっていることがバレたら、彼女はシルバーをゴミと見做すという事だ。
「……?」
「ダイアナ?」
シルバーの婚約者の少女は、キョロキョロと周囲を見回した。
「いえ。一瞬、変な音が聞こえた気がしたんですが……気のせいみたいですね」
(この姿だけみれば、大人しくて無害そうに見えるのに)
見た目と中身のギャップが凄すぎる。例えるなら〜(以下略)
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