中二が二
「おっ。目が覚めたか!」
覚醒すると同時に、アンバーは息苦しさを感じた。
体が重くてたまらない。
1日中歩き続けた足は石になったんじゃないかと思うほど怠くて、寝違えたように首が痛い。
彼女が視線を動かすと、ベッドサイドに置いた椅子に腰掛けていた男が話しかけてきた。
「俺はブラッドだ! お前は?」
「……アンバー」
家名を言うか一瞬迷ったが、伏せておくことにした。
家に迷惑をかけたくなかったのではなく、家に戻されたくなかった。
「喉が渇いただろ! エリクサー飲むか?」
なにそれ。
(エリクサー、ってなに?)
だよな。
ブラッドと名乗る男は、どうみても水としか思えないものをアンバーに渡した。
丸一日飲まず食わずで喉はカラカラだったが、謎の液体に口をつける気にはなれず、彼女はコップを見つめるだけだった。
「そうだ! アンバー! 昨夜のことを覚えているか?」
「……」
手を伸ばせば届く距離なのに、ブラッドの声は無駄に大きい。
彼の爛々とした大きな瞳は、大きな子どものようで悪意がないことだけはわかる。
「お前は夜市で身投げしたんだ。天幕に落ちたから、幸いにも怪我はない。君はひと目を集めるため自分で落ちたのか? それとも身代わりに落とされたのか?」
「な、なに──?」
飛び降り自殺したのかと問われると、イエスともノーとも言えなかった。
アンバーは死ぬつもりだったが、空腹と疲労で気を失った気もする。
しかし、ひと目を集めるとか、身代わりとは一体……
「ハッキリ言おう。君はダイアナ・アダマスの誘拐に関与しているのか?」
「だっ、誰のことですか!? そんな誘拐なんて私──っ!」
「おっと、落ち着け! 大丈夫。ゆっくり呼吸しろ」
「吸って……吐いて……」とブラッドの指示に従って呼吸すると、次第に楽になった。
「そうだ! うまくできたなっ!」
(言われたとおりに呼吸しただけで褒められるなんて。訳がわからない)
でも何故か嬉しくて涙が出てきた。思えばアンバーが最後に褒められたのはいつだったか。
*
静かに涙を流すアンバーを、ブラッドは観察した。
彼女が飛び降りたのは、ダイアナがトイレを借りた建物だった。
ダイアナと特徴の一致する女性が落ちたと騒ぎになり、護衛がそちらに気を取られているうちに本物は姿を消した。
囮を使って隙を作り、他国の王太子の婚約者を攫ったと考えるのが妥当だ。
(最悪だ。姉上の後釜にすわった令嬢がコランダムで攫われるなんて、反女王派にとっては格好のネタだ)
婚約は円満に解消したと発表しているが、この情報が広まればルベルが婚約者を奪った女に報復したという流れにされかねない。
ルベルを貶めたい連中の仕業なのか、それとも単なる身代金目当ての誘拐か。
(極秘捜査とはいえ、一夜あけた今も男爵令嬢の行方どころか、犯人の手がかりすら見つけられないとは不甲斐ない)
被害者の奪還が最優先なら公開捜査が効果的なのだが、女性が攫われたと聞けば誰しもその貞操を疑う。
実際がどうであれ被害者の醜聞、人生の瑕疵になってしまう。
王太子の婚約者の名誉を守りたいジェンマと、王太女が嵌められるのを警戒したコランダムは、秘密裏に解決するという方針で合意した。
今回の誘拐は見事に使節団の隙をついている。
事前に情報を得た上で尾行し、最も警備が手薄になるタイミングで行動に移したとしか考えられない。
(夜市観光の詳細は一部の人間しか知り得ないのに、夜通し尋問を行っても成果なし。……いや、『内通者はいない』という、喜んでいいのか複雑な成果はあったか)
それに関しては、偶然の産物だからしゃーない。
両国の人材が無能というわけではない。いや、ダイアナお嬢様の護衛に関しては、ちょっとフォローのしようがないけど。
*
「俺は君を疑っていない、確認したいだけだ。君と件の令嬢は背格好が似ているが、似せる努力が足りていないのが理由だ」
「落ちた女は犯人の一味に違いない。叩き起こして尋問すべきだ」という意見もあったが、ブラッドは偶々似ていたから巻き込まれた一般人だと主張した。
二人とも淡い金色のストレートヘアだが、ダイアナが眉辺りで前髪を切りそろえているのに対し、アンバーは長い前髪を耳にかけて額を出している。
アンバーの方が長いのだから、髪を切ればより似せることができるのにしていない。
更に彼女たちの服は同系色だったが、デザインが全く違う。
「巻き込まれた被害者だとしても、自分を突き落とした人間の人相くらいは見ているはず。目覚めを待つなんてことはせず、一刻も早く犯人の情報を引き出すべきだ」と主張する者達もいたが、ブラッドは彼等の要求を跳ね除けた。
ブラッドは単に被害者に配慮したわけではない。
功を急いで相手を追い詰めると、状況から逃れたくて嘘を言ったり、記憶を捏造する危険がある。
自然に目覚めるのを待って、落ち着いた状況で話を聞くのが結局は一番の近道なのだ。
*
(それにしても、サフィルス王太子のあんな姿がみられるとはな……)
ブラッドにとって、サフィルスは姉の元婚約者だ。
両国の親善もあり、年一回位はブラッドも外交の場で顔を合わせていた。
それなりに雑談もしていたが、ブラッドはサフィルスの為人がさっぱりわからなかった。
義兄になるはずだった男は、いつも穏やかに微笑んで正解を叩き出し続けている人物だった。
自分の意見がない、というのは少し違う。
過去には食べ物の好き嫌い、本の感想や、興味のある分野の話もしたものだ。
しかしブラッドの記憶には、当たり障りのない内容だったという印象しか残っていない。
見識が浅かったとか、面白みがなかったわけではない。
趣味嗜好を語っているにも関わらず、普通ならそこに垣間見える人間性や、血の通った人間らしい熱を感じなかったからだ。
仮面が分厚すぎるのか、自己が希薄なのか。
とにかく『サフィルス王太子』の立ち居振る舞いはできすぎていて、生身の人としての姿が全く見えなかったのだ。
仮面と素顔の境目が分からない男。
婚約者が拐かされたところで揺らぐことなく、コランダムに対しても冷静に協力を要請するだろうとブラッドは思っていた。
(意外だったけど。うん、いいじゃないか。あの人もちゃんと人間だったんだな)
親しいとは言い切れないが、かれこれ十年以上の付き合いになる。
ブラッドは漸く等身大のサフィルスという男を見た気がした。
そして初めてサフィルスに親近感を抱き、人間らしい彼の姿に安堵した。
*
「彼女が着ていたのは、王都で量産されている服だ。情報漏洩していたなら、同じものを用意したはずだ。しかし君の服はその──個性的だ」
「っそうですよね。不格好ですよね。わたし──本当になんにもない……」
アンバーは無理やり笑顔を作ったが、目からはボロボロと涙がこぼれ落ちた。
「ああっ、違う! 勘違いするな! 良い悪いの話じゃなくて、既製品を着ている人間の身代わりが着る服じゃないってだけの話だ! それ手作りだろ? 俺の双子の弟もそうなんだ!!」
コランダムの男は、女性のファッションに興味がない。
彼女たちは布を纏っているので、そもそも婦人服の基礎知識がないとも言える。
彼女がフェミニン系とガーリー系を使い分けていても、彼氏には違いがわからないように、アンバーの実家の男達にとってダイアナのワンピースとアンバーのロリータファッションは似たようなものだったのだ。
あの家には女の使用人も居たが、老婆からすれば外国かぶれのデザインなどこれまた区別つかない。
ゴスロリを見たおばあちゃんが「今時のセーラー服は、随分ヒラヒラしよるんね〜」って言うのと同じだ。
王都の人間は、外国人観光客を見慣れているので、婦人服についてもそれなりに知識がある。
少なくとも既製服と、コスプレに片足突っ込んでいる一点物を同列にしたりはしない。
(男の人が、私みたいに服を作るの?)
目から鱗の発言に、アンバーの涙が止まった。
「そうだ! 見せてやる! 待ってろ!!」
駆け足で部屋を出ていったと思ったら、数分後にブラッドは男を一人担いで戻ってきた。
ってオイ! 中身つきかよ!
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