トゥンク
『アンバー。この子はあなたの代わりに、歴史ある我が家を継がなければいけないのよ。生まれた時から重責を背負わされている弟をあなたが助けなくてどうするの』
『お前と違って、あの子は将来が決められているんだ。可哀想な子なんだよ。姉として支えるのは当然だろう』
『姉さんみたいなパッとしなくて鈍臭い女。嫁いでも苦労するだけだし、家においてやる代わりに僕の補佐をさせようよ』
『まあ、そうね。ロクな貰い手がいないでしょうし、持参金がもったいないわ』
『行かず後家は肩身が狭いだろう。適当な仕事を任せてやれば、アンバーの奴も実家にいる大義名分ができて気が楽だろう』
(あの子の何処が可哀想なの?)
アンバーの弟は、姑息な男だ。
両親に甘やかされた彼は、射幸心の塊のような人間に成長した。
努力や苦労は大嫌いで、上手く立ち回って利益をかすめ取ることに注力する小物。
誰かと比較してしか幸せを感じることができないので、身近に自分よりも下の人物を作ることで満足感を得る悪癖がある。
その標的として最たるものが姉であるアンバーだった。
既に充分過ぎるほど親の関心を独り占めしていながら、それでも彼はもっとと願った。
(どうしてお父様もお母様も、私のことを決めつけるの?)
アンバーの意志で女に生まれたわけでもないのに、まるで存在そのものが罪だと言わんばかりに両親は彼女を蔑ろにしていた。
そんな両親も、二年前に旅先でアッサリ亡くなった。
死因はタチの悪い感染症に罹ったこと。
その土地では毎年のように流行している流感なのだが、どういうわけか二人には特効薬が効かなかったのだ。
後になって分かったことだが、その特効薬は人種によって治療に必要な量が違うという薬だった。
社交界で自慢する為に、金にものを言わせて観光地化が進んでいない地域に行った二人は、人種差を知らなかった医師に通常量しか投与されなかったらしい。
それまでアンバーは人種によって、薬の効きが違うだなんて知らなかった。人間なら皆同じだと思っていた。
*
十代半ばにして当主となった弟は、姉であるアンバーに外部に任せられないような仕事を押し付けた。
彼女には婚約者も居なければ、縁談もなかった。
弟がアンバーを社交界に連れて行かず、嫁ぎ先を探すこともなかったからだ。
持参金が惜しいとか、アンバーの為に労力を割くのが癪だからとか、厄介な事務処理を無償でさせることができる人間を失いたくないとか……理由はどれも碌でもないものだけど、家長である弟が動かなければこの国でアンバーが結婚することは──家を出る手段はない。
息を潜めて、俯いて。使用人や来客の前で弟に馬鹿にされても、気にしないフリをし続けた。
いつの間にか弟だけでなく、使用人すら勝手なことを言うようになっていたけど、心を殺して聞き流していた。
(私はあなた達なんかどうでもいい。だからあなた達の態度に傷付いたりなんかしない)
気付けば使用人の顔も名前もうろ覚えになっていた。今となっては、かろうじて使用人頭を覚えている程度だ。
自分が彼らを個人として認識せず、相手にしないのだから、彼等がアンバーを雇い主の家族だと敬わず、軽んじるのもお互い様。
自らを守るために、アンバーは心を鈍化させた。
(でも──)
ある日、ジェンマ国に留学していた従姉妹が家にやってきた。
留学先から帰国するにあたり、実家が遠いので親戚であるアンバーの家に一泊することにしたらしい。
彼女は留学中に仕立てたジェンマ国のドレスを見せてくれた。
まるで絵本の中から、お姫様が抜け出したみたいだった。
フワフワとして繊細なドレスは、宝石なんて使ってないのに輝いて見えた。
アンバーの色褪せた世界が、鮮やかに色づいた瞬間だった。
*
あの日からアンバーは変わった。
相変わらず薄暗い部屋で、押し付けられた仕事をこなす毎日だったが、すきま時間を見つけては、いや寝る間も惜しんでドレス作りを始めた。
『お姫様のドレス』は、コランダムの服とは全く違う手法で作られている。
誰も作り方を教えてくれなかったし、協力してくれなかったけど構わなかった。
手探りなので、とにかく体に当てて調節する作業を繰り返す。
拙くても、少しずつ形になってくるのが楽しかった。
現実で嫌なことを言われても、頭の中で作業の続きをイメージすれば全然平気だった。
生まれて初めて熱中できるものができたアンバーは服作りにのめり込んだ。
そんな最中、弟が仕事で暫く家をあけることになった。
丁度完成した初めてのドレスを着て、見送りに行ったアンバーに投げかけられた言葉は「見窄らしい。捨てろ」だった。
ショックで動けなくなった彼女は、クスクスと使用人の笑い声が耳に入った瞬間、恥ずかしくなった。
馬鹿にされたことが恥ずかしかった。
稚拙なドレスを自信満々に着ている自分が恥ずかしかった。
他人の言葉一つで、大切なものを簡単に恥じてしまう自分が何より恥ずかしかった。
*
気がついたら、アンバーは王都に向かう道を歩いていた。
行き交う人々は着の身着のままで歩く女を怪訝そうに見るものの、ワケアリには関わりたくないと声をかけてくることはなかった。異様な様子の彼女には、人攫いすら近寄らなかった。
特段目的があったわけではないけれど、何も考える気になれなくて、彼女は体が動くままに歩き続けた。
何かを考えようとすると、涙が出てきて駄目だった。
何時間も黙々と歩き、彼女が王都に到着したのは夜だった。
遅い時間にも関わらず、明るくて賑わっている場所があったので、アンバーの足は自然とそこに向いた。
*
「うわぁ……」
夏の名残を感じさせる、仄かに明るい夜の帳。
その一角は色とりどりのランプに照らされて、お祭りのように人の陽気で溢れていた。
(すごい。別の世界に迷い込んだみたい……)
アンバーは初めて見る幻想的な光景に息を呑んだ。
空腹を感じる段階を通り過ぎた彼女は、もはや食欲を感じなくなっていた。
足が痛くて、一歩歩くだけでも体が重たかったが夢心地で見て回った。
「今日は早めに店じまいするよ」と店主が、売り子に話すのがアンバーの耳に入った。
(終わっちゃう……)
楽しい時間も残りわずか。お祭りはいつか終わる。
全部の店が閉まったら、ランプの灯りが消えたら自分は何処に行けば良い?
(このまま。楽しいまま終わりにしたい……)
アンバーはフラフラと近くの建物に入り、階段を登った。
屋上から見下ろした町は、キラキラとして綺麗だった──……
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こんな状態からでも幸せになれる保険あるんですか?
→たりめぇよ。次回からいつものノリだ!




