ポケットの中には何がある?
カールに部屋へ戻るよう言われたところで、ダイアナはその部屋とやらがどこにあるのか知らない。
彼女は無言のまま、あたかも叱られて落ち込んでいるかのように、布を軽く握りしめて項垂れてみせた。
ダイアナの目論見は成功し、数秒動きを止めてみせただけで、舌打ちした護衛に腕を掴まれた。
随分乱暴なエスコートだが、背に腹は変えられない。
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腕を引かれながら歩く屋敷は、かなり大きな建物だった。
広さはアダマス邸と良い勝負だが、築数年のダイアナの実家と違って至るところに歴史の重みを感じる。
調度品にも金がかけられており、古い家柄でありながら時代の波に乗り遅れることなく繁栄しているのが見てとれた。
(私くらいの姉を持つなら、当主はまだ十代のはず。随分上手くやってるんだな……)
ダイアナは現在十七歳。
誤差を考慮してもアンバーは十代後半から二十代前半だろう。
(注)この世界は季節は巡るが、年はとらないループ世界ではございません。
なにか強い後ろ盾があるのかもしれないが、後見人が居るにしてもその人物と上手くやれていなければ、若い当主なんて簡単に食い物にされて家の中は侘びしくなっているはず。
地方の美術館で展示されていそうなレベルの壺や絵画を、インテリアとして廊下に飾ったりなんてできやしないだろう。
使用人は、主人を映す鏡だ。
彼等のアンバーへの態度が悪いのは、当主が品位に欠けているのか、他でもない当主自らが率先して姉を虐げているかだ。
どちらにせよ問題だと思うが、それでもアンバーの弟はかなり優秀な人物なのだろう。
*
ダイアナが押し込められたのは、三階にある薄暗い資料室のような部屋だった。
護衛の足音が遠ざかるのを確認すると、ダイアナは早速行動を開始した。
誰かと接触すればアンバーではないとバレる可能性が高まるので、扉の前に机を移動させてバリケードにする。
閉じ込められるのではなく、自ら閉じこもった。
(ここに何があるのか把握して、どんな選択肢があるのか探す──)
入口を封鎖すると、冷静になるために一度深呼吸して心を落ち着けた。
出入り口は、廊下に繋がる扉一ヶ所のみ。
窓は、はめ殺しのものがひとつあるだけ。
窓が面しているのは屋敷の裏側であり、見下ろせばダイアナを乗せた馬車が通った道が広がっていた。
窓の外には、都合良く脱出におあつらえ向きの木もなければ、左右や階下に飛び移れるようなバルコニーがあるわけでもない。
体に巻いている布は身の丈程度の長さしか無いので、命綱としては短すぎる。
(窓を割って抜け出したところで、地上には降りられないか……)
ダイアナのフィジカルは並だ。
神的なサムシングによる加護もなければ、実は特殊な体の持ち主で捌倍娘なんてこともない。
運動能力は見た目通りなので、足場もないのに壁を伝って逃げ出すことはできない。
もしこの窓が屋敷の正面側にあれば、こっそり逃げ出すことはできなくても、窓を割って来客に助けを求めることができた。
これだけ立派な家に客として訪れる人物ならば、それ相応の身分を持つ。
この家の連中に協力して共犯者になることよりも、ダイアナを保護して褒美を受け取る方が賢い選択なのは一目瞭然。
裏口を使うような出入りの業者とは違い、それなりの身分の持ち主が相手であれば、圧力をかけて従わせることはできない。
しかしこの部屋では、いくら考えたところでその案は実現不可能。
(まあ、長居するほど身バレの危険が高くなるんだから、来るかどうかもわからない客をあてにするのはそもそもボツなんだけど……)
カールは「旦那様ご不在の間」と言っていた。単なる外出ではないのだろう。
暫く当主が家をあけているのであれば、客が訪れる確率はぐっと減る。
(確実なことだけ積み上げて帰還ルートを構築したいところだけど、時間と情報がとにかく足りない。どの流れになっても対応できるよう何パターンか考えて、確率が高いものを繋いでいくしかない)
命がかかっているのだ。
ご都合主義な展開なんて期待していられない。
*
ダイアナは窓の外に向けていた視線を、部屋の内部に戻した。
書庫のような空間には、背伸びしないと上の段まで手が届かないくらい大きな本棚が並んでいる。
但し中に収まっているのは、本というより書類が綴じられた冊子だ。
本棚以外の大型家具は、先程バリケードとして使った執務机と椅子。
机上には積み上げられた書類。
引き出しの中は、赤と黒のインクとペンが数本。
(これが仕事か……)
ダイアナはパラパラと書類を捲った。
どうやらアンバーが押し付けられていたのは、この家の経理だ。
ざっと見た限り三分の一くらいは施設名が記された書類だったので、事業関連の会計処理も混ざっているのだろう。
施設名はコランダムの古い言葉が由来のようだ。直訳すると『美の楽園』。
うーむ、どんな施設なのか全く想像できない。
由緒正しい家が手掛けているのだからさぞかし高尚な事業なのだろうが、ぶっちゃけそんな名前の娼館ありそう。
(請求先として書かれてる住所からすると、この施設は屋敷の近くに建ってるみたいだな)
番地が違うだけなので、ご近所さんのはずだ。
もう一度窓に近寄り、見える範囲で左右を確認したが、それらしき建物は見えなかった。
(別の方法を探すか……そういえば『夕方に回収に来る』って言ってたな)
ダイアナを乗せた馬車とすれ違ったということは、相手は屋敷で仕事を終えて帰ったということだ。つまり外部の人間。
そして何かを回収するために、その人物は夕方には眼下の道を通る可能性が非常に高い。
(……外部の人間ならまあ、いけるかな。問題はどうやって勝率を上げるか──)
わりとシャレにならないくらい絶体絶命なのに、冷静に部屋を検分するダイアナお嬢様。
前世は一般家庭で育ち、今世はお嬢様なのに、どうして行動がゴブリン絶対殺すマンなんだよ。
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