絶対にやるなよ!
今回のコランダム建国記念式典は、例年とは比べ物にならない大規模なものだ。
理由は二つ、王太女となったルベルの国外に対する初お披露目の場であること、そしてこれが彼女の婿探しの場であることだ。
本来であれば、ルベルの相手は国内の貴族であることが望ましい。
建国以来初の女王となる彼女には、足元を固めるために有力貴族の後ろ盾があった方が良い。
しかしコランダムの男性は、軒並み男尊女卑思考が染み付いていた。
王配という立場を理解せず、自身が実質的な王になるものだと考えている輩が多すぎた。
ルベルが王配に求めているのは、自分の補佐だ。
彼女を傀儡にして、思うままに振る舞いたい者を選ぶつもりはない。
今回のパーティーには、国外の独身男性が多数招待されている。
ジェンマ国の出席者はダイアナ、サフィルス、アレキサンダーだ。
アレキサンダーの出席は、ルベル直々のご指名だった。
ついにルベルもヤツを婿にすれば、敬愛する導師と義姉妹になれることに気付いちまったか。
ルベルとアレキサンダーが結婚すれば、両国の関係はルベルとダイアナの個人的な仲だけではなく、対外的に確固たるものになる。
アレキサンダーは天かすから、食パンの耳に進化した。ラスクにしたら値段がつくかもしれない!
アレキサンダーは婚約者持ちだが、パートナーとしてエスメラルダは同行していない。
今回の外遊はアレキサンダーだけでなく、エスメラルダにとっても重要な転機となる。
エスメラルダは真面目だ。
ダイアナの影響で随分逞しくなったが、根本的なところは変わらない。
口ではなんと言おうと、彼女は婚約者がいる身で異性に近付く真似はしない。
娘の性格をよく分かっている両親は、アレキサンダーの不在期間に夜会をひらき、身分の釣り合うパートナーがいない者同士ということでギャラハッドがエスメラルダをエスコートするようお膳立てした。
ギャラハッドとサシで接する機会をつくり、彼女に己の婚約をどうするか考えさせるためだ。
*
きらびやかなパーティー会場を見回したダイアナは、若いのに杖を携えた男の後ろ姿を見付けた。周囲をこれまた同年代の野郎共が取り囲んでいる。
「もしかしてアルチュール殿下?」
皇太子となったアルチュールがルベルの婿になることは不可能なので、次代の王同士で顔を繋ぐ目的だろう。
(周囲にいるのは殿下の側近か。外交に来たのにバリケード作ってちゃ意味ないでしょ。どこまで過保護なんだか……)
視線を感じ取ったのか、アルチュールが振り向いた。ダイアナと目が合うと何故か焦ったように近づいてきた。
「アナ! これは皇太子としての外交だ。くれぐれも誤解するなよ!」
しねーよ。開口一番それかよ。
「アルチュール殿下、ご無沙汰しております。皇太子となられたこと、改めてお祝い申し上げます」
「そうだ。本当に久方ぶりだ。何故手紙の一つも寄越さないんだ薄情者。帝国ではあれだけ良くしてやったというのに、用が済んだらお払い箱ということか。お前にとって俺との関係はその程度のものなのか? お前が帰ってから、残された俺がどんな気持ちで日々過ごしたと──……」
浮気バレたメンヘラが言い訳→相手を責める流れまんまじゃん。
家族間の確執が緩和したことでマシになったはずのアルチュールだが、久しぶりに生身のダイアナを目にしたことでスイッチオンしてしまったようだ。
「我が国と帝国がどれだけ離れていると思っているんですか、文通するには距離がありすぎます。忙しいと分かっている相手に、私的な手紙を送ったりできませんよ」
アルチュールには直接別れの挨拶をしたので、ダイアナは儀礼的な手紙を送る必要はないと判断していた。私的な手紙に至っては言わずもがな。
次代のギャラン帝国皇帝とジェンマ国王妃なので、それなりに良好な関係を維持すべきだとは思うが、それぞれ配偶者を持つ身なので、殊更仲を深めるつもりはない。
「なら状況が許せば、手紙を送るつもりではあるんだな?」
「え──」
「お前からの手紙くらい大した手間じゃない。遠慮なく送れ」
「……お互い立場があるので、その件は追々。ルベル殿下にはもう挨拶されたんですか?」
「なんだ。俺と王太女との関係が気になるのか?」
この場では返事を保留にして、後で「許可が出ませんでした。残念!」にするつもりだったダイアナ。適当に話題を変えたら、不機嫌から一転してアルチュールのテンションが上った。
彼は自分とルベルの仲を、ダイアナが気にしていると勘違いしたようだ。情緒ジェットコースターかよ。
「君達は仲がいいんだな……」
内輪ノリについていけなかったサフィルスが、ポツリと呟いた。
「サフィルス殿下が何処までお聞きになっているか分かりませんが、以前アルチュール殿下には色々ご助力いただきました。アルチュール殿下、誤解を招くような発言は控えてください」
サフィルスが記憶喪失であることを悟られないよう言葉を選んだが、愛称呼びを封印したことでアルチュールは二人の距離が遠のいていることを敏感に察知した。
「俺は至って普通に接しているだけだ。逆にお前たち二人は、少し余所余所しくなったんじゃないか?」
「公の場なので弁えているだけですよ。私達はまだ挨拶回りが済んでいないので、失礼しますね」
「ああ、また会おう」
遠ざかる二人の姿。サフィルスはダイアナをエスコートしているが、やはり前回会った時に比べると態度が固い。
「……ふん。少し探るか」
アルチュールにとってダイアナは特別な存在だ。
(大事にしているようだから譲ってやったのに……そんな扱いをするなら潔く手放せ)
え、待って。
惚れた女の幸せのために身をひいた、みたいに振る舞ってるけど、実際は相手にされなくて拗ねてるうちにダイアナお嬢様が帰国しちゃっただけだろ。
アルチュール。お願いだから息子に自分を投影して、ダイアナお嬢様の娘と結婚させようとしたりしないでくれよ。Web小説でそれやると高確率で婚約破棄になるからな。
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