誤シップガール
「援助だけ受け取り、結婚後は妻を閉じ込めて、愛人と夫婦ごっこをする」なんて、ジェンマ国がいくら恋愛結婚マンセーなお国柄だろうと、ゲスの極み過ぎる。
スフィアとシルバーが、当初考えた筋書きはこうだ。
『スフィアと交際中のシルバーに、ダイアナが横恋慕をした。
父親であるクレイは娘の恋心に便乗し、スターリング家を罠に嵌めて政略結婚を強要。
しかし結婚後、ダイアナは侯爵夫人の役目を放棄して、部屋に引きこもってしまった。
家のために泣く泣く結婚を受け入れたシルバーだが、義務も果たさず夫の愛を求めるばかりの妻に限界が来て、一度は手放したスフィアを迎入れた。
ダイアナが断固として別れようとしないため、二人は正式な夫婦にはなれない。
しかし法が認めなくても構わない。仮令世間から非難されようと、二人にとっては唯一無二、真実の愛なのだ――』
不倫を綺麗に取り繕った、よくあるラブストーリーだ。
どんなに悲劇的に演出しても、やってる事は不貞である。
どう考えても悪いのは夫なのに、何故か別れない本妻が悪者扱いされるヤツ。
覚醒前のダイアナの性格で、クレイが結婚後の待遇について細かく取り決めを明示していなければ実現していただろうが、『たられば』に意味などない。
*
先日のシルバーの台詞から「ダイアナが自分から婚約を辞退すれば、スターリング家がアダマス家に乗っ取られることはない」とスフィアは解釈した。
婚約解消となれば、間違いなくスターリング家は破産一直線なのだが、自分の恋人がお金持ちのお嬢様の言いなりになることの方が彼女には耐えられなかったのである。
年齢詐称疑惑のあるスフィアだが、この辺は普通に年相応の小娘だった。
シルバーの過失は、両家の取り決めや、ダイアナとのやり取りの詳細をスフィアに伝えなかったことだ。
自分が代用可能な存在だなんて、男のプライドが邪魔をして言えなかったのだろうがご愁傷様である。
シルバー先生の次回作(来世)にご期待ください。
ともあれスフィアに扇動された少女達は、崖っぷちに立たされていた。
卑怯な手段で恋人を奪われた友人の為、義憤に駆られたというのは嘘ではないが、それだけでもない。
正義を行使するのは気持ちが良い、自分の家よりダイアナが裕福なのが気に入らない、大人しい人間を叩いてストレス解消をしたい……
彼女達は浅はかな己の行動を、一生後悔する事になるのである。相手が悪かった。
そもそも政略結婚はスターリング家とアダマス家で交わされた契約。
シルバーの恋人とはいえ、スフィアは部外者。
その友人なんて、下世話な野次馬でしかない。
ここが魔法のある世界で、隷属の魔法でシルバーを支配しているならまだしも、そんな都合の良い設定はない。
当主がシルバーに政略結婚を命じたとしても、彼に全てを捨てる覚悟があれば抵抗できたのである。
クレイも覚醒前のダイアナも、スターリング家を継ぐ者であれば、結婚相手はシルバーじゃなくても良かったのだ。
この政略結婚は人身売買ではない。奴隷契約でもない。提案から結ばれた対等な契約だ。
そもそも文句を言う事自体がお門違いなのである。
*
「私の言葉だけでは信用に足りないでしょうから、一緒に確認に参りましょう」
にこりと微笑むとダイアナは令嬢AとBの腕に、自分の腕を絡ませた。
「え?」
「ちょっと!?」
抵抗されそうになったので、ダイアナが今日のドレスの総額を告げると忽ち大人しくなった。
クレイが見栄のために最高級品を身に付けさせるので、ダイアナお嬢様のフルコーデは令嬢三人分よりもお高いのだ。
彼女達の心境は、舞妓さんが側を歩いている時のタクシーの運転手に近い。
もしぶつけて怪我でもさせたら、物凄い賠償金を請求される!!
両手に令嬢を掴んだダイアナは、鼻歌を歌いながら舞踏会の会場に連行した。曲は勿論、子牛を市場に売りに行く例のアレだ。
残された一人は暫く迷った素振りを見せたが、距離をあけてついてきた。
*
スターリング侯爵はダンディーなイケオジである。
実はクローンだと言われても納得できるほど、シルバーの容姿は父親似だ。
「おや。ダイアナ嬢、私に何か用かな?」
「閣下、ご歓談中に失礼致します。彼女達が例のリストについて確認したいと。私はその付き添いです」
ダンディーな容姿に相応しい、バリトンボイスだ。
これでちゃんと金勘定ができれば、言うことなしだったのに……
致命的に残念な所があるのも、親子でそっくりである。
息子の代役となる者のリスト作成は、スターリング侯爵にとっては不愉快な作業だ。
縁起でもないと一刀両断したい所だが、現実的に対策は必要なので渋々行っている。
そんな良い感情を抱いていない物に対して、脈絡なく言及されて侯爵の機嫌は急降下した。
「……君達は誰だ?」
「え? ご親戚ではないのですか?」
ダイアナは、大げさに驚いたフリをした。
「……いいや。何故そんな勘違いを?」
「スターリング家の内情について差し出口を挟まれていたので、てっきり近しい方々だと思ったのです」
人の行き交う雑多なホールだが、若い令嬢が連れ立って、壮年のスターリング侯爵と話す姿は目立つ。
時間と共に人々の注目は四人に集まり、物見高い人々は足を止めて一定距離をあけてこの会話の様子を窺った。
さり気なく装いつつも、貴族達は集まってきた。行列が行列を呼ぶ、バンドワゴン効果だ。
「お恥ずかしながら、侯爵家縁の人物は全て記憶したつもりでいましたが、私には彼女達に心当たりがなくて……歴史ある大貴族であれば、思わぬ所で繋がりがあるでしょうし、お話に同席して閣下にご紹介いただこうと思ったのですが――」
「覚えがない。君達はどこの家の者なんだ?」
侯爵直々に問い質されては、答えないわけにはいかない。
令嬢AとBは涙ぐみながら、か細い声で名乗った。
「スターリングの家門ではない。我が家の事に口出しするなど、どんな教育を受けているのか理解に苦しむ。全くもって不愉快だ!」
いつの間にやらスターリング侯爵を中心として、ホールの一角は即興劇場になっていた。
侯爵の最後の言葉は、興味津々で事の成り行きを見届けようとする者達の耳にハッキリと届いた。
「他家の事情を嗅ぎ回る令嬢」「スターリング侯爵を怒らせた令嬢」として、彼女達の顔と名前は知れ渡った。
ところで何故、四人なのか疑問に思った人もいるだろう。
令嬢Cは雲行きが怪しくなった序盤で、人混みに紛れて逃げ出したからさ。
ダイアナお嬢様にしては、一人見逃してやるなんて甘いって?
ノンノン! その考えが甘い!
大勢の前で吊し上げられた令嬢AとBは、一人だけ逃げ出したCを恨むのさ。
AとBの怒りの矛先は、噛み付いたら火傷では済まないダイアナではなく、普通の令嬢であるCに向けられることになる。
三人まとめて公開処刑したら、一致団結して窮鼠猫を噛む可能性があるが、ダイアナが仲間割れする方向に誘導したことでその可能性は潰えたのだ。
彼女達が揉めれば揉める程、ダイアナに絡もうとする正義のお節介共は減る。二の舞になりたくないからな。
もしこのピンチを乗り越えて、真の友情で結ばれた三人がダイアナに挑んでくる事があれば、再び返り討ちにするまでよ!
少年漫画で序盤に出てきた咬ませ犬が、敗北を糧に思わぬ成長を遂げて再登場するパターンだな。
場合によっては、主人公の仲間になってレギュラー化も夢じゃない!
彼女達に、その器があるかは知らんけど。
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