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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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九十五章 北の三段目

九十五章 北の三段目


 アンネリ、アナ、ジェニの三人はようやく「北の三段目」に登り着いた。アナとジェニは汗だくになって息を切らせていた。

 階段のそばの岩の塊に腰を下ろして休んでいる二人を見てアンネリは言った。

「だらしないなぁ…。これぐらいでへばってどうするんだよ。」

「はぁはぁ…前衛と…一緒にしないでよぉ〜〜…はぁ…。」

 目の前に大きな建物があったが、中に人の気配はなかった。

「あれは練兵部の食堂だよ。あそこで朝食と夕食をみんなで摂るんだ。今は昼時だから誰もいないね。同じものが『南の斜面』にもあるけど、そっちは生産部の人たち専用だね。」

「生産部って?」

「イェルメイドは大きく分けて、練兵部と生産部の二つに分かれるんだ。生産部のイェルメイドは兵士じゃない。農業や牧畜、紡績、織機とか生活に必要なものを作る人たちだ。ほとんどは駆け込みの女たちかな…成人しちゃうと兵士の訓練はなかなか身につかないからね。田植えとか収穫期には、練兵部も手伝うけどね。」

「ふぅ〜〜ん…あの建物は?」

「あれは湯殿だね。寒くなったらあそこで大釜にガンガンお湯を沸かして、湯浴みをするんだ。…そして、あれ…。」

 アンネリが指を差した。その先には落差10mほどの滝があり、その滝の水を全て受け止めている泉があった。受け止められた水は岩肌をえぐったような洞窟に流れ込み、地下水脈となってイェルマの外に出ていくのだ。

 その泉の周りで十数人のイェルメイドが水浴びをしていて、みんな…一糸纏わぬ姿だった。泉のそばで仲間と一緒にお喋りをしながら体を洗っている者、泉の真ん中で遊泳を楽しむ者…ここは非番のイェルメイド達の憩いの場所だった。

「ワオォッ…!」

 アナが絶叫した。

「だいぶ水が冷たくなってきたからどうかと思ったけど、まだ結構いたな。」

 アンネリとアナは泉に近寄って、女たちの鍛え抜かれて均整のとれた美しい姿を見て楽しんだ。

「ふふふ、なかなか…オツな文化ですねぇ…。」

 アナは至極気に入ったようだ。ただ…ストレートのジェニには理解し難い嗜好だった。

(女が女の裸を見て…何が楽しいんだろ…?)

 泉に腰まで使って沐浴をしていた女のひとりがアンネリを見つけて声を掛けてきた。

「あら、アンネリじゃない。お帰りぃ〜〜、帰ってきたのね?」

「ん…まぁね…。」

「どうだった?…って、聞くだけ野暮かっ!」

 女とその仲間はけらけらと笑った。

「…そのちらの二人は見ない顔ね。もしかして…旅先でねんごろになった『彼女』さん?」

「うん…こっちはね。あたしのステディ…。」

「え〜〜っ…こんな可愛い娘を…アンネリ、うまくやったわねぇっ!」

 この会話を聞いていたアナとジェニは少し驚いた。

 生まれて成人するまで、ほとんどのイェルメイドは男と接触する機会はない。強いて言えば、コッペリ村の男ぐらいだろうか。そんな環境下では、裸を見る見られるといった羞恥心は育たない。また、レズビアンの存在も必然であり、イェルメイド達はそれをおおらかに受容しているのだった。

 アナは顔を少し赤らめて言った。

「ああ…イェルマ、いいわねぇ。私は自分の性癖をちょっと後ろめたく思ってたけど、イェルマだったら全然平気かもしれない…。」

(…ううぅ〜〜ん…私はイケメンの若い男の方がいいかも…。)

 ジェニだけは理解できなくて腕組みをして唸っていた。

 するとそこに、数人のイェルメイドを連れた初老の女が現れ、アナに声を掛けた。

「こちらにいらっしゃいましたか…クレリックのアナ殿ですね?」

「あ…はい…。」

「私はマーゴットと申します。イェルマでは魔道房を任されている魔道士です。イェルマへの移住を考えられているとか…挨拶方々、やって参りました…。」

「…どうもです。見学させていただいてます。」

 マーゴットの後ろに控えていた黒髪の女が前に進み出た。

「うわ…ボタンさん!」

 アンネリの言葉に…一瞬、アナがアンネリに厳しい視線を送った。最近のアナはアンネリに厳しい。アナは意外に独占欲が強いのかもしれない。

「初めまして。城塞都市イェルマの王…ボタンです。イェルマはアナさんを歓迎します。」

「…王様…⁉︎」

「あははは…形だけの王様なのでかしこまらないで結構ですよ。イェルマでは世襲による王位継承はありません。将軍、大臣の合意で…無理矢理任命された王様ですよ。」

「それは素晴らしい事ですね…そんな王様の決め方があるなんて!」

 ボタンはちらっとアンネリを見た。

「…アンネリ、お前が連れて来たそうだな。よくやったな。」

「…あ、はい。」

 アンネリとボタンはいとこ同士だった。漆黒の髪を持つのはイェルマでは彼女達の一族だけだ。

 蒼龍将軍のマーゴットが連れてきた衛兵に合図をすると、衛兵は持っていた陶器製の水差しから陶器製のコップに水を注いで、それをアナとジェニに手渡した。水差しの中でコロン…という音が鳴った。

 アナとジェニは「気が利いている!」と思った。急斜面の階段を登り続けたので喉が渇いていたのだ。そして、コップを受け取ってその冷たさに二人は驚いた。

「…冷たい!これは井戸の水ですか?」

「イェルマの『南の五段目』からさらに上の洞窟に氷室がございます。そこに保存しております氷を使いました。『北の一段目』にいた魔道士が、クレリック殿は『三段目』を目指していて多分疲れてらっしゃると念話で伝えてきたのでご用意しました。」

 アナとジェニは水を飲んだ。その冷たさに、疲れが吹き飛ぶ思いだった。

 ひと息ついたアナはマーゴットに尋ねた。

「こちらには神殿または聖堂の類はありますか?あれば礼拝したいのですが…。」

「…『北の五段目』に廟がございますよ。」

「廟…?」

 マーゴットを先頭にボタン、アナ、アンネリ…と二列になって階段を登った。ジェニは自分の横を歩いている大きな弓を担いだ女兵士…アルテミスに興味を持った。

「あの…あなたはアーチャーなんですか?」

「…そうだが…?」

「私もアーチャーなんです。まだ、スキルは三つしか持ってませんけど…。失礼ですけど…あなたはスキル持ちですか?」

「…二回ほど折り返してる。あなた達の言い方じゃぁ、深度2カンスト…と言うのかな?」

(おおおおぉ〜〜…!)

 ジェニの目が輝いた。自分以上のスキルを持ったアーチャーを初めて見たからだ。

「ど…どうしたら、あなたのように強くなれるのでしょうか…?」

「どうしたら、と言われても…口で説明できるような事ではないな…。」

 ジェニは沈黙した…。沈黙して、無言で階段を登った。

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