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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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九十章 イェルマ見学 その2

九十章 イェルマ見学 その2


 ヒラリーを加えた四人は城門をくぐった。男子禁制の女人の国…城塞都市イェルマが今、四人の前にその秘密のベールを脱いだのだ。

 城門をくぐると、そこには平坦な広い馬場があり、幾つかの騎馬返しを縫うように十数騎の騎馬が馬術訓練をしていて、数十人の女兵士が待機してそれを見ていた。敵に城門を抜かれた場合、ここが最終決戦場になる。

「見た感じ…軍事施設が見当たらないねぇ…。」

 ヒラリーの疑問にアンネリが答えた。

「ぱっと見ただけじゃ、どこに何があるかが分からないように建物で目隠ししてあるんだよ。いざとなったら号令ひとつで数百人がここに集まってくるよ。」

「なるほど…。」

 二人の女兵士が四人の元にやって来て、ひとりは馬を預かって右側の木造の建物の中に曳いていった。建物の奥には斜面を切り拓いて作った厩舎があるのだ。

 もうひとりの女兵士が四人に要件を尋ねた。アンネリが答えた。

「あたしは斥候房のアンネリだ。この人はアナと言ってクレリックだ。移住を前に、一度イェルマを見てみたいというので連れてきた。ちょっとあたしがイェルマを案内するよ。」

「そうですか…しばしここでお待ちください。将軍に確認してまいります…。」

 そう言って「北の斜面」の階段を走って登って行った。

 アンネリは三人を誘導して、馬術訓練の邪魔にならないように馬場の脇を通って先に進んだ。

「アンネリ…ここで待ってろって言われたのに、進んじゃっていいの?」

「いいのいいの。あっちがあたし達を見つけてくれるって。」

 左右はどこまでも山の斜面が続いていて、中腹の所々に大きな建物が見えた。数百年をかけて少しずつ斜面を削り、整地して人の住める渓谷に改造したのである。

 四人は「北の斜面」の不揃いの階段を登って、「北の一段目」に到達した。すると、三十人ばかりの若いイェルメイド達とすれ違った。彼女達はぜぇぜぇ言いながら、猛烈な勢いで「北の二段目」への階段を登っていった。

「…今のは?」

「多分、剣士房の若い子たちだね。…ランニングだよ。体力をつけるために、若いうちはとにかく走らされるんだ…。あたしもよく走った…。」

 アンネリにとっては苦い経験だったのか、声に力がなかった。

「北の一段目」から下を見ると…確かにあちらこちらでイェルメイドが列を作って走っているのが見えた。冒険者も自己を鍛えるために走ったり素振りをしたりするが、イェルメイドは根本的に冒険者とは違うなとヒラリーは思った…彼女達は軍人なのだ。

 小さな建物の前で数十人のイェルメイドが棍棒を持って二人一組で打ち込みの練習をしていた。

「ここは槍手房だよ。ランサーが訓練してるね。」

 小さな建物は「房主堂」と呼ばれ、ランサーの責任者、房主が寝泊まりする家屋である。通常は、房主と師範二人、副師範二人の五人で使う。他の者は別の大きな建物の寮で集団生活をしている。

 ヒラリーはランサーに興味津々だった。義勇軍や騎士兵団のような軍隊では槍持ちの兵士をよく見るが、冒険者では少ない方だ。どんなスキルを持っているのだろう…。

 隻眼でアイパッチをしている長身の女がアンネリ達を見止めて声を掛けてきた。

「お〜〜いっ…そこの四人、誰だお前らっ!」

「…ベレッタ師範、あたしです。斥候房のアンネリです。」

「おお、アンネリだったか。レザーアーマー着けてないから判らなかった…あはははっ!…で、他の三人は?」

「ええと…あたしの友人…じゃだめか。クレリックさんが連れてきた友人です…。」

「何っ?クレリック?…お前が連れてきたのかっ⁉︎お手柄じゃないかっ!」

 アンネリはベレッタに少し苦手意識があった。アンネリはオリヴィアのような騒々しいタイプの人間は苦手だった。その様子を見て取って、アナが助けに入った。

「初めまして…。ベレッタさん…でよろしいでしょうか?私はアナと申します、中級のクレリックです。よろしくお願いします、ベレッタさん。」

「アナさんっ!初対面で悪いんだけど、ちょっと診てもらいたい子がいる…誰か、テルマを連れて来い。」

 房主堂から、イェルメイドに連れられて十歳ぐらいの女の子が出てきた。女の子は右腕を紫色に腫らし、添え木をつけられて泣いていた。

「骨折だと思うんだが…どお?」

「ちょっと待って…。」

 アナはすぐにテルマの右腕を触診した。

「よかった…単純骨折みたいですね。」

 アナは「神の回帰の息吹き」の呪文を唱えた。テルマの右腕は瞬く間に治癒した。

「どうだテルマ、まだ痛いか?」

「…痛くな〜い。」

「うおおぉ〜〜…ほ、本物のクレリックだっ!ありがとう、アナさんっ!」

「骨がくっついたばかりだから、ひと晩は無理をさせないようにしてくださいね。」

「わかったっ!」

 ベレッタの話だと、テルマは孤児でイェルマに来たばかりで、適性があったので槍手房に配属されてきた。しばらくは見稽古ということで訓練を見学させていたが、激しい組み打ちで誤って棍棒がテルマの腕に当たったのだった。

 アンネリとアナはベレッタに軽くお辞儀をして、次の「北の二段目」を目指そうとした。その時、ヒラリーが言った。

「私、ここでしばらくランサーの訓練を見学していいかな?」

 ヒラリーがちらっとベレッタの方を見ると、ベレッタは笑っていた。

「お前、剣士か。珍しい剣を腰にぶら下げてるな…」

 ベレッタはヒラリーの腰のレイピアを指差して言った。

「…私もちょっと見てみたいな…アンネリ、こいつはここに置いてけ。」

 アンネリは困惑した顔でヒラリーのそばにくっついて小声で言った。

「ヒラリーさん…適当なところで引いてよ。この人、熱くなると行くところまで行く人だから…」

「ベレッタ師範って…強いのか?」

「…イェルマで五本の指に入るよ…。」

「…げっ!」

「ヒラリーさん…二時間くらいしたら、また城門で落ち合おう…。」

 アンネリ達はそそくさと槍手房を去っていった。


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