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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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八十四章 波乱の祝宴

八十四章 波乱の祝宴

 

 セコイア教の中心「セコイアの懐」から少し離れた場所に、リーン自治区の政治の中心となる集落…「リーン会堂」があった。その真ん中の一番大きな円筒家屋が祝宴が開かれる場所だった。

 ヴィオレッタを主賓として、その横にログレシアス…その左右をリーン一族が座っていた。祝宴の参加者は六十人ほどで、遊牧民らしく皆円形のゴザの上にあぐらを描いて座っていた。床の上にはヤギの丸焼き五頭分が十枚の大皿に切り分けられていた。地酒はかなり強いもののようで、お酒を飲まないヴィオレッタのところまで強烈な匂いが漂ってきていた。

 ログレシアスが満面の笑顔で開宴の辞を述べた。

「皆さん、よくいらっしゃいました。今宵は我が孫…セレスティシアのお披露目の宴です…セレスティシアが戻ってまいりました!どうか、懇意にしてやっていただきたい!」

 一瞬、祝宴の場が静まり返った。他の四つの自治区の代表は新しいリーンの一族を歓迎していないような雰囲気だった…。

 ログレシアスもエヴェレットもこの状況をある程度予想していたようで、目を閉じて黙っていた。重苦しい時間が過ぎていく…その時…

「ヴィオレッタッ!お前、リーン一族だったのかぁ〜〜っ!」

 そう大声で叫んだのはジャクリーヌだった。ジャクリーヌはヴィオレッタに一生懸命手を振っていた。

「…ジャクリーヌさん?」

「言ってなかったっけ?私はベルデンの族長の妹だよ。今日は兄の代理でやって来たよぉ〜〜っ!」

 そして、ドルイン自治区の代表の一人として、僧侶のハックの姿もあった。ハックはヴィオレッタに微笑みを投げかけてくれた。

 すると、マットガイスト自治区の代表、ザクレン=マットガイストがいちゃもんをつけてきた。

「純血にこだわるんなら、俺だって魔族の純血だぞっ!お前らはそんな小娘を次のリーンの長にするつもりかっ⁉︎同盟国軍やら魔族軍やらと喧嘩せにゃならんのに、しょんべん臭いガキを旗印にするのかよっ‼︎」

 マットガイスト自治区は魔族領から逃げてきた魔族が興した国家で、ザクレンの父が初代の族長だった。二代目のザクレンは二千百八歳である。四人のマットガイスト自治区の代表達には大なり小なり頭に二本の角があった。

 ヴィオレッタは魔族というものを初めて見たということもあって、ザクレンの剣幕に少し驚いていた。ヴィオレッタの左横でログレシアスが悲しそうな顔をしていた。右横ではエヴェレットが唇を噛み締めてザクレンを睨みつけていた。リーン族長区連邦も一枚岩ではないようだ。

 二人の様子を見て、ヴィオレッタは少しもの悲しさを感じた。

「ヴィオレッタッ!あんたがしょんべん臭いガキかどうか、みんなに見せてやんなよ…こいつらに興行で大受けだった天使の舞を見せてやれっ!」

「…ふふふ、『トルネード』でこの家屋ごとマットガイストのお客人を吹き飛ばしてみるのも面白いですね…。」

 ジャクリーヌとハックはヴィオレッタの味方をしてくれた。

 ヴィオレッタはちょっと嬉しくなって…二人の期待に応えようと思った。腰の鞘からリール女史を抜き、香辛料として用意されていたサフランをひと掴みして、ヴィオレッタは会場の真ん中に躍り出た。ログレシアスは何が起こるのかと呆気に取られていたが、エヴェレットは期待の眼差しをヴィオレッタに送っていた。

 シルフィに念じて手に持っていたサフランを少しずつ落とすと、シルフィはサフランを巻き込み螺旋の赤い帯となってヴィオレッタを彩った。ヴィオレッタがアッサンブレで横移動していくと、赤い帯も一緒に着いてきた。ターンをしてそのままジャンプすると、ヴィオレッタのワンピースのスカートは大輪の花を咲かせてくるくると回りながら、空中にゆっくりと上がっていった。回転しながら、慣性に従ってヴィオレッタが自治区の代表達の上を通過すると、みんなゆっくり回転して落ちそうで落ちてこないヴィオレッタを不思議そうに見上げていた。

 ヴィオレッタがマットガイスト自治区の代表達の上を通過した時、サフランのめしべがはらはらと落ちてきて、代表の四人の頭は赤く染まってしまった。中にはくしゃみをする者もいた。

 ゆっくり着地したヴィオレッタは笑顔を振りまきながら、代表達の間をぴょんっぴょんっと大きく山なりに跳ね飛んで宴席の真ん中に戻ってきた。そして、リール女史を天井に向けるとシルフィとウンディーネを招集した。

「ハードスプラッシュッ!」

 ナイフから強烈な水のシャワーが発射されて、円筒家屋の屋根が丸ごと吹き飛んだ。ヴィオレッタは「ハードスプラッシュ」は無詠唱で行えるのだ。

 空には満天の星が輝いていた。ヴィオレッタは言った。

「ご来席の皆様…拙い余興で申し訳ありませんでした。宴はまだ始まったばかりです。些事に惑わされることなく…星空を眺めながらもっと楽しもうではありませんか?」

 幻でも見せられていたかのようにぼーっとしていた代表達は、ヴィオレッタの言葉に我に返って…感嘆の声を漏らしながら肉や酒に手を伸ばした。

 ジャクリーヌとハックはしてやったりと、自分の事のように喜んでくれた。

(屋根を吹き飛ばすなんて…少し、調子に乗り過ぎたかしら…?)

 そう思いながら自分の席に戻って、ちらりとログレシアスの顔を見ると…ログレシアスは涙を流しながら、ヴィオレッタに向かって何度も何度もうなずいていた。他の一族達も目に涙を溜めてヴィオレッタを食い入るように見つめていた。

 隣の涙目のエヴェレットがヴィオレッタに向かって小さな声で言った。

「…ありがとうございます…ありがとうございます…何とかリーン一族の面目を保つことができました…。」

 その後、祝宴はそこそこながら盛り上がった。リーン自治区のセレスティシアが余興で踊りを披露してしまったので、他の自治区の代表も何か余興をせねばならなくなったからだ。

 ジャクリーヌは旅芸で磨いた妖艶なダンスを披露し、ハックは夜空に向けて「チェインライトニング」を放って見せた。他の自治区の代表も剣舞を披露する者、歌を歌う者など…祝宴は少しずつ、少しずつ和んでいった。


 


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