八十三章 セレスティシアの帰還
八十三章 セレスティシアの帰還
その日、ヴィオレッタは「セコイアの懐」と呼ばれるセコイア教の中心集落で生き別れの親族…リーン一族と会った。
祖父のログレシアスはヴィオレッタと再会して、五十年を超える緊張が緩んだせいか、心に重くのしかかっていた娘と孫の消息が判って気が楽になったせいか…ずっと眠ったままになってしまった。
夕暮れ近くになって、エヴェレットは地上の円筒家屋のかまどでログレシアスのためのお粥を作っていた。ヴィオレッタとハーフエルフ達もすぐそばにいた。
「大丈夫ですよ…。心労のせいでこの数年、食が細くなっておられました。その疲れが出たのでしょう。セレスティア様が戻ってこられたから…これからは好転すると思いますよ…。」
「お粥…私が持って行きましょう。」
「…ありがとうございます。大爺様も地上に降りてきていただけたら楽なのですけれど…樹上生活しか知らないから…」
ここのハーフエルフは「水渡り」を知らないのだ。リーンに来るまでしばらく旅を一緒にしていたジャクリーヌもハーフエルフだった。彼女は訓練することで、やっと風の精霊シルフィを認識できるまでになった。セコイア教の僧侶であるこのハーフエルフ達は、多分基本的な精霊魔法は習得しているのであろう。しかし、エルフの特殊スキルである「水渡り」は血の薄まったハーフエルフには難しいのかもしれない。
ヴィオレッタは小さな陶器製の鍋を両手に持って、「水渡り」でセコイア樹を駆け上がっていった。ログレシアスの部屋はだいぶ暗くなっていたので、「イグニション」で燭台に火を灯した。すると、ログレシアスは目を覚ました。
「…セレスティシアなのか。」
「はい…ログレシアス様。お粥を持ってまいりましたよ、熱いうちにお召し上がりください。」
「…ありがとう。お前は純血のエルフなのだなぁ…」
ヴィオレッタは木製のさじでお粥をすくってログレシアスの口に運んだ。ログレシアスはそれを食べた。
「ハーフエルフにも二ついる…エルフの特質が顕著に出た者とそうでない者だ。顕著に出た者は、純血のエルフと変わらず無詠唱で精霊魔法を使い…多分、『水渡り』もできるであろう…。しかし、それでは…顕著に出なかった者が悲しいではないか…?私はあの子達を分け隔てしたくなかった…」
それが精霊魔法失伝の理由だったのか…。
「ログレシアス様…ほら、お喋りしないでもっと食べてください…。これからは時間はたくさんあります…お話は後でいくらでも聞きますよ。」
「…そうか。」
ログレシアスは鍋のお粥を全部食べた。
「そうだ…祝宴を開こう!セレスティシアが無事帰還したことを祝って…‼︎」
エヴェレットは日が暮れて一番星が見える空の、セコイア樹の陰を心配そうに見ていた。すると、一点が明るく光った。あれは精霊魔法の「ライト」だ。
「ああっ、奇跡…奇跡だわ…!」
「ライト」を灯したヴィオレッタが左手にナイフを、右腕にログレシアスを抱えるようにして、ゆっくりとゆっくりとセコイア樹を降りてきた。リール女史の力によって二人分の「水渡り」のシルフィを集めて二人の体重をゼロにし、肩にしがみついたメグミちゃんにクレーンのように吊り下げて降ろしてもらったのだ。
「大爺様っ!」
エヴェレットの声で他のハーフエルフも円筒家屋から集まってきた。みんなは久しぶりに見るログレシアスの姿に涙を流して拝礼した。
エヴェレットは思った。
(変わる…リーンは変わる!きっと、セレスティシア様が変えてくださる…!)
次の日の朝、ヴィオレッタはエヴェレットに用意してもらった寝台の上で目覚めた。
円筒家屋は粗末な造りではあったが、機能的だった。ヴィオレッタが宿泊した家屋は寝室専用で女性四人で寝た。これとは別にリビング専用、ダイニング専用と、だいたい三家屋でワンセットだ。この方式だと壁板や床板の手入れや修繕が容易だし、増築も簡単なのだと言う。
ヴィオレッタが目覚めた時にはすでにみんなは起きていて、それぞれの仕事に従事していた。
「セレスティシア様、お目覚めですか?ダイニングにお越しください。すぐに食事をご用意しますね。」
「…へ?…あ、どうぞ、お気遣いなく…。」
まだセレスティシアと呼ばれるのに慣れていなかった。
味の薄い野菜スープとパンを食べると、ヴィオレッタはエヴェレットに尋ねた。
「ログレシアス様のお加減はいかがですか?」
「はい、朝食もしっかりお食べになりましたよ。」
「それはよかったです。…それで、ちょっと村の中を散策してもいいですか?」
「ちょっとお待ちを…。」
エヴェレットはダイニング家屋を出ると、外でパンパンと手を叩いた。すると待機していたグラントが駆けつけてきた。
「今日からグラントをセレスティシア様のおそば付きにいたします。何なりとお申し付けください。」
「えええ…それはちょっと…」
「年下の方がよろしいでしょう?それに、これもグラントの修行です。昨晩、僧侶達で、グラントの残り二年の修行をセレスティシア様の下でと決めました。」
(えええ…勝手なことをぉ〜〜…!)
そういう事で…ヴィオレッタはグラントを従えることになった。…多分、グラントは荷物運びでしか役に立たないかな…と、思ってしまった。
「セコイアの懐」を出て村を歩いていると、会う人会う人みんな子供かお年寄りだった。大人はもう、早朝から仕事か…とか思っていると、向こうの小道から大勢の大人のハーフエルフが長い列を作ってやって来た。ひとりのハーフエルフの男がヴィオレッタを見て言った。
「もしや…あなたはセレスティシア様?」
「さようです!」
グラントがヴィオレッタの代わりに答えた。グラントはおそば付きをやる気満々だ。
「お初にお目に掛かります、叔母上様。ご帰還嬉しく思います。私はスクル…ヘレネシアとエクメルの息子です。こっちは兄弟姉妹のタイレル、ベクメル、エドナです…。」
この行列は今夜の祝宴に招待された人達だということにヴィオレッタは気づいた。自分がここに突っ立っていると、行列のみんなが自分に挨拶をせねばならず、大渋滞の元になりかねない。それに…この場所でこの行列全部の人の自己紹介と祝辞を受けるとなると何時間かかることやら…それはちょっと嫌だ。
「は…初めまして…。ここでは何ですから、こちらへどうぞ…。」
ヴィオレッタは行列の先頭のグループを「セコイアの懐」に案内するという賢い選択をした。村の散策は…後回しになってしまった。




